事業の重要性を伝えられる教育者が必要
©Getty Images「クラマーさんがもうひとり必要です」
川崎フロンターレの天野春果は、偉人の名前を持ち出した。Jリーグの"強化"と"事業"のアンバランスについて、話をしていたときだ。2015年9月に亡くなったドイツ人のデットマール・クラマーといえば、1960年の来日以来、日本サッカーの強化の礎を築いてくれた大恩人だ。そのクラマーさんがもうひとり必要とは、どういう意味なのか。川崎フロンターレのプロモーション部部長として事業の側面からこのクラブの成長を牽引してきた天野は、次のように説明してくれた。
「日本の文化を理解した上で、プロスポーツにおける事業がいかに重要かを、これからの担い手に伝えられる傑出した教育者がいてくれたら……。いま必要なのは強化ではなく事業のクラマーさんなんです」
天野が危惧しているのは、Jリーグに蔓延する強化と事業のアンバランスだ。多くのクラブが目先の結果に囚われすぎている。常に強化ばかりに力が入り、事業は蔑ろにされがちだ。そうした偏向を積み重ねてきて、現状はどうなっているのか。事業の側面からJリーグを発展させうるプロの人材が少ない。それ相応に強化が進んだ選手や監督と比べると、事業のプロフェッショナルは必要性すらあまり認識されていないだろう。フロンターレの事業に20年近く関わってきた天野の、それが偽らざる実感なのだ。
ここで強化と事業の関係性を整理しておきたい。Jリーグの場合、商品はサッカーだ。その観戦に正当な対価を支払ってもらうには、白熱したドラマチックな試合や、チームや個人の優れたパフォーマンスを継続して提供していく必要がある。だとすれば、試合やパフォーマンスの魅力を高めるために、強化に力を入れるのは当然だ。しかし、日本中の誰もがJリーグに興味を持っているわけではない。プロスポーツが定着している欧米諸国との大きな違いがここにある。関心の低い多くの人を振り向かせ、スタジアムまで足を運んでもらうには、強力な仕掛けが必要となる。話題性の高い企画やイベントによるファンの裾野拡大こそ、事業の主な目的なのだ。日本はプロスポーツ後進国なので、なおさら事業に大きな意味がある。
"いびつな乗り物"になりかけているJクラブ
©VICTORY 新規の顧客を事業で集め、リピーターを増やすためにチームや選手を強化する。関係性を単純化すれば、こうなるだろう。乗り物に例えれば、強化が前輪で事業が後輪だ。天野はどうして事業の軽視を問題視しているのか。乗り物の前輪だけが大きくなれば、やがて前進できなくなってもおかしくないからだ。
いわば"いびつな乗り物"になりかけているJリーグの各クラブが今後いっそう問われるのは、お金の使い方だろう。先頃話題になったテレビ放映権料の大幅な増額により、それぞれ収入が増えるのは間違いない。それでは事業へのどんな投資が想定できるのか。予算の増額や、担い手の待遇改善か。天野に聞くと、やや意外な答えが返ってきた。
「厳しい環境が必要になります。いまよりもはるかに」
どういう意味なのか。
「選手や監督は結果を出せないと、首を切られます。事業のプロを増やしていくには、同じ厳しさが必要です。待遇を改善するだけではなくて」
天野はそこまでしか語らなかった。もしかすると、こう付け加えたかったのではないだろうか。事業のプロにも、誇りや責任感が不可欠なのだと。冒頭に記した天野の「クラマーさんが必要だ」という主張は、次の話に繋がっていく。
「Jリーグのクラブで働きたいと、そんな志を持った学生はけっこういるんです。なのに、きちんとした人材育成の場が、いまの日本にはありません」
時間に限りがあるからこそ、天野は危機感を募らせている。川崎フロンターレの事業には、「なぜサッカークラブが?」と思わず口もとがほころぶような驚きと、地域への貢献を両立させた企画やイベントが数多い。他の追随を許さないその仕掛け人として、地道にプロスポーツクラブが取り組むべき事業への理解者を増やしてきた天野は、こう表現する。「もう24年目なんですよ」、と。
「スポーツで、もっと、幸せな国へ」というJリーグ百年構想への強い共感が、天野のこれまでの挑戦を支えてきた。1993年のプロリーグ創設から24年目、2017年のJリーグは大きな岐路を迎えている。(文中敬称略)
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