「『命懸けでいく』という、言葉だけではない空気感が(選手たちから)伝わってきた。そういう選手の思いを無駄にしないように、しっかり勝ち切れるように」と栗山監督。選出した30人全員には事前に自ら電話で代表入りをオファーし、それぞれの熱い思いを感じ取ったという。その上で「日本野球の“魂”を信じている。それを選手たちは必ず表現してくれる」と信頼を寄せた。

 この信頼感こそが、“ドリームチーム”実現のカギとなったものだ。選出メンバー全員に、監督自ら電話をかけること自体が異例で、「一緒に戦いましょう」と呼び掛けられた宇田川(オリックス)は、ある朝の突然の着信に大感激したことを明かしたほど。そんなトップの行動を意気に感じない選手などいないだろう。指揮官は会見の冒頭で、代表入りを希望しながら叶わなかった選手に対して「申し訳ない」と言及する気配りも。もう「人たらし」の大渋滞だ。

 ちなみに、「人たらし」にはデジタル大辞泉(小学館/goo辞書)によると、2つの意味がある。「1.多くの人々に好かれること。また、その人」「2.人をだますこと。また、その人」。栗山監督に当てはまるのは、もちろん前者。事前にスポーツ紙などでほぼ全メンバーが報じられており、サプライズはなかった今回の公式発表だが、チーム別の構成にも“オールジャパン体制”を築こうという栗山監督の思いや配慮がうかがえる。伊藤(日本ハム)や最年少20歳の高橋宏(中日)ら5球団から1人ずつを選び、プロ野球の全12球団から最低1人を選出。各球団の編成トップらにも大事なシーズンを前にしたWBCに対する協力へ、自ら電話などで丁寧に謝意を伝えており、この辺りの抜かりもない。

【WBC日本代表のチーム別人数】

メジャー 5人(大谷、ダルビッシュ、鈴木、吉田、ヌートバー)
ヤクルト 4人(高橋奎、中村、山田、村上)
巨人 4人(戸郷、大勢、大城、岡本)
オリックス 3人(山本、宮城、宇田川)
ソフトバンク 3人(甲斐、近藤、周東)
DeNA 2人(今永、牧)
阪神 2人(湯浅、中野)
西武 2人(山川、源田)
広島 1人(栗林)
中日 1人(高橋宏)
楽天 1人(松井裕)
ロッテ 1人(佐々木朗)
日本ハム 1人(伊藤)


 中でも栗山監督の真骨頂が、過去最多に並ぶ5人ものメジャーリーガーが名を連ねた点だろう。日本ハム出身という共通点のある大谷(エンゼルス)、ダルビッシュ(パドレス)は同球団で監督を務めてきた栗山監督の要請を快諾。このオフにオリックスからレッドソックスに移籍した吉田が、1年目のシーズンを前にしながら参戦するのも異例中の異例だ。

 大谷は事前に12人を発表した1月6日の記者会見で同席した際、栗山監督について「本当に一人一人の選手と対話する監督。一緒にプレーしたことのない選手と数日でお互いを知ることができると思うし、集まる選手は何も不安なくできると思う」と強い信頼関係を感じさせる言葉を口にした。ダルビッシュも、自身のSNSに「栗山監督に『来年のWBCに出場しなさい』言われたので出場します」と記し、その存在の大きさを垣間見せた。本来驚きを持って捉えられるべきメジャー組の参戦。それも、この選手との関係なしには成り立たなかった。

 そんなメンバーの中で、特に大会のカギを握りそうなのが、ヌートバー(カージナルス)だ。WBCの規定で日本人の母を持つことから招集が可能になった日本代表初の日系選手で、栗山監督は早い段階から招集の可能性を探っていた。まず、WBC主催者側に資格条件を確認。エンゼルスで大谷の通訳を務める水原一平氏に依頼し、日の丸を背負う意志があるかを本人に尋ね、自らオンラインでも面談。チームに溶け込めるかどうか、性格面などの把握に努めた。そもそも、今や世界を熱狂させる大谷の投打二刀流を実現させたのも、この監督。既成概念にとらわれない姿勢で、また新たな試みを実現させた。

 ヌートバーは昨季、カージナルスで1番打者などを担い、108試合で打率.228、14本塁打、出塁率.340をマーク。一見平凡な数字だが、後半戦の四球率16.7%はメジャー4位で、リードオフマン適性の高さを証明した。米メディアでも、今シーズンの飛躍が期待される筆頭格に挙げられるほどで、こうしたブレーク前夜の選手を敏感に見つけ出すところにも、指揮官の非凡なセンスが表れている。

 柳田(ソフトバンク)の辞退でセンターを守れる選手が少ない中、外野全てを高いレベルでこなせる守備力の高さも持つ。球団の意向で代表発表直前にメジャー組が相次いで辞退した前回大会とは一転、3大会ぶりの世界一奪還への重要なピースとなるメジャーリーガー5人を確保できたのは、ひとえに入念な準備の賜物といえる。

「投手の力で勝つ」という確固たる姿勢。一方で気になる点も

 前回から2枠増の30人に登録選手数が拡大された今大会だが、その増えた2枠を投手2人に充てた点にも、栗山監督の「投手の力で勝つ」という確固たる姿勢が表れている。ソフトバンクでは内野手登録の周東を含めて外野手を5人にとどめる一方で、投手陣の厚みを重視。過去のWBCでは牧田や渡辺ら変則投手や対左を得意とする左腕を抜擢することが多かったが、ルール上ワンポイントでの起用ができないことなどから「左、右よりも球の良さ」を優先したのは特徴的だ。

 その観点からも注目の存在といえるのが、昨季途中まで育成選手だった宇田川だろう。日本人の父とフィリピン人の母を持つ24歳に、指揮官は「彼の生い立ちだったり、苦労だったり、そういった過程の頑張りというのは、すごく“魂”が出しやすい形になっていくのかな」としたが、それもその能力を高く評価した上でのこと。最速159キロを誇るパワータイプで、鋭く落ちるフォークボールが武器。国際大会では、こうした縦変化のボールを持つ投手が活躍してきた歴史もある。年俸は、メンバー最少額の1700万円。1人増やした投手枠の最後に滑り込んだのが宇田川とみられ、ラッキーボーイとしてこの大会を機にさらなる“大化け”を果たす可能性も十分にある。

 一方で、投手の選考では気になる点もある。栗山監督が招集を熱望していた千賀だが、自身のツイッターでWBC参加断念を表明。予備登録50人からも外れることが決まった。今大会は準々決勝、準決勝で2人ずつ投手のみ登録変更が可能で、先発、救援どちらにも適性のある千賀の米国ラウンドからの途中合流が大きなカギを握ると見られていた。メジャー移籍1年目の投手の調整の難しさを考慮し、栗山監督自ら招集しないことを決断した結果ではあるが、その選手ファーストの配慮が投手運用にどう影響するかは懸念されるところだ。

 また、大谷が投手として登板できるのかということも大きなポイントとなる。栗山監督は「翔平(大谷)の使い方に関しては、それぞれの球団と契約しているところの確認が必要」と、WBCで投打二刀流起用が可能か、起用法に関してエンゼルスと話し合っていることを明かしている。レギュラーシーズン開幕前に開催されるWBCでは常に選手の調整が問題となり、特に投手はイニング数や球数など調整面はかなりデリケート。WBCの決勝から9日後に開幕を迎えるエンゼルスが、大谷の投手起用について消極的だったり、厳格な起用制限を求めていたりすることは十分に考えられ、投手登録を増やした一因が、そのリスク回避にあると捉えることもできる。

 トラウト(エンゼルス)ら野手陣はメジャー通算で計2200本塁打以上、投手陣は計700勝以上という“ドリームチーム”で臨む米国をはじめ、錚々たるメジャーのスター選手が参戦する今回のWBC。日本もスピード・走力や守備力を重視した手堅い野手陣、独特の技巧派投手に活路を見出してきた過去の大会とは趣を異にし、全員が最速150キロ以上を誇る投手陣に、下位まで一発を期待できるオーダー編成も可能な野手陣と、力と力のぶつかり合いを想定したようなメンバー構成となった。常々選考の狙いを「一番勝ちやすい形」と表現してきた栗山監督。3大会ぶりの世界一奪還へ、真っ向勝負こそ最適解との信念を感じさせる30人が名を連ねた。


【2023/2/1訂正】記事初出時、ダルビッシュ投手と栗山監督の日本ハム所属時期に関する記載において情報に誤りがございました。お詫びして訂正いたします。

第5回ワールド・ベースボール・クラシック 日本代表メンバー

VictorySportsNews編集部