元祖刺青プロボクサー大嶋宏成 vol. 2 プロになるまで5年、超えられなかったスポーツとしてのボクシング人生と恵まれすぎた人間関係

ラーメン、酒、ラーメン

 30歳で引退して、それからの約6年間は沈没です。今も、記憶が断片的にしかありません。昔からビールが好きでずっと飲んでいましたが、現役のときは量も時間も制限されていますし、毎日激しく運動するので、自分がどれぐらい飲めるかを忘れちゃっていたんでしょうね。

 引退したら、際限なく飲み続けられるし、走らなくていいし、サンドバッグも叩く必要ないし、飲んで、ラーメン食って、飲んで、ラーメン食って。そうしたら、意識がパンッと途切れるようになりました。自分はまったく覚えてなくて、たいていは翌日に知らされるんですけどね。寝ている弟(プロボクサーの大嶋記胤)に小便をひっかけていたり、路上で昏倒して誰かに運ばれたり。どうしようもないですよ。

 引退したら制限がなくなると言いましたが、お金の制限だけはなくならない。だから、あっという間に借金暮らし。サラ金からも借りまくって、どこからも借りられなくなったら、当然、家賃も払えない。家を追い出される。ついには飯を食う金もなくなる。

 そうしたら友達もいなくなって、と続くのが普通だと思うんですけど、おれは本当に恵まれていました。金がなくなっても、友達が一緒にいてくれたんです。ボクシングをやって何がよかったって、ほんと一番はそれですね。友達とか仲間。ちっちゃい頃から、ずっと欲しくて、憧れていて、それでも、なかなか手に入らなかった友達や仲間が、ボクシングをやったらできたんです。

どうせ飲むなら

 現役時代からの友達や仲間は、おれに金がなくなっても変わらずにいてくれました。そうしたら36歳のある日、上井草の駅前にある行きつけの総菜屋が閉店することになって。顔なじみの店主が「大嶋さん、ここで居酒屋でもやったらいいじゃないですか」なんて言うんです。あっ、それだ。ピーンときましたよ。

 ちょうどその頃、「おれたち、他人の店に払ってばかりだな」。「こんなに毎日飲むなら、自分らで居酒屋でも持ったほうが便利なんじゃないか」とか、飲み友達とよく話していて。だから、即答。「おれ、ここで居酒屋やります」。いや、金はないんですけどね。
 
 とにかく「やります」って言っちゃったので、いろんな友達に相談したら、田舎の奴が大量の材木を持ってきてくれたり、ほら、そこに立っている料理長の大平だって、当時は吉祥寺の大勝軒の店長でしたから。

「おれ、上井草で居酒屋やるから、どうだ」って声かけたら、「やります」と即答してくれましたよ。だから、店の内装から何までほとんど全部、手作りなんです、この店。

「いきや」って名前もいいでしょ。粋のイキね。西武新宿線の上井草駅出て、30秒。水曜日以外は、毎日夕方5時から夜中の3時まで。どうぞ、いらっしゃい。

朝のラーメン

 結局、人間は幸せに生きるのが一番でしょ。ボクシングでベルトは巻けなかったけど、幸せは得られたからよかった。将来的には、嫁さんとか家族もほしいと思っているけど、料理長の大平や従業員だって家族みたいなものです。

 だから、今の悩みはひとつだけ。飲みすぎ、ビール好きの宿命、痛風です。酒だけじゃなくてラーメンも好きなので、身体には迷惑をかけっぱなしですね。さんざん頭を殴られたかと思えば、今度は毎晩のようにアルコールで肝臓、塩分で腎臓を痛めつけて。
 
 現役時代は180センチで68キロでしたが、今じゃあ、93キロ。ちょっとは節制しようと思って、最近は朝にしかラーメンを食わないようにしています。毎朝4時半頃に起きるので、散歩がてら、新宿まで。わ蔵とか桂花、つけめんならたかはしなんかへ行きます。それから、また上井草まで戻る。
 
 相当距離ありますよ。往復なら20キロぐらいはあるでしょ。でも行きも帰りも、歩き疲れたら途中で電車に乗っちゃうから、ラーメン分のカロリーは消費できてないな。あと、1週間に1度はアルコールも抜くようになったけど。

 去年から、YouTubeで『大嶋宏成のごっつぁんすTV』というチャンネルを始めて、有難いことに畑山隆則(親友なので呼び捨て)とか、内藤大助さん、内山高志さんにも出てもらって。やっぱり、おれだけぽっちゃりもマズいかなあ、なんて思い始めています。せっかくチャンネルを作ったので、ボクササイズで絞る過程をそのまま流すのも面白いかもしれませんよね。久しぶりにやってみようかな。

大嶋宏成のごっつぁんすTV

ボクシングと美味しいごはん(とくにラーメン)と酒席が大好きな大嶋さん(元祖 刺青ボクサー)!! お酒が美味しく飲めるコメント・チャンネル登録よろしく!!

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元祖刺青プロボクサー大嶋宏成 vol. 1 負けん気は“一流”でも、心の中は孤独の不良少年【身体と私】

大嶋宏成

1975年、茨城県生。中学を卒業してすぐに暴力団構成員となる。16歳で起こした傷害事件で、小田原少年院に送致。その後、胸の刺青を皮膚移植で消して、ボクサーを目指す。1997年、プロテスト合格。11連勝を経た2000年、リック吉村に挑んだ日本タイトルマッチで、後楽園ホールの入場者数レコードを更新。元祖刺青ボクサーとして知られる。引退後は、俳優として活動しながら、居酒屋「いきや」を経営。YouTubeチャンネルにて「大嶋宏成のごっつぁんすTV」を好評配信中。