パチューカと本田圭佑に共通する「人材育成」というキーワード

――パチューカは小学校から大学まで全寮制の学校施設を持っているということですが、なぜこのような環境をクラブで用意しているのでしょうか?

百瀬 これは、ヘスス・マルティネス会長のフィロソフィーからきています。子どものころからサッカーをやっていても、プロになれる人はごくわずかです。しかし、プロにはなれなくても、サッカーに携わる仕事は数多くあります。例えば、審判、指導者、トレーナー、新聞記者、リポーター、医者、会計士といったような職業があり、サッカー大学で学ぶことができます。いざプロになれなくても、そうした道にも進めるように勉強する環境が必要だと、まさに“文武両道”の考えを持っているんです。

――実際にパチューカのトップチームの選手も大学に通っているんですよね?

百瀬 トップチームにいる選手も何人か通っています。「1年、2年で取れる資格があるから、現役の間にそれを取得しなさい。クラブはそれをサポートしますよ」という方針です。大学は練習場と同じ敷地内にあるので、練習が終わったら食堂で食事をして、そのまま大学に行くことができます。その環境は素晴らしいですよね。

――本田圭佑選手はサッカー選手以外にも、「起業家」としての顔があることで知られています。サッカースクールやジュニアユース・ユースのクラブチームを立ち上げ、SVホルン(オーストリア)の実質的なオーナーとなっています。その根底には「人を育てる」こと、人材育成や教育というテーマがあります。これはパチューカの会長が、クラブと大学でやろうとしていることと似ていますよね。

百瀬 今回の移籍に関しては、パチューカも本田選手自身もそこを目的にしていないでしょうが、彼が描いているものと実際にパチューカがやってきているものにリンクする部分はありますね。本田選手はプロになって得られた収入を自身の事業に投資しているのですが、それはパチューカの会長も全く一緒です。ヘスス会長も自ら事業をやっていて、そこで得た資金をもとに育成の環境を整えています。だからこそサッカー大学もつくっているんです。

――プロサッカー選手になる人もいるでしょうが、クラブのフロントに入る人もいたりするのですか?

百瀬 大学の修士課程を終えると、パチューカに就職できるんです。パチューカに行かなくても、他のクラブに行ったりもします。また、パチューカはアルゼンチン、チリにもチームを持っていますし、メキシコのレオンも同じグループなんです。そのグループ・パチューカの株を30%保有している人がいるのですが、それが世界長者番付で4年連続1位のカルロス・スリムなんです。

――いちサッカークラブという次元を超えた形で、人材を育成する一つの手段にサッカークラブがある感じですね。

百瀬 すごいなと思うのは、自分たちの大学でお金を払って勉強してきた人が会社に入ってくるので、必要なことはすでにすべて身に付けています。入社してきた人に対する教育に投資をしなくても、そもそも良い人材が集まるんです。

――日本の場合は数カ月、会社がお金を払って新入社員を教育します。

百瀬 新人研修して、OJT(現任訓練)して……。そういうのがなくても大丈夫なわけです。しかも、長くパチューカで学んでいるので、クラブに対する愛着を持って育っています。わかりやすく言うと、一つの会社が大学を持って、そこでいろいろなことを教えて、成績が良ければそのまま就職できるということですよね。企業が大学を持つという考え方と一緒。そういう環境がパチューカには整っているんです。その環境を世界に広げたいと言っていたので、もっともっと認知度を上げたい思いはパチューカにあるでしょう。今回も会長は「本田選手の加入をきっかけに、パチューカの存在をもっと日本で知ってもらえる」と言っていましたからね。

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本田にパチューカ大学で講師の可能性!?

――この大学はいつからあるのですか?

百瀬 クラブ創設100周年を記念して2001年に開校しました。当時、「どんどんグループを大きくしていくぞ」という矢先のことでしたね。今年、クラブハウスに行って驚いたのは、福田健二選手がプレーしていた時(2005年)のパチューカと、今のパチューカでは規模が全く違うんです。ドローンで撮影した映像を見たのですが、「ここにグラウンドなかったよね?」とか、「病院もなかったよね?」とか。病院も最新鋭で、メディカルチェックができますし、管理栄養士もいる。手術、リハビリもできて、歯医者も、血液検査をする臨床検査技師もそろっています。

――もはや街をつくっている感じですね。

百瀬 そうですね。すごい規模です。そのグループ・パチューカに本田選手は良い影響を与えてくれると期待されています。もし彼がパチューカ在籍中に日本代表に入れば、パチューカ・ファンの彼に対する思いも高まるでしょう。グループに関わっている人たちにとって、ワールドカップなどでの経験を伝えてもらうことは、決してお金では買えない価値です。

――本田選手はパチューカ大学で勉強をするのかとも思っていたのですが、パチューカの環境があれば、現役のうちから日本サッカー協会(JFA)がやっている夢先生のような活動もできそうですね。

百瀬 そうですね。先日、本田選手は金沢大学で講演をやったのですが、会長に「彼は日本でこういう講演をやったことがあるんだよ」と言ったら興味を示していました。広報も「これまで考えたこともなかったけど、パチューカ大学で何か講演をしてもらうのもありかな」なんて言っていました。彼は前向きな人間ですし、人が好きだと思うので、講師として一役買ってくれるんじゃないですかね。

――実際、パチューカの学校で講師のようなことをやる可能性はあるのですか?

百瀬 チーム広報は、「できたら面白いな」と非常に興味を持っていましたよ。彼はこれまで、自分自身の夢や目標を掲げて、それを叶えてきている人間ですから、その叶え方、実現するためのヒントを話すことができるでしょう。

――なるほど。

百瀬 本田選手の素晴らしいところ、それは自らの力で選択肢を切り拓いていることだと私は考えています。自分で選択肢をつくることができている人は、必ず次のステップに進んでいけるわけですよ。

――追い込まれているわけではなく、可能性を広げていっているわけですね。

百瀬 そう。それは本田選手に限らず、香川(真司)選手だってそうですし、長谷部(誠)選手だってそうですし、ウッチー(内田篤人選手)もそうです。ヨーロッパやJリーグで活躍し必要とされている選手は、自分で選択肢を切り拓いていますよね。香川選手がマンチェスター・ユナイテッドに移籍したときは、衝撃的な移籍でした。今、ドルトムントに戻って、やっぱりドルトムントの香川となっています。その選択肢を切り拓いているのは、香川選手自身です。長友選手があれだけ長い期間、インテルでプレーしているのも、彼が自分自身で地位を築いてきたから。この夏、ダルビッシュ有投手が(ロサンゼルス・)ドジャースに、ネイマール選手がパリ・サンジェルマンに電撃移籍しました。それは自分の選択肢を切り拓けている人だからできるのであって、本当にいろいろな意見、批判やネガティブな意見もある中で、結果自分が選択できているのは、すごいことだなと思います。それは賞賛するべき。良いものは称えるべきですよ。

――「好き」「嫌い」と「良い」「悪い」が一緒になる人が多いですが、それは別で考えないといけませんよね。嫌いでも良いものは良いし、好きでも悪いものは悪いと。

百瀬 そう。そういうことが、発言の自由で失われてきていることかなと思いますね。それは日本とメキシコで、大きく違いますよね。私も仕事をしていて、自分で選択肢を切り拓けているなと感じることがあるんです。そういうときは「おお、幸せだな」って思いますね。自分が必要されているという付加価値は、やっぱりありがたいこと。必要とされる人間であることに徹するのは、サッカーにおいても、仕事においても、どんなことにおいても、必要なことですよね。そして、必要とされたときに、しっかり力を発揮する準備が重要です。

――そうですね、それができていないと次の選択肢は広がっていきません。

百瀬 本田選手はパチューカ加入後、コンディション不良でベンチ入りもできない日々が続いていましたが、デビュー戦でいきなり初ゴールを決めましたね。出場したら必ず結果を出さなければならないという使命感を持って、本当に1日1日を大事に準備してきたからこそだと思います。メキシコリーグは前期と後期があって、それぞれ17試合。前期は残り11試合です。これから彼がいったいどんなプレーを見せてくれるのか。楽しみに見届けたいですね。

VictorySportsNews編集部

【プロフィール】
百瀬俊介(ももせ・しゅんすけ)
1976年5月31日生まれ、埼玉県出身。1992年、中学卒業後に単身メキシコへ渡り、トルーカのユースチームに加入。翌93年、同クラブのトップチームとプロ契約。メキシコリーグで日本人初のプロサッカー選手となった。その後、メキシコ、エルサルバドル、アメリカのチームを渡り歩き、2001年にトルーカで現役引退。現在は、コネクト株式会社 取締役会長を務める。

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河合拓

2002年からフットサル専門誌での仕事を始め、2006年のドイツワールドカップを前にサッカー専門誌に転職。その後、『ゲキサカ』編集部を経て、フリーランスとして活動を開始する。現在はサッカーとフットサルの取材を精力的に続ける。