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マリノスは何が変わったのか?

シティ・フットボール・グループ(City Football Group:略CFG)。英プレミアリーグの強豪マンチェスター・シティFC(以下:マンC)のオーナーである。

CFGはアラブ首長国連邦(UAE)の投資グループ「アブダビ・ユナイテッド・グループ」の傘下にあるサッカー事業グループで、2008年よりマンCの持ち株会社となっている。『シティ』がつく世界のフットボールクラブ「ニューヨーク・シティFC(米)」と「メルボルン・シティFC(豪)」もCFGの主要子会社となっており、2014年5月にはJリーグの横浜F・マリノスの株式を19.95パーセント取得。国内で初となる『外資参入』で注目を集めたのは記憶に新しい。

Jリーグの2017シーズン開幕前には、マリノスの主力選手放出や年俸半額提示など、現在のマリノスはCFGの経営方針がネガティブな報道として(チーム編成のことばかり)世に出ることが多い。

たしかに「外資系は評価が厳しい」と世間一般的に言われているとおり、マイナスな印象が残りやすいのも事実である。選手の獲得・移籍や年俸交渉のことは表立って目につきやすいのは仕方がないが、クラブがマネジメントすることで変化しているのはそこだけではない。むしろ、スポーツマネジメントの観点から考察すれば、事業面が着実に変わっていく様子にも着目するべきであろう。

約3年前に体制が変わってからマリノスは何が変わったのか? 同グループ日本法人「シティ・フットボール・ジャパン株式会社」の代表である利重孝夫氏(横浜マリノス株式会社取締役)に詳しく話を聞いてみた。

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売上46億円のマリノスが、総売上750億円のCFGの経営リソースをフル活用

CFGの主要クラブ「マンC」は世界屈指の強豪クラブ。現在は名将ペップ・グアルディオラ監督がクラブのマネジメントに携わり、2016-17シーズンは英プレミアリーグで3位という成績を残している。そのマンCの事業規模は約700億円。マンCをはじめとする世界に広がった“シティのクラブ”はアメリカとオーストラリアに留まらず、最近ではウルグアイ、そしてスペインにも拡大し、CFGネットワークによるサッカービジネスの事業展開が加速化しているのだ。

また、CFGはマリノスの少数株主となり“アジア進出”を果たしたが、彼らはジャパンマーケットだけではなく、巨大市場「中国」でもシティブランドによる事業を着手している。例えば中国政府から依頼を受けてスタートさせた「学校体育でのサッカー普及活動」や中国で開催される「フレンドリーマッチ」に加えて、CFGに資本参画している中国のメディアファンドとの関係が深いテレビ局とタイアップし、サッカー版のリアリティショー番組に全面協力するなど、政府、ファン、メディアなど複合的なマーケティング活動を展開している。

では、このCFGネットワークはどのようなものなのか? カントリーマネージャーと呼ばれる責任者が世界各国に配置され、外国人選手の獲得やスポンサー企業の営業が“グローバル企業”として成立している。例えば、スポンサー営業を担当しているCFGスタッフは約60名。世界中に散在する営業マンたちが常に情報を共有しているのだ。「選手獲得、移籍交渉」や「発掘、育成」といったチームの強化面に携わるプロスタッフたち(スカウト担当者ら)はグループ全体で50名も雇用されている。

シティ・フットボール・ジャパンの利重氏は「日本のJクラブの中で、これだけの経営リソースを活用できるのはマリノスだけ。CFG傘下になることで、何百億もの事業規模で経営されている海外クラブの資源が活用できるということは、事業面の大きなメリットだ」と話す。

また当然ながらチーム編成にも大きな影響を与えている。日本のJリーグでプレーしても(マンCのスカウトマンたちに情報が共有されるため)“プレミアリーグに行けるチャンスがある”と期待できる。これはマリノス所属の日本人選手に限った話ではない。U21ブラジル代表の10番だったFWアデミウソン(現G大阪)がマリノスでプレーすることを選んだように、むしろ外国籍でポテンシャルの高い若手選手がCFGネットワークの魅力を感じているだろう。

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世界中から人材が集まった“多国籍軍”マリノス

たしかに、ここ2年ぐらいのマリノスは“外国人の受け入れ体制”がおもしろい。スタッフ(監督、コーチ)と選手たちはCFGネットワークで獲得し、彼らの出身国に全く片寄りがないことだ。

Jクラブは、外国人選手の獲得に関し特定のエージェントから情報を得ていることが多い。もちろん、クラブによっては外国人選手を獲得する先の国が“クラブカラー”になっているところもあるが、数名のスカウト担当者たちで調査する情報網には限界がある。

現在、マリノスの指揮をとっているエリク・モンバエルツ監督(フランス)を始め、ヘッドコーチマルク・レヴィ(フランス)、DFパク・ジョンス(韓国)、DFミロシュ・デゲネク(オーストラリア)、MFマルティノス(キュラソー)、MFダビド・バブンスキー(マケドニア)、FWウーゴ・ヴィエイラ(ポルトガル)と外国選手の登録枠はすべて違う国籍だ。また、多国籍軍になったことにより監督、コーチ、外国人選手は全員が英語で会話しており、ピッチ上でもビジネス上も英語でのコミュニケーションが日常化しているのだ。

ビジネス上でいえば、同グループCEO(最高経営責任者)はフェラン・ソリアーノ氏。元FCバルセロナのトップを務めたスペイン人であり、イギリス人ではない。フェラン・ソリアーノ氏はグループ全体で「我々の共通言語はバッドイングリッシュ=言葉は通じればいい」と言っているそうだ。利重氏は“CFGのプロ意識が高い”ことを象徴する事例として、彼らのビジネス会話を見ていると、英語が母国語でないスペイン人同士の経営陣たちがスペイン語で会話せず「英語で話している」という。

CFGの徹底した国際化コンセプトは、今夏のマリノス・トレーニングキャンプにも表れている。「日本と外国籍とのハーフ」「外国育ちの日本人」の選手たちを調査し、チームに合流させたのだ。例えばロシア2部リーグFC Spartak-2 MoscowでプレーしていたMFイッペイ・シノヅカ(千葉県出身、ロシア国籍)はキャンプ終了後の8月に完全移籍した。

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スポンサーシップの「有効化」とは何か?

前述の通り、CFGがグローバル化を徹底しているのは監督・コーチ・選手といったチーム編成面だけではない。事業面であるスポンサーに対する営業力も、グローバル化している。利重氏が話す「CFGの経営リソースをマリノスが使える」というビジネス上のメリットはどこにあるのだろうか?

近年、日本のスポーツビジネス界でも注目されているのが「アクティベーション」という言葉だ。日本語に訳すと「有効化」という意味となり、スポンサーが得た権利を有効活用することを指す。

我が国では“スポンサー”というステータスが未だに「儲かっている企業」を想起することが根強く、資金に余裕がある企業が広告露出を(主とする)効果として期待しているとしか理解されていない。海外では最近、このスポンサーシップそのものを「パートナーシップ」と呼ぶこともあるようで、企業がスポンサーになることで“得た権利を活用し”新しいビジネスモデルを創造したり、市場を開拓するための有効化(=アクティベート)が求められている。

余剰資金から出した貢献的感覚のスポンサーシップが多い日本では、スポンサーになったことだけで満足してしまっている契約関係が現状である。

VICTORYの記事でも先日紹介されていた「なぜコカ・コーラ社は90年も五輪スポンサーを続けているのか?(前編)」でも詳しく論じられていたが、コカ・コーラ社のアクティベーションはまさに外資系スポーツビジネス。同社が掲げる「1:5の理念」は、スポンサー企業はパートナーになったら、その(スポンサーになるために払う金額)5倍の予算を用意して有効活用しなければならないと述べている。

マリノスのトップパートナーは日産自動車(仏ルノー社が主要株主)、SAP(独ソフトウェア会社)、EZインベスト(米証券会社)、ムンディファーマ(米製薬会社)、アディダス(独スポーツメーカー)といった大手外資系企業がクラブの最上位スポンサー企業である。CFG傘下に入ったマリノスは、このようなグローバル企業が「日本市場をターゲットにビジネスを展開したい」という情報を見逃さず、世界中のCFG営業マンたちからタイムリーに「マリノスと何ができるのか?」が検討されている。一方で、マリノスの営業チームも国内のスポンサー企業が海外進出を検討する際には提携しているCFGクラブ(シティ、 NY、メルボルン、ジローナFC)のスポンサーシップなども提案する機会があるのだ。

例えばSAP社は、マリノスがJリーグアジアチャレンジ(2017年1月)に参戦したとき、開催国のタイで、SAPタイオフィスが自分たちのクライアントをマリノスの試合に招待するという形でスポンサーシップのアクティベーションを実施した。マリノスが国際ツアーをする際の条項などが含まれたトップスポンサーの契約内容は、他のJクラブの通例では類を見ない。またCFG主催のビジネスフォーラムではマンCやニューヨーク・シティFC、メルボルン・シティFCのメインスポンサーであるエディハド航空とSAP社による「企業のイノベーション」といったテーマや、スポンサーのアクティベーションに関する重要性について話す機会も設けている。

また、マリノスはシティの事例を参照し、スポンサーシップをアクティベートする機会にSNSも有効活用している。前述のSAPとは、試合の注目スタッツ(過去の対戦成績、ゴール数などのデータ)をインフォグラフィック化し、クラブのSNSを通じて、サポーターに試合を楽しむ切り口として共有している。

「なぜコカ・コーラ社は90年も五輪スポンサーを続けているのか?(前編)」はこちら©Getty Images

Jクラブの課題であった「地域密着」と「国際化」の両立

ご存知のとおり、Jクラブはどのクラブもクラブ名に「地域」を入れている。地域密着を標榜して“脱企業スポーツ”というテーマが日本でも着目されてから四半世紀。マリノスも元はJSL(日本サッカーリーグ)時代の名門クラブ「日産自動車サッカー部」であった。

1993年に開幕したJリーグは企業が所有する実業団クラブ(サッカー部)を「プロ化」することでチームを集めたが、大半のJクラブは「親会社を持つ地域密着クラブ」として誕生している。ドイツなどの欧州クラブのように地域のスポーツクラブがリーグ戦を勝ち抜いてプロリーグに参戦するプロ化とは違い、日本では大企業のサッカー部が半ば強引にプロ化したため、親会社が目指す本業の経営方針と、サッカー事業の「地域に根差すクラブ=ローカルクラブ」の経営スタイルにジレンマが起きてきた。

しかし、CFG傘下に入ったマリノスは「親会社であった日産自動車がグローバル企業だったから、クラブ(マリノス)が地域の枠を超えて新たな経営スタイルになった」と利重氏が話すように、Jクラブの国際化はACLに出場することだけではない。

自動車産業のグローバル化は人気の高いCFGクラブを活用していくほうが効果は見込めるし、サッカービジネスを本業とするCFGの傘下に入れることで抜本的なクラブ経営の改革にも取り組める。

Jクラブの課題でもあった地域に根差しながら(親会社が本業で求める)国際化を両立させている日本初の事業モデルは、国内のプロスポーツ界全体でもその成果を議論していく価値が十分にあるだろう。

<了>

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大山 高

帝京大学准教授(スポーツ科学博士)。大学卒業後に三洋電機株式会社、ヴィッセル神戸、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズを経て2014年より現職。プロクラブと企業スポーツの両クラブで宣伝広報業務やパートナーシップ事業に従事。三洋電機時代は「オグシオ(小椋久美子・潮田玲子ペア」らが所属していたバドミントンチームとラグビー部のプロモーションを担当。近著に『Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの』(青娥書房)。