サウジ戦は監督代行を認めてはどうか

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オーストラリアに快勝し、W杯ロシア大会の出場を決めた試合後、ハリルホジッチ監督は記者からの質問を受けず、支援への感謝を口にしただけで記者会見場をあとにした。

「実は私には、プライベートで大きな問題があった。皆さんはご存じないと思うが、その問題のことで私は、この試合の前に帰国しようと思った。サッカーとは関係ないが、それくらい大きな問題だった」

ハリルホジッチ監督は、コートジボワール代表の監督時代も、ワールドカップの予選を勝ち抜いた後に解任された経験がある。それだけに筆者は、質問を受けずに会見を打ち切ったと聞いてJFA(日本サッカー協会)との関係が悪化したのかと心配した。

だが、そうではなかった。監督の心痛は家族(義姉)の健康問題のようだ。今のところJFAは予定通りサウジアラビア戦もハリルホジッチ監督に指揮を執ってもらう意向と伝えられるが、予選を突破したことでもあり、監督代行を立てて帰国を認めたらどうだろうか。

家族への思いがとても強いハリルホジッチ

ボスニアの「スポルツケ・ノーボスティ」の報道によると、「プライベートな問題」とは、プロサッカー選手だった兄・故サレム・ハリルホジッチ氏の妻ヤスナさんの容態が良くないことだ。オーストラリア戦の前に帰国したいと考えるほど深刻な容体だという。一部報道では末期ガンともされるが、詳細は公表されていない。
 
「解任論を含む批判やプレッシャーよりも、ワハ(ヴァイド・ハリルホジッチ監督の愛称)にとって(ヤスナさんの容体は)重大な知らせだった」(スポルツケ紙)
 
一般にボスニアなど旧ユーゴスラビア地域の人びとは、家族親戚・友人関係を非常に大切にすることで知られるが、ハリルホジッチ氏はとくに家族への思いがとても強い。1986年に実の母親ハイナさんが亡くなった時には、シーズン途中にもかかわらず、パリ・サンジェルマンを退団して故郷に帰った(その時点で14試合8ゴールと絶好調だったが、そのまま現役を引退)。
 
8歳ほど年の離れた兄のサレム氏は、プロになるつもりのなかったヴァイド氏(エンジニアになって実家の近くで両親と暮らしたかった)をプロサッカーの道に引っ張りこんだ。その妻のヤスナさんは、実家から離れたモスタルで高校生活を始めたワヒド少年を、文字通り親代わりで世話をした。そういう恩人でもある義姉の入院の知らせに、居ても立ってもいられない状況だったのだろう。

「誰にも言えず、自分だけにとどめておいた」

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昨年、故郷のヤブラニッツァ市のスタジアム改修に際し、「ヴァイド・ハリルホジッチ・スタジアム」と名前を冠する提案があったが、ヴァイド氏はこれを固辞。代わりに亡くなった兄の「サレム・ハリルホジッチ・スタジアム」と呼ぶことにしてもらい、相応の寄付もしたと伝えられる。それほど兄夫婦への思いは強かった。
 
「スポルツケ」紙によると、ハリルホジッチ監督は義姉の病気について、サッカー協会のスタッフも含めて「誰にも言わず、自分だけにとどめておいた。そのせいで、ロッカールームや記者会見で声を荒げることもあった」と話している。
 
試合終了直後にあふれた涙には、たんに予選突破の喜びや安堵感だけでなく、家族を思う気持ちも混じっていたわけだ。
 
「彼女を助けることができない、そばにいてやれない状況は、自分にとって非常に辛かった。真剣に、オーストラリアとの試合の前に帰ってしまおうかと悩んだ。しかし記者会見ではどうしても、そのこと(義姉の病気)を言うことができなかった」と、ハリルホジッチ監督は、ボスニアの記者に心情を明かした。

「日本のファンの声援もうれしいが、一番は故郷からのメッセージだ。(まだ試合終了から数十分しかたたないのに)もう、何通もお祝いが携帯電話に届いている。バジダレビッチ(元ボスニア代表監督)、カイタズ(元ユーゴスラビア代表選手)、ベレジュ(ワヒドさんの現役時代の所属チーム)会長などなど。温かい言葉には本当に涙が出る」

一方、オーストラリア戦の内容についてハリルホジッチ監督は、ボスニア紙に対して次のように語っている。

「この勝利は奇跡だ。私の選手たちが良くやってくれた。オーストラリアを真剣に分析し、よく準備した」
 
「試合では、オーストラリアが中盤にテクニシャンを5人配置して、日本になかなか自分たちらしいプレーをさせてくれなかった。われわれは困難の中、プレスをかけ、相手に繋がせないように走り抜いた」

「先制点の浅野は22歳、2点目の井手口は21歳。2人とも若い。しかし、この2人を抜擢した時、メディアは良いことを書かなかった。だが、私は自信があった。期待通りに活躍してくれた」
 
家族の重病という心痛を抱えながらも、ハリルホジッチ監督はチームのパフォーマンスには手応えを感じているようだ。

(ちだぜん・国際ジャーナリスト、元サッカー日本代表オシム監督通訳)

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1958年岩手県生まれ。国際ジャーナリスト、通訳・翻訳者(セルビア・クロアチア語など)。旧ユーゴスラビア(現セルビア)ベオグラード大学政治学部大学院中退(国際政治専攻)。専門は国際政治、民族紛争、異文化コミュニケーション、サッカーなど。元サッカー日本代表オシム監督通訳