大所帯に引退決意も

 日本相撲協会の資料によると、伊勢ケ浜部屋の力士数は春場所の20人から夏場所では一気に2倍の40人に増え、角界一の大所帯となった。4月7日に引っ越しを終え、早速稽古が始まった。宮城野親方は自ら白まわしを着けて稽古場に降りるなどして、指導に当たっている。今後は、伊勢ケ浜一門から協会理事に選ばれた浅香山親方(元大関魁皇)と役員待遇でもある伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が場所ごとに、宮城野親方や部屋の状況について協会へ報告することになっている。関係者によると、両親方は夏場所前から連絡を取り合い、ケアを継続させている。

 今回の措置は、元北青鵬のエスカレートした暴力行為に関し、監督義務や報告義務の違反などで宮城野親方にも2階級降格など重い処分が下り、部屋の師匠として素養が欠如していると判断されたことに起因。伊勢ケ浜一門と協会執行部が春場所中も話し合いを重ね、伊勢ケ浜部屋への無期限転籍でまとまった経緯がある。一門の関係者によると、旧宮城野部屋の幕下以下の複数力士は転籍を機に、現役を引退する意向を固めているという。ある部屋持ちの親方は「今回に限らず、部屋が一緒になるときというのは昔から進退を考える力士が出てくるもの。ある程度は仕方ない面もある」と指摘する。

 ただ、続けていく力士たちは新たな環境に適応しようと励み、稽古相手が増えた状況で切磋琢磨。横綱照ノ富士や東前頭筆頭の熱海富士ら6人の幕内力士に加え、旧宮城野部屋の十両伯桜鵬がいる。関取7人も部屋別最多で、夏場所の成績にどうつながるかに関心が集まる。

規模小さくとも気骨の一門

 不祥事からの立て直しで逆境とも言える中で、着目したいのが伊勢ケ浜部屋ひいては伊勢ケ浜一門の結束力だ。浅香山理事は「とにかく力士のことを一番に考えないといけない。一門で力を合わせてやっていきたい」と力説する。普段の稽古の他、場所前には連合稽古を実施したり、関取の付け人が足りなければ一門内から融通したりと、助け合いながら角界を生き抜いている。

 伊勢ケ浜部屋という名称には特徴的なイメージがある。先人には、高い技能から〝相撲の神様〟と呼ばれた元関脇幡瀬川やその師匠だった元関脇清瀬川らがいる。作家で元横綱審議委員会委員長の故舟橋聖一氏は戦前、「相撲記」に次のように記述した。「往年の清瀬川が、栃木山、常ノ花を向ふに廻し、出羽一門の鉄壁陣に、精悍な戦ひを挑んだ雄姿は、まだ、私達の眼前に髣髴するものがある。つづいて幡瀬川といふ名力士が、またこの部屋から出た。(中略)この二人を出した部屋であるから、何としても、対出羽海系の印象が強い」。隆盛を誇った出羽海部屋勢に果敢に立ち向かった様子が表現され、負けじ魂さえ伝わってくる。

 伊勢ケ浜一門に幅を広げると現在、史上1位の幕内在位107場所の記録を持つ浅香山親方や史上最多の優勝45回を誇る宮城野親方、これまた史上1位の幕内1470回出場をマークした元関脇旭天鵬の大島親方ら一時代を築いた親方衆が在籍している。現役では一人横綱の照ノ富士を擁し、先場所で尊富士が110年ぶりの新入幕制覇の歴史的快挙を達成したのは記憶に新しい。10人いる親方出身の協会理事を1人しか輩出しておらず、五つの一門の中で規模は小さめだが、角界の盛り上げには大きく貢献してきた。気骨ある「伊勢ケ浜」の伝統を踏まえながら、土壌の継続が待望される。

さまざまな立場での出発

 相撲協会では春場所後の3月25日、理事会で八角理事長(元横綱北勝海)が互選されて続投が決まり、実質5期目に入った。新体制が船出した早々、前理事長時代の〝負の遺産〟を整理することに成功した。4月18日、両国国技館のLED照明設置工事の契約などを巡る小林慶彦元顧問らとの訴訟で、東京地裁が小林氏らに支払いを命じる判決を言い渡した。小林氏側には以前、国技館改修工事を巡って施工業者から金銭を個人的に受領したとして約1億円の支払いを命じる判決が出ていた。昨年12月に証人として自ら出廷していた八角理事長は「今回の裁判も、元顧問らが契約書を偽造し、協会に多大な損害を与えたと認定した、妥当な判決だと思います」と悪質性を指摘しながらコメントした。

 夏場所の新番付では、日体大時代に2度のアマチュア横綱に輝いた大器の大の里が新小結となり、今場所からまげを結って登場する。春場所では日大出身で同世代の尊富士に話題をさらわれた。4月には20歳未満の力士と飲酒したことが発覚して協会から厳重注意を受けた23歳。汚名をそそぐ意味でも活躍が必要だ。琴ノ若は大関2場所目で、元横綱の祖父が名乗っていた「琴桜」に改名。最高位への挑戦を始めるなど、見どころに事欠かない。

 また、角界を支える存在に焦点を当てると、新たに3人の元幕下が世話人として久々に採用された。世話人とは本場所や巡業で会場整理や荷物運搬などで運営を補佐する。例えば、そのうちの一人、34歳の勇輝は現役時代に弓取り式を担い、相撲甚句の歌い手としてもファンを喜ばせた。「力士たちが目いっぱい相撲を取れるようにサポートし、相撲の歴史や甚句、弓取り式など伝統文化の継承、発展に携われたらうれしい」と意欲を語った。今場所も全15日間のチケットが既に完売。多様な相撲人たちの新たな出発が、新緑に包まれる興行に彩りを添える。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事