ベンチプレスを始めたきっかけ

―競技としてのベンチプレスはどのようなものなのでしょうか。

長谷川:ベンチプレスの競技ルールは、試技を3回やって、その中で一番重い重量を挙げた人が勝ちとなります。柔道のように体重ごとに階級があり、軽量級から重量級まで、男子で8階級に分かれています。また、一見すると個人競技のようですが、セコンドという補佐がつき、他の選手たちと次に挙げる重量の駆け引きをしながら、戦略的に進めていく競技となっています。

―日本国内では、どれくらいの大会が開催されているのですか?

長谷川:全国的な大会は年に2回、他にも県大会や市大会など、それぞれの協会が行っているので、大会数は多いです。競技人口は、かなり古い資料ですが3000人ほど。ただ、今はフィットネス人口が増えてきたので、もっと増えていると思います。例えば、地元の横浜市はベンチプレス競技がすごく人気で、市の大会に多い時だと女性も含めて200人くらいが参加するので、毎回盛り上がります。

―長谷川選手はどんなきっかけでベンチプレスを始めたんですか?

長谷川:通っていた高校のレスリング部が強く、学校にウエイトトレーニングのマシーンが揃えられていて、高2の終わりにレスリング部の友達に誘われて始めたのがきっかけです。高校生の頃、身長173cmで体重が80kgぐらいとちょっと太っていたので、ダイエットのために何かスポーツをしたいなと、もともと思っていたというのもありました。

―それから、ベンチプレスにハマっていったわけですね?

長谷川:友達と一緒に続けていくうちに少しずつ重いバーベルが挙げられるようになってきて、そうすると「俺は何kg挙がったぞ。お前は?」みたいにみんなで競うようになってきて、どんどん重量が上がっていくのが楽しくなっていきました。それから1年間、週に2、3回しっかりトレーニングをして、高校を卒業する頃には100kgを挙げられるようになりました。

―それで高校を卒業したあとも、ベンチプレスのトレーニングを続けたわけですね?

長谷川:はい。卒業して就職してからは、1回300円の区のトレーニングセンターで続けていました。そうしているうちに、それだけでは飽き足らなくなってきて、仕事もスポーツ系やトレーニング系に携わりたいなと思うようになり、就職した会社を3カ月で辞めて、スポーツトレーナーの専門学校に入りました。学校にはトレーニングする場所があり、さらにフィットネスジムにも通ったりして、ベンチプレスを続けていきました。

トレーニングから競技大会へ

―それから競技としてのベンチプレスを始めたわけですが、その理由はなんですか?

長谷川:専門学校を卒業してトレーナー業を始めましたが、トレーナーは他にもたくさんいるので、自分の強みを持ち、それをアピールしていかないといけない。そのためにはベンチプレスの実績があったほうがいいと思い、競技に参加しました。20歳の時に初めて参加した横浜市の大会では、83kg級に出場して135kgを挙げ、3位に入りました。初めての大会で3位だったので、すごく嬉しかったですね。

―初めての大会で3位というのはすごいですね。それから本格的なトレーニングを始めたわけですね。

長谷川:はい。その後、今から10年ほど前になりますが、世界チャンピオンに何度も輝いている児玉大紀さんが大阪で経営しているK’s GYMが横浜店をオープンすることを知りました。大阪のK’s GYMは、ベンチプレスで多くの世界チャンピオンを出しているところなんです。それでここに入り、大会に勝つためにベンチプレスのトレーニングをしていきました。

そして、入ってから半年ほどしてまた横浜市の大会に出て、同じ83キロ級で152.5kgを挙げて優勝しました。

―自己流でトレーニングするより20kg近くアップしたんですか。トレーニングの結果が大会で発揮されるのは励みになりますね。

長谷川:そうですね。優勝したことで、もっと上に行きたいと思うようになり、21歳まで出られるジュニアクラスで世界チャンピオンになりたいという夢ができて、大会まであと1年くらいしかない中で、トレーニングを積んでいきました。当時、ベンチプレスは毎日するのがいいという考えが主流で、週5〜6回、ひたすらベンチだけをやり続けていました。そして、全国大会で優勝して日本代表になり、2015年のスウェーデンでの世界大会に83キロ級で出場して、240kgを挙げて優勝することができました。

―240kgですか? 横浜市の大会の152.5kgからそんなにアップしたんですか?

長谷川:いえ、これはフルギアでの記録です。ベンチプレスの競技には2種類あって、一つは「フルギア」といって、ベンチプレス用の特殊なスーツを着て持ち挙げる競技です。スーツは生地が硬くて体がガチガチに固められ、その反発で筋肉に効率よく力が入り、より重い重量を挙げられるんです。横浜市の大会のほうは「ノーギア」といって、そういった特殊なスーツを着用しないものでの記録です。

―なるほど。ジュニアクラスで優勝したら、次は年齢制限なしのクラスでの挑戦ですね。

長谷川:ええ。ただ、83kg級の世界チャンピオンには日本人が君臨していて、そこに追いつくには厳しいところがありました。そこで、体重が10kg上の93kg級だと国内に強い選手が少なかったので、そのクラスで戦って、翌年の全日本大会で優勝しました。

―筋肉をつけながら体重を10kg増やしていくのは簡単なことではないように思えるのですが、どうやっていったのですか?

長谷川:もともと体重が増えやすいタイプだったので、体重を上げるのはそんなに苦労しませんでした。炭水化物やタンパク質を増やした食事をして、半年ぐらいかけて徐々に10kg増やしていきました。ただ、体重を増やせばすぐに重い重量が挙げられるようになるわけではありません。それから何か月間かその体重を維持しないと、筋肉の出力に反映されないんです。なので、体重をキープしつつトレーニングを続け、増えた体重を体に馴染ませていくことを意識してやっていました。

ーそんなトレーニングで鍛えられた長谷川選手の腕の太さを測ってみました。
 記録:右 48.0cm  左 48.5cmでした。(2023年2月現在)
成人女性の平均が25cm~26cmくらいなので、約2倍弱。物で例えると、ラグビーボール(3号)の周囲(横)と同じくらいです。
 


ケガからの復活、そして世界チャンピオンに

―その後、2017年にリトアニアで開かれた世界大会に93キロ級で出場し、307.5kgで世界3位に入ったそうですが、その後しばらく世界大会には出場していませんね。

長谷川:実はその後、ケガをしてしまったんです。トレーニングで重い重量を挙げ続けてきて、体のケアをあんまりしていなかったので、その蓄積で肩の後ろのほうの筋肉を痛めてしまいました。競技人生の中で初めてのケガで、体が痛くて思うように挙げられず、それまで連覇していた全国大会すら優勝できない状態が2年間続きました。それでも国内大会で3位には入っていましたが、1位はおろか2位にも届きませんでした。

―それからどのようにして復活していったのですか?

長谷川:それまで体のケアを怠っていたので、整体に行ったり針を打ったりして自分に合ったケア方法やフォームをしっかり見直していったら、少しずつ良くなっていきました。あとは、93kg級で強い人がたくさん出てきたので、まずは全国大会で勝たないといけないということで、体重を増やし、上の階級の105kg級で出場することにしました。そうやって勝てそうな階級で復帰して、2020年にまた全国優勝することができました。コロナ禍になってからは、全国大会も国際大会も1年間なかったんですが、いつまた再開されてもいいように、トレーニングは日々続けていました。

―そして、2022年5月に開催された大会に出場して、優勝されたわけですね。優勝できた要因は何だったとお考えですか?

長谷川:まずは、やり続けてきたことですね。ケガをして不調だった時期もありましたが、それでもいつかは世界チャンピオンになると思って諦めずに続けていたのが一番の要因。あとは自分が勝てる階級をしっかり選んだのも勝てた要因かなと思っています。

―ボクシングや重量挙げもそうですが、日本人は一般的に中量級より軽い階級が強く、重量級は体格的な理由もあって強い選手が少ないです。そのなかで長谷川選手は、上から3番目に重い階級で優勝しました。それについてはどう感じていますか?

長谷川:おっしゃるとおり、83kg級以下の階級では日本人がすごく強くて、優勝している方がたくさんいます。105kg級ではこれまで日本人が優勝したことはなく、そこで優勝することをモチベーションにこれまでトレーニングしてきたので、優勝して本当に嬉しかったですね。自分の優勝が確定した時は、こみ上げてきちゃって、涙が止まりませんでした。

―今年5月に南アフリカで開催される世界大会にも出場されるそうですが、ディフェンディングチャンピオンとして、どのような気持ちで大会に臨みますか?

長谷川:この大会にはフルギアとノーギアの両方の部門に出場する予定です。両方に出場すると負担は大きいのですが、フルギアのほうでは一度優勝したので、今回はノーギアのほうと合わせて優勝することを目標にしています。一つの世界大会で両方とも優勝したことがあるのはこれまで2人しかいないので、それをモチベーションにして挑戦します。もちろんフルギアのほうで連覇しないと意味がないんですけど、よりハードルを高くして大会に臨みます。

さらなる上を目指せる場所

―ここまでは長谷川選手のこれまでの歩みについておうかがいしてきましたが、次に、ベンチプレスの魅力、楽しさについてお話しいただけますか?

長谷川:まず、トレーニングしていけば、挙げられる重さが上がっていくのが楽しいところだと思います。やればやっただけ結果が数字となって現れるので、目標が設定しやすいですし、達成感もすごくあります。あとは仲間がいるともっといいですね。お互いに競い合うことでモチベーションにつながります。自分も高校生でベンチプレスを始めた時にも、そういう同級生がいたことが、今に至るきっかけでしたから。

―ベンチプレスの器具が置いてあるフィットネスクラブも多いですから、仲間がいれば気軽に始めやすいですよね。では、そこからステップアップして競技に参加する魅力はどこにありますか?

長谷川:フィットネスクラブでベンチを挙げるだけでも楽しいのですが、それだと自己満足だけで終わってしまいます。競技大会に参加して、それまでのトレーニングの成果を公式記録として残すことが、さらなる自分への自信になりますし、次のモチベーションにもつながります。競技大会に参加するなら、最初は市町村レベルの小さな大会から始めるのがいいと思います。

―大会では、性別や体重以外のクラス分けはありますか?

長谷川:年齢別のクラスがあります。14歳から19歳がサブジュニアという一番下のクラスで、その次がジュニアで21歳まで。それ以上が年齢制限なしの一般になります。一般クラスは誰でも出られるのですが、40歳以上になるとマスターズというクラスがあり、そこからは10歳区切りで70代以上までクラスが分けられています。ですのでベンチプレスの競技は生涯スポーツにもなっていて、年齢関係なくみんなで楽しむことができるようになっています。

―観るスポーツとしてはどうですか?

長谷川:市レベルの大会でも観戦に来る人がいますし、最近では東京都の大会が有観客で入場料を取って開催したりするので、大会を見る機会も増えてきています。会場では、選手たちが挙げる重量が事前に表示されていて、選手が重量を変更するたびにその数字も変わっていくので、そういった選手たちの駆け引きの部分も楽しむことができます。それに最近は実況アナウンスがついている大会もあって、初心者でも観戦しやすくなっています。

―観戦する時はどういったところに注目したら楽しめますか?

長谷川:普段のフィットネスクラブでは見られない重量を挙げているところが見られるところですね。あとは、自分と同じくらい体重の人がどれくらいの重さを挙げられるかを見るとか。そうすると、自分も頑張ればここまでできるんだなとか、この階級の頂点はこんな感じなんだなみたいな、そういったところも見ると面白いと思います。あとは単純に重いものを挙げているところを観るということだけでもエンターテインメント性があると思います。ですので、ぜひ一度、観に行っていただけたらと思っています。

―では最後に、ベンチプレスにおける将来的な目標についてお聞かせください。

長谷川:ベンチプレスは競技人生が長く、50歳半ばでも一般クラスで優勝する人もいるので、選手としてこれからもっと強くなって勝ち続けたいですね。あとは、この競技はまだまだ認知度が低いので、自分が中心になって競技を普及させ、プロスポーツとしてベンチプレスで稼げるようにしていけたら。そして、もっと多くの方々にベンチプレスのことを知っていただけたらと思っています。


VictorySportsNews編集部