丸一日カンファレンスに参加して、余すことなくトッテナムのサステナビリティにおける取り組みについて説明した。カンファレンス来場者との質疑応答や、ネットワーキングにも参加して交流を深めた。これまでもトッテナムのような海外ビッグクラブが来日しているが、こういったビジネスカンファレンスに会長や幹部が来日して登壇することは非常に珍しい。また、登壇はしなかったものの、Jリーグで何年にもわたって監督をつとめたオズワルド・アルディレス氏も出席していた。

驚かされたチームの日本ツアーへの力の入れ具合とサポーターの熱気

 北ロンドンに拠点を置くトッテナムは、韓国代表FWソン・フンミン、イングランド代表MFジェームズ・マディソンといった日本でも人気のある選手が在籍し、またかつて横浜F・マリノスでリーグ優勝に導いたアンジェ・ポステコグルーが監督をつとめるなど、日本のサッカーファンたちにも馴染みのあるチームだ。そして、リバプール、マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナル、チェルシーといったイングランドの人気クラブなどに、負けず劣らずのサポーターがいる。

 日本にも多くのサポーターがいることもあり、日本在住のイングランド人サポーターや日本人サポーターが公開練習や試合に大挙してチャントを歌ったり大声援を送ったりと、訪れていた記者たちを驚かせていた。7月27日に東京・国立競技場でヴィッセル神戸と試合を行い、54,255人(試合は3対2でトッテナムの勝利)もの観客が足を運ぶなど、今夏の海外クラブのジャパンツアーの中では最多の入場者数だった。

 トッテナムがジャパンツアーに対して、ブランド認知やビジネス面で力を入れていると感じさせられた理由の一つが、試合会場におけるオフィシャルショップの設置数だ。他の海外クラブも来日時に臨時のオフィシャルショップをスタジアム横に設置することが多いが、今回のトッテナムの場合はその設置数が一際多かった。

 筆者の目視ではあるが、少なくともスタジアム周辺に3カ所、スタジアム内にも1カ所設置してあるのを確認した。大抵はスタジアム外にのみ設置し、多くても2カ所。クラブの規模によっては1カ所のみということもある。たいてい試合開始1時間前には長蛇の列ができ、商品を購入するまでに30分以上待たされるケースもあるなど、ファンにとってはストレスに感じられることも多い。

 どこまでトッテナム側がそういったことを意識していたのかはわからないが、複数箇所でグッズを買える場所が用意されていたのは、少なくとも来場者にとってありがたかったはず。トッテナムにとっても、自分たちのグッズを多くの人に見せられたという点で、日本のトッテナムのファンだけでなく来場したサッカー好きにも目を引いただろう。

 そして、試合そのものと同様に大きな印象を残したのが「サステナビリティカンファレンス」への参加だった。

サステナビリティな取り組みで4年連続1位“プレミアリーグで最も環境に優しいクラブ”

 近年、スポーツ界でも環境問題や気候変動などサステナビリティに関する取り組みに力を入れているチームや団体が多くある。

 トッテナムのジャパンツアーが行われた7月、Jリーグと日本財団「HEROs」が日本スポーツ界におけるサステナビリティへの取り組みの機運を高めることを目的に、「サステナビリティカンファレンス」を開催。そのスペシャルゲストとして招待されたのがトッテナムだった。ヨーロッパサッカー界において、この分野で先進的に取り組んでおり、スポーツリーグの環境面でのサステナビリティの取り組みを評価する「Sport Positive Leagues」ランキングで、4年連続となるプレミアリーグでの1位を獲得。“プレミアリーグで最も環境に優しいクラブ”としても知られる。

 カンファレンスの冒頭、Jリーグの野々村芳和チェアマンは「サッカークラブを通じたサステナビリティ、特に気候変動問題の解決に取り組んでいる姿勢は素晴らしい」と紹介した。

 当初の案内では記載されてなかった、ダニエル・レヴィ会長が急きょ来日することになり、ポステコグルー監督とともに、「スポーツにおけるサステナビリティの意義」をテーマにしたセッションに登壇。

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 レヴィ会長は、プレミアリーグで最も環境に優しいクラブであることを目指した背景について問われ、クラブとしての責任とビジネスがあると明かした。

「我々のモットーには、これまでと違うことをやる、自分でチャレンジするというものがある。トッテナムは初めての黒人選手(※1)を獲得し、コーポレートボックス(いわゆるVIPルーム)を整えるなど、初めて取り組んだクラブなので、環境の事でも私たちの責任で我々のグローバルリーチを活用して色んな人に影響させようと思っている。影響力を持っている責任を担っていると考えている。もっともグリーンなクラブであることに誇りを持っている。実はコマーシャルサイドでもメリットがある。(イングランドやプレミアリーグにおいて)サステナビリティ、ダイバーシティといった活動が評価されてこそ、良い会社から声がかかるようになる」(※1:ウォルター・タル:1909年にイングランドのトップリーグにおいて、GK以外で初めてプレーした黒人フィールドプレーヤー。その後第1次世界大戦に出征し死去)

 ポステコグルー監督もトッテナムの持つ影響力や責任を感じているという。

「私たちのやること全てが、クラブがどう見られるかに反映されるので、クラブ自体が社会的な意識を高く持っている。クラブとして我々(監督や選手、スタッフ)が代表していくことが大切。(サステナビリティを学ぶことについて)選手もスタッフも色んな人達が自分の責任だという意識があって、クラブの価値を私たちが体現しないといけない。私たちは常に学んでいる、理解しているという姿勢を持たないといけない。世界は本当に変化していて、色んな人達がこういったことを受け入れるかは教育によると感じている。若い人達のほうがこういったテーマをすぐに受け入れやすく、より長く地球に住むのは彼らだからこそ、より興味を持っているし、さらに彼らの子供へと受け継がれていくのではないでしょうか」

To Care is To Do(行動なくして成功無し)

 クラブとしてのモットーに「To Dare is To Do(挑戦なくして成功なし)」を掲げるトッテナムは、環境面でのサステナビリティ経営においては「To Care is To Do(行動なくして成功無し)」をモットーに、クラブの全ての活動で環境への影響を最小限に抑えることを目指したサステナビリティ経営に取り組んでいる。

 クラブと30年以上に渡って関わり続け、現在はエグゼクティブディレクターのドナ・マリア・カレン氏は、こう説明する。

「『To Care is To Do(行動なくして成功無し)』を掲げていますが、私たち一人ひとりが地球を保護するための行動をとっていくことが肝要。そこで、私たちが持っているリーチやプラットフォームを通じて、ポジティブなインパクトを生み出していきたい。クラブにとって、コミュニティにとって、地球にとって。COP21(※2)の枠組みに則って、私たちは人々を保護し、地球を保護し、自然を保護するというモットーを持っている」(※2:国連気候変動枠組条約第21回締約国会議の略、いわゆる”パリ協定”)

 トッテナムはこのモットーを元に、クラブに関わるあらゆることに対して、環境面でのサステナビリティ経営に取り組み、具体的な目標として2030年には二酸化炭素排出量の半減、2040年までにネットゼロ(※3)を目指している。(※3:温室効果ガスの排出量を吸収と除去の量を合わせてゼロにすること)

 例えば、2019年に開業したトッテナム・ホットスパー・スタジアムの建設において、建築資材からサステナビリティにこだわった。そして、スタジアム内の飲食店舗においては、プラスチック製のストローやマドラー、カトラリーを禁止し、堆肥化可能な形式での食事の提供などを実施している。そもそも入札する新規契約では、使い捨てプラスチック削減の要件を含めるなど徹底している。

 また、クラブ所属の選手たちは男女のトップチームからアカデミーの選手たちまで、サステナビリティに関する教育をおこなっており、特にアカデミーの選手たちにはより多く学ぶ機会を与えているという。

「次世代の子供たちがいるのがアカデミー。教育の一環として取り組んでいて重要度が高い。ここにしっかりメッセージを届けることが重要です」(カレン氏)

コミュニティのサステナビリティとは

 また、カレン氏が説明したトッテナムの「サステナビリティ」で興味深かったのが、「コミュニティのサステナビリティ」という発想と取り組み。世界的な人気を持っていようが、あくまでクラブのアイデンティティは本拠地である北ロンドン。地域社会を大切にしている。その一つが雇用創出だ。

「スタジアムを公民館の様に使用し、大通りに面していて人通りの多い正面玄関でジョブフェアを行っている。雇用のマッチングを行い、(クラブに関わる)全ての利害関係者、ステークホルダーの方々をこの活動に組み込んでいくことで雇用も創出している。雇用機会の創出は、人の人生を一変させることに繋がる」(カレン氏)

 北ロンドンのトッテナムエリアは「もっとも恵まれない地域の一つで、76%の住民がSocial Benefits(社会保障や給付金のようなもの)の支援を受けている」と、カレン氏は言う。だからこそ、こういった活動が重要となる。

「我々フットボールの関係者は、トラックスーツを着て地域に出ていき、例えば、病気を持った子供たち、大人たちのサポートをしています。良い教育を与えることや、良い雇用を与えれば、劇的にその人の人生は変わっていく、全てが次世代のサステナビリティに繋がっていくのです。選手たちも学校や教室に行くのですが、子供だけでなく、さまざまな障害を持った大人に対しても活動しています。教育に関しては、貧困地域の子供たちにチューターを付ける活動をしていて、ケンブリッジ大学に進学した子供もいます」(カレン氏)

 こういった活動の結果、推定5億8千万ポンドのGVA(※4)を生み出しているという。(※4:Gross Value Addedの略、総付加価値額)

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 トッテナムのCRO(Chief Revenue Officer、最高収益責任者)であるライアン・ノリス氏は、サステナビリティがクラブのブランドの一貫になっているという。

「もちろんファンが全ての活動の中心にはあるが、ファンにヒアリングしてみると、3人の内の1人が、製品を買う時にサステナビリティを重要視するというデータが出ています。86%の人たちがクリーンエネルギーをサポートしているともあり、スパーズ(トッテナムの愛称)ファンは他クラブのファンよりも10%くらい意識が高い」

 そして、大切なのは発信することだという。

「プレスリリースなど通じて、数字を公に伝えることが大切。あらゆる活動において、一年後には『これはできた、あれはできなかった』の確認をしながらやっている。パーパス、サステナビリティと言いつつも、ビジネスであることも考慮しているし、ファンが私たちの中心にあり、クラブとしてはサステナビリティの取り組みでは常に楽しいことをすることを意識している。私たちのサステナビリティチームは毎日そんなことを考え、色んなストーリーを作ってパートナー企業に共有するのです」(ノリス氏)

 約8時間にわたって行われたサステナビリティカンファレンス。具体的な数字を載せた詳しいプレゼン資料を用いるなど、非常に濃密な内容だった。トッテナムの徹底したサステナビリティへの取り組みや考え方は、来場した多くの日本のスポーツ関係者にとって得るものが多かっただろう。トッテナムが日本のカンファレンスで伝えた事は、日本のスポーツ界でもこういった取り組みの拡がりを期待しているからこそだろう。「To Care is To Do(行動なくして成功無し)」。トッテナムが日本で行動してくれたことは、今度は日本のスポーツ界が行動していかないといけない。


大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。