「いろんな人に準備をしていただきながら、私たちは本当に、いよいよ始まったなというところです。始まってみてから、想像していないこともポロポロと出てきて、さすがに初回だなという感じはします。でも、踏み出せたというのは、大きな意味があるし、実際に戦っている選手たちの姿を見ていて、本当にこういう大会を作ってよかった」
JWT50は、2022年6月20日に設立された一般社団法人で、テニスに携わる次世代が本気で世界を目指せるような環境づくりを目指すと同時に、テニス普及の面では、小中高校生へ向けて興味喚起を働きかけていく。
入会資格は、WTAランキング50位以上の実績をもつ元プロテニスプレーヤーで、メンバーには、理事に伊達氏、杉山愛氏、神尾米氏、会員に浅越しのぶ氏、長塚京子氏、森上亜希子氏、小畑沙織氏、中村藍子氏、奈良くるみ氏が名を連ねている。
JWT50の取り組みの1つとして掲げているのが、国際テニス連盟(ITF)主催のW15大会(賞金総額1万5000ドル)の新設だ。
W15大会は、ITFサーキットで一番下のグレードの大会で、プロテニスプレーヤーの登竜門となり、ここから世界ランキングに必要なポイントを獲得し、プロテニスツアーのヒエラルキーを登っていくための重要なファーストステップとなる。
また、日本から遠い欧米などで開催される大会を遠征することは、多くの賞金を稼げない若手日本選手にとって、負担が大きくハンデにもなる。だから、プロとしてWTAランキング200位台あるいは100位台になるまで、なるべく日本でランキングと賞金を得る環境が整えられれば、世界への挑戦の道もより開けるかもしれないのだ。
W15大会開催の意義
2018年シーズンまでは、日本に女子の1万5000ドル大会が、亜細亜大学と京都で2大会存在したが、2019年シーズンから実施されたツアー改革によって、日本での女子のW15大会は消滅してしまった(亜細亜大学と京都の大会は共にW25へ変更)。さらに、W15大会では、ITFポイントは獲得できるが、WTAポイントは獲得できなくなってしまった。ITFには、プロを減らすという目論見もあって、WTAツアーに上がれない多くの日本女子選手にとって厳しい改革となった。
ただ、新型コロナウイルスのパンデミック後、再びW15大会でも、WTAポイントを獲得できるようになっている。
「あれ(ITFの改革)には、いろんな思いがあったんですよね。一概に難しいところで、何が正しくてというのはないですけど、世界を目指すうえで、通り道として、何かしら機会がないと上には上がっていけない」と伊達氏が語るように、日本でのW15大会の復活を、JWT50は必要だと捉えた。
大東建託オープンシリーズとして、W15大阪大会(4/17~23、ITC靭テニスセンター、トーナメントディレクター伊達氏)、W15福井大会(4/24~30、福井運動公園、トーナメントディレクター杉山氏)、W15柏大会(6/5~11、千葉・吉田記念テニス研修センター、トーナメントディレクター森上氏)。さらに、アスアスラボ国際チャレンジカップとして、W15札幌大会を3大会(7/24~30、7/31~8/6、8/7~13、いずれも北海道・平岸庭球場、トーナメントディレクター小畑氏)。合計6大会を2023年シーズンに新設した。
この迅速な行動力と、スピード感の原動力は何だったのだろうか。
「今、(世界のトップ50に)誰もいないという現実じゃないですか。今始まったことではないですけど、日本女子テニス界の危機感が訪れる日が近くて、何かやらなくてはというのはありました。私も、ジュニアの育成をやり始めていますが、早く動くのに越したことはない。そこに尽きますね」(伊達氏)
3大会ずつというのには意味があって、選手は3大会戦うと、初めて世界ランキングいわゆるWTAランキングがつくのだ。
また、W15大会の特徴の一つとして、本戦シングルス32ドローの中にジュニア枠が3枠ほど設けられている。ジュニア選手は、ITFジュニアランキングが世界のトップ100に入っていれば、W15大会にエントリーできるチャンスがあり、ジュニアからプロへの移行がしやすくなるのだ。
「ただ出場の機会を与えるというわけではありません。この大会を作った意味は、ジュニアたちにとって、(世界への挑戦を)より身近に感じてもらうこと。ここでワイルドカードをもらって、戦って負けました。『いい経験ができました。ありがとうございました』で、終わるのではなくて、やっぱりきっちりと(世界を)目指していくことが、どういうことなのかを理解した中で、やってほしいです。だからこそ、ワイルドカード選手権があって、自分の力で、予選の権利や本戦の権利をもぎ取る経験をとおして、わかってくるものがあるのではないか。ただただジュニアたちに、権限をあげるつもりは私の中にはない。みんなと話してしっかりと考えながらやっています。
一般のプロ大会になると、ジュニアは当然、年齢の差、経験の差、フィジカルの差が出てくるので、その辺をどう感じ取りながら、自分が目指すところがどういったものなのか、感じ取る必要があります」(伊達氏)
女子では年齢によって出場できる大会数が異なる。14歳未満の選手は、すべてのプロ大会に出場できない。14歳では、プロも出場する一般のITF大会に限り8大会まで出場できる。15歳以上になると、すべてのプロ大会に出場できるが、15歳は10大会、16歳は12大会、17歳は16大会までの上限がある。18歳以上になると、大会数の制限はなくなる。この制限は、若い選手が燃え尽き症候群にならないようにするための予防線となっている。
「実際に大会が始まってみて、プロになりたての選手や、もうちょっとキャリアの長い選手がいますけど、自分たちがまだ若いつもりでも、さらに若いジュニアとか、10代の選手が出てくるという経験はこれまでなかったと思う。上の選手にとっても刺激になるだろうし、下の選手にとっても刺激になるだろう。年齢に関係なく、(ジュニアたちが)上の選手と真剣勝負ができる場になっている。それは、非常によかったかなと思っています」(伊達氏)
また、JWT50プロデュースのW15大会では、選手のモチベーションを上げるための工夫も施されている。
1つ目が、「トーナメントディレクター賞」で、各大会でインパクトのあるプレーをした選手を表彰し、賞金5万円を与える(各大会2名)。
2つ目が、JWT50プロデュース6大会で、独自のシリーズポイントシステムを設け、1位の選手には賞金20万円と、11月に開催されるW100高崎大会2週分の予選ワイルドカードの付与。2位の選手には賞金10万円と、W100高崎大会1週目の予選ワイルドカードの付与。
3つ目が、ワイルドカードから出場する、ITFランキングを持っていない選手(14歳以上21歳未満、日本国籍)が優勝した場合、1年間の支援金として100万円を贈呈する。
きっかけづくり
ただし、伊達氏は、大会新設という環境整備だけでは、日本女子選手を世界のトップ50へ再び送り込むことはできないとみている。
「今、(JWT50によって)6大会が作られて、他にも大会(2023年から高崎で女子10万ドル大会が2大会新設)ができました。女子の場合は大会数が十分ある中で、それでは、どうして上に行けていないのかという議論の方が、(今後日本で)大事になってくると私は思います。
チェコや中国では、女子選手が育ってきているわけで、システム的に、日本では何が足りていなくて、何がいいのか。日本女子選手に関わる以上、私たちももう少し必要なことを議論していかなければならない」
また、ワールドプロテニスのツアーレベルで指導できる日本人コーチが少なすぎる現状も、長年解決できていない問題だ。
「それは今に始まったことではないけど、間違いなく事実だと思います。(日本テニス協会で)、S級やスーパーエリートコーチとやっていますけど、それを活かせる場が、ホームコートを作るという形どまりになっています。ツアーに出て行けるコーチ、そこは協会がつくるわけではないだろうし、個々(民間を含めて)でどう増やしていけるのか、本当に難しいかなと思いますね」(伊達氏)
若い選手に出場する機会を与えることも、選手だけでなく関係者にも理解を深めてもらうこともサポートだと語る伊達氏。ジュニアたちが、賞金を稼げるレベルへ行くにはもちろん時間がかかり、海外遠征となると当然資金が必要になる。コーチをつけるにもお金が必要だが、スポンサーがすぐ付くわけでもない。
伊達氏をはじめJWT50は、いろいろな角度からのサポートを得られるきっかけづくりを、W15大会をとおしてできればいいと捉え、決して大会を新設したことだけがゴールではなく、パスウェイをつくっていければと考えている。
「(いちばん下のグレードの大会なので)極力選手たちにとって、心地よくない大会ではあるものの、選手たちのためになり、必要とされる大会にしていくことに変わりはない。練習がたくさんできるとか、オープンになっているワイルドカードを自分でもぎ取れば本戦に入れるとか、そういう形を詰め込んでいる大会であるのは間違いない」(伊達氏)
若手選手たちが、ジュニアからプロに向けてどんな道を辿るかは、もちろん各自の才能や努力によるところが大きく、どう成長するかは選手自身の覚悟にかかっている。
だが、日本での大会新設などの環境整備はやはり必要で、スポンサーを含めた周囲の理解やサポートも欠かせない。2023年シーズンから始まった今回の新しい試みが、結果となって表れるのには時間を要するだろう。もちろん選手たちには、モチベーションを上げ、3年を目安にしてITFサーキットを卒業し、WTAツアーへステップアップしていってもらいたい。そして、世界のトップ50で、多くの日本女子選手たちが活躍する姿を再び目にしたい。