新型iPhoneにも搭載された「ARKit」を使ったファン向けサービスとは?

今秋に発売された新型iPhone、iPadに搭載された「ARKit」。これは『ポケモンGO』でも活用されている、現実世界にデジタル情報を重ね合わせる技術「AR」(拡張現実)に対応する機能で、11月の時点でApp StoreにはすでにARアプリが1000以上存在する。

アメリカのメジャーリーグ(MLB)はこの機能に着目し、来シーズン開幕に向けてこれまでにない取り組みを進めている。アメリカの複数メディアが報じたところによると、MLBが計画しているのは、2015年に全球場に導入された「Statcast」(スタットキャスト)をフルに活用した、ファン向けのリアルタイム情報提供サービスだ。

スタットキャストは、インターネット事業専門の子会社MLB Advanced Media(以下MLBAM)によって開発されたもので、高解像度の光学カメラやレーダーを使用して試合中の全ての選手の動き、ボールの動きなどをトラッキングし、収集したデータは瞬時に解析される。例えば、ランナーの走る速度やピッチャーの球速、打球の飛距離だけでなく、目の前のホームランの飛距離が今シーズンのMLBで最長、今投げられたボールの球速が今シーズンのMLBで最速、といったが情報が表示される仕組みだ。

これまで、このリアルタイムデータは主に試合の解説や実況に利用されてきたが、MLBは公式アプリ「MLB.com At Bat」にスタットキャストと連携した機能を盛り込むことで、球場のファンにも同様のデータを提供しようとしている。試合中にアプリを起動してiPhone、もしくはiPadのカメラをグラウンドに向けると、さまざまな情報が提示されるようになるのだ。MLBはすでにロサンゼルスのドジャー・スタジアム(ロサンゼルス・ドジャース)、サンフランシスコのオークランド・アラメダ・カウンティ・コロシアム(オークランド・アスレチックス)、AT&Tパーク(サンフランシスコ・ジャイアンツ)でこの機能をテストしており、来シーズンの開幕までには「MLB.com At Bat」に搭載する見込みだ。

新サービス導入の裏にあるMLBの思惑とは?

この野心的な試みの裏には、MLBの危機感がある。2007年のレギュラーシーズンにはMLB史上最高となる約7950万人のファンが球場に足を運んだが(経済誌『フォーブス』の記事参照)、その後、観客数はじりじりと減少しており、2012年には約7490万人、2017年には約7267万人(ESPNデータ参照)にまで落ち込んだ。

この現状に歯止めをかけるため、MLBは球場内でのファンの「体験」の向上に目を向けるようになり、2012年にはMLBAMの主導で全球場内のWi-Fiアクセスと携帯電話の接続状況を調査。改善を進めた結果、現在では十分なWi-Fi環境を整えている球場がほとんどとなり、ファンがスマホを通して自分の席に座ってままビールやホットドッグ、あるいはチームシャツの注文までできるようになっている。こういった球場改革の一環として、来シーズン、スタットキャストのデータを利用したARサービスが導入されるわけだ。

選手やプレーのリアルタイムデータは、関心のない人にとっては不要だろうから、新しい野球ファンの開拓につながるかといえば未知数ながら、少なくとも球場で野球を楽しむための一つのツールになるだろう。

球場で中継のラジオでも聴いていれば実況や解説によってさまざまなデータを耳にすることはできるだろうが、どのデータをどのタイミングで紹介するかはメディア次第。それにイヤフォンに耳をふさがれていると、家族や友人との会話にも集中できない。

その点、ARを使えば自分がデータを知りたい時にアプリを起動し、画面をグラウンドに向けるだけで情報を得られるため、ファンにとっては使い勝手がいい。アメリカの報道によると、どんなデータをファンに提供するかはこれから精査されるようだが、打球の飛距離やピッチャーの球速だけも話のネタになるから、球場での会話もより弾むだろう。

このARサービスが実装されると観戦中もスマートフォンやタブレットの画面を眺めているファンが増えそうだが、データを提供することで目の前の試合やチームにより強い関心を向けてもらうという効果も期待できる。

翻って日本のプロ野球を見てみると、試合中継の際、アメリカほどデータが活用されているようには見えない。それほどニーズがない、あるいは、スタットキャストのようなシステムがないためにデータそのものがないということも考えられるが、それでも球場でのARの活用は一考に値するのではないか。例えば、ARアプリをかざした時に、選手名鑑のようなデータに加えて、個々のトリビア的なプロフィールや際立った身体能力を示す数字、進行中のユニークな記録などが掲示されたらファンは盛り上がるだろう。

サッカーやバスケットに比べると動きが少ない野球は、ARと相性がいい。野球にとってARは、球場での観戦をエンタメ化するための新たな可能性となるだろう。

<了>

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川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9カ月で退職し、2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。2010年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスの構成作家、エディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。著書に、『BREAK! 「今」を突き破る仕事論』(双葉社)など。