文=向風見也

8月から施行されている攻撃側に優しいルール改正

長らくアマチュアリズムを貫いていた世界のラグビー界は、1995年にプロ選手を容認した。それ以降、より強く試合の娯楽性を求めるようになっている。その手段の一つとして、定期的にルールのマイナーチェンジを施している。そこには15人制の計80分の試合の中で、よりボールが動き回るようにしたいという意思が見え隠れする。

2017年7月にも、統括団体のワールドラグビーが「試験的ルールの実施」を世界へ通達。日本を含む北半球では、同年8月1日から実施されている。

全部で6つある今回の改正点で最も焦点が当たりそうなのは、ボールを持つ相手にタックルをした選手(タックラー)の動作に関する条項だ。タックル成立後に起こる肉弾戦は、球技兼格闘技とも言われるラグビーの試合で最も起こる局面の一つだからだ。

日本ラグビー協会が翻訳したワールドラグビーの通達によると、もともと「タックラーはボールをプレーする前に立ち上がらなければならず、立ち上がった後は、どの方向からボールをプレーしてもよい」だったルールが、「タックラーは、ボールをプレーする前に、一度立ち上がらなければならず、また、タックルゲートの自陣側からプレーしなければならない」になった。

新しいルールのもとでは、タックラーはすぐに起立し、「ゲート」という肉弾戦の周りにできる一辺1~2メートルの仮想の正方形より後方に回らなければならない。タックルで相手を倒した選手がその場に滞留する動きは、反則と判定されることとなったのだ。

このルール変更に伴い、肉弾戦で相手の持ったボールを奪うジャッカルというプレーは、制限されることになる。従来は、タックルした直後に相手から両手を離してから、自分がタックラーではないとアピールしてからジャッカルするスキルが好プレーと見られてきた。ところがルール改正後は、このプレーが反則となりうるのである。裏を返せば、攻撃側に優しい改正がなされたと言える。

ルール変更は日本代表にどのような影響を及ぼすか

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ここでファンが気になるのは、他の5条項も含めた今度の変更点が日本代表にどう影響を及ぼすかだろう。

ワールドカップ(W杯)日本大会を2019年に控える日本代表は、昨秋就任したジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)のもと、スペースへキックを配す戦術を採用する。蹴った球を追いかけてそのまま捕球したり、落下地点周辺で防御網を張って蹴り返しを誘えば、敵陣の深い位置で攻撃を始められる。

もっともラグビーは、ボールよりも敵陣側でプレーできない競技だ。前方へのキックは、相手に攻撃権を譲るリスクもはらんでいる。さらに今回のルール変更に伴い、蹴った先での接点からボールを奪い返すのは難しくなりそうでもある。キックの分量を減らすなど、戦術的なマイナーチェンジを問う声も出てきそうだ。

6月のツアーで苦戦した際に一部インターネット記事で出た「蹴るな!」という論調は感情論の域を出ないが、試験的ルールが及ぼす競技の質の変化は無視できまい。一連の議論を、藤井雄一郎・日本協会理事がこう見立てる。

「ジェイミーが、なぜあんなにキックを使うかといったら、練習がまとまってできないからです。ボールをキープするラグビーは、エディー・ジョーンズの時のように(腰を据えた猛練習で)フィットネスを上げていかないとできません。もちろん、ルールが変わって、ターンオーバーの方法が難しくなったら、(戦術も)変わるかもしれません」

この言葉を読み解くには、数年来の経緯を振り返る必要がありそうだ。

2012年から日本代表を率いたジョーンズ前HCは、陣地を問わずランとパスで球を繋ぐスタイルを提唱。相手に球を渡すキックは最小限に留め、ボールキープすることで攻め込まれるリスクを減らした。

このスタイルを貫くには、ずっと同じプレーをし続けるだけの筋力と持久力が必要だった。そこでジョーンズ前HCは、個別の肉体強化プログラムを管理。朝練習を含めた1日3回以上のセッションで、筋力と持久力を醸成した。その結果、W杯イングランド大会で歴史的な3勝をマークしたのだ。

かたや現ジョセフHC体制下では、代表選手の多くがサンウルブズという日本のチームに参画。国際リーグであるスーパーラグビーの連戦に挑んでいる。シーズン終了後はトップリーグもあるので、日本代表単体でじっくり体を鍛える時間が取れない。

もし今後日本代表が試験的ルールにマッチしそうなポゼッション重視に傾くのだとしたら、いまの日程を抜本的に改革しなくてはなるまい。

例えば、一部の選手に夏から冬までのトップリーグを休ませフィジカル強化のプログラムを与えるのはどうか。キック主体のラグビーを続けるにしても、タックルやランを支える筋持久力のアップは必要不可欠なのだから。

ジョセフHCが現役時代にプレーしていたサニックスで部長兼監督も務めている藤井理事は、「サンウルブズが選手を(体力強化のために)プロテクトするか…。(W杯の日本大会まで)あと2年しかないのだから、その辺も考えないといけません。(トップリーグのクラブは)どこも目をつぶってやるしかない。どんなことがあっても(ラグビーW杯は)成功させなあかん」と、犠牲を払ってでも日本代表を支えるべきだと主張する。

国内と海外のジャッジの違いはどう出るか

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選手たちも、新ルールに適応する必要がある。ここで気がかりになるのが国内ゲームでのレフリングだ。しばしば日本代表選手たちが「海外でOKなプレーが、日本ではダメというのがある」と指摘するように、日本国内でのレフリング技術やそれを取り巻く環境は疑問視されがちだ。試験的ルールへの対応についても、「海外でOKなプレーが…」という問題が発生しても不思議ではない。

トップリーグで笛を吹く日本人レフリーの基準が海外レフリーに近づけば、選手たちが困惑することはなくなるだろう。日本ラグビー協会はレフリー部門を設置しているが、このレフリー部門が外部機関からチェックされることは少なそうだ。本来であれば他国のレフリーとも繋がる外部のチェック機関の設置などが求められるが、レフリー部門の有力者は「ワールドラグビーからの指導がある」ので不要だと話す。

2015年までの日本代表では、各国に人脈を有すジョーンズ体制が国際的なレフリングの動向をキャッチアップ。その内容を普段の練習運営に反映させ、国内外で生じうる判定へのギャップを解消させていた。

さらにW杯イヤーは、予選プールの担当レフリーを徹底分析した。南アフリカ代表との初戦を担当したジェローム・ガルゼス氏については、大会直前の宮崎合宿に招き、その判定の基準まで確認している。当時キャプテンだったリーチ マイケルは「俺がよく取られる反則のこともわかった」と、その成果を語る。

おかげで日本代表は、ガルゼス氏が防御に厳しい笛を吹くことを想定できた。そのため当日は、倒れたタックラーを攻撃時のサポートプレーヤーが膝で抑えつけるなどしてノットロールアウェー(タックラーが寝たままプレーする反則)を何度も誘った。W杯優勝回数2回を誇る南アフリカ代表を撃破した。さらに予選プール参加国中、最も反則の少ないチームにもなった。

現在は、2年前まであったノウハウがリセットされた感がある。

現体制下におけるレフリングへのアクションで明らかになっているのは、昨年11月の遠征でジョセフヘッドコーチがキャプテンと担当レフリーとの語らう場を設けたこと、連携を取るサンウルブズのシーズン中に長谷川慎スクラムコーチが毎節の担当レフリーの研究をしたことなど、数が限られている。

いまの日本代表が、国際レフリーの試験的ルールへの捉え方をどう把握するか。これも今後の注目点となりそうだ。

一丸となって新ルールに対応しなければならない

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日本代表は今年11月、オーストラリア代表やフランス代表などとテストマッチを戦う。休みなく戦うメンバーが強豪へ挑戦する状況下でも白星は期待されている。試験的ルールへの準備にも、無関心ではいられないだろう。

選手たちは、危機感を募らせている。2014年に初めて代表に選ばれた稲垣啓太は、苦戦の続いた6月のツアー中に「いまは、ノーペナルティーの意識(反則をしない意識)が刷り込まれていないことがわかった。あの時(2015年)はそのことについて、ずっと選手たちで話し合っていたのですが……」と口にする。

また、リーチも「他の人に頼るのではなく、1人ひとりが責任を持って準備しないといけない。トップスタンダードが何かがわからない。それならトップスタンダードを作らないといけない」と、ノーペナルティーの意識を取り戻すことを含め、選手たちのプレー全般への心構えにメスを入れる必要があると警鐘を鳴らす。

自国開催のワールドカップという千載一遇のビッグイベントを前に、どれだけ準備をしてもし過ぎることはない。イングランド大会時の日本代表スタッフで今後も何らかの形で日本代表をサポートしたいと考える沢木敬介・現サントリー監督も、「この間も何人かの選手と話しましたが、もっとよくなるようにできると、皆が思っているはず」と言葉を選ぶ。

日本代表の戦術面に大きな逆風となりうる今回のルール変更があってもなくても、日本ラグビー界は一丸となって2年後のW杯へ向かわなければならない。

W杯でも対戦するアイルランドに連敗の日本 鮮明になった世界との差

ラグビー日本代表は24日、東京・味の素スタジアムでアイルランド代表と対戦した。日本は13-35で敗れ、アイルランドに連敗している。自国開催でのワールドカップに向けて強化を進めている日本だが、1次リーグでも対戦する強豪に力の差を見せつけられる結果となった。

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向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。