2014年W杯の屈辱から蘇ったブラジル

©Getty Images

「ブラジル代表が今の成功をつかむための、重要な要素は何だったんですか?」

10月10日、2018年ワールドカップ南米予選を、チリ戦の快勝で締めくくった後、ダニエウ・アウベスに質問すると、彼は即答してくれた。

「チッチ監督だよ。僕らは彼と彼のアイデアについていくことで、ベストな形で目標を達成したんだ。そして、これからも彼の後に続かなければ。本当の目標は、これまでよりもっとずっと大きいんだから。」

自国開催となった2014年ワールドカップで、ネイマールがまさかの負傷で大会を去った後、ブラジルは準決勝ドイツ戦で1-7の歴史的大敗を喫した。

その悪夢は国内に影を落とし、大会後、2度目のブラジル代表の指揮となったドゥンガ監督が立て直しを図ったものの、南米予選では2勝3分1敗と勝ちに恵まれず、コパアメリカも2015年大会、2016年の100周年大会と、立て続けに早期敗退に終わった。

そのコパアメリカ敗退直後の2016年6月20日、新たに監督に就任したのが、チッチだ。コリンチャンスを率い、2012年クラブワールドカップをはじめ、クラブが獲得できる、あらゆる国際・国内タイトルに導いた経験のある彼の代表監督就任を、国中が歓迎した。

実際、その後の南米予選では破竹の勢いで10勝2分。史上最速、4節を残してのW杯出場枠獲得となった。

チッチの就任時は、準備のための親善試合や合宿を行う日程もなかったが、彼は具体的な数々の改革をおこない、目に見える効果を発揮してきたのだ。

まずは、選手起用。代表経験や現在の好調ぶりで選択した選手に加え、彼自身が指揮したクラブですでによく知り、信頼している選手に絞って、スタメンをほぼ固定するという方針を崩さなかった。

基本のスタメンは次の通りだ。

GKはアリソン。右SBはダニエウ・アウベス。左SBは、ドゥンガ時代は招集されていなかった、マルセロが復帰。フィリペ・ルイスが2番手に控える。CBはベテランのミランダとのコンビで、若手マルキーニョスが定着した。3つめの枠は、チアゴ・シウバが占める。ボランチには、パウリーニョとカゼミロ。もしくはフェルナンジーニョ。攻撃的MFは、レナト・アウグストとフィリペ・コウチーニョ。状況次第でウイリアン。パウリーニョとレナト・アウグストは、元コリンチャンス組、かつ、中国組。パウリーニョに至っては、代表効果もあって、バルセロナに移籍したほどの活躍ぶりだ。FWは、ネイマールとガブリエウ・ジェズス。フィルミーノが起用された試合もあった。

この大枠で常勝街道を駆け抜け、コンビネーションの熟成を進めながら、状況次第で控えをスタメン起用したり、第2、第3の候補を招集・観察し、選択肢を増やしてきた。

メンバーの固定はすぐに効果を生み出し始めた。例えば、これまでセレソンに不在と言われていた、ネイマールのパートナーに、リオ五輪優勝メンバーのガブリエウ・ジェズスという、スピード・テクニック・フィニッシュのセンスを備えた若手を起用。また、攻撃を組み立てながら、ゴールも決められるフィリペ・コウチーニョも固定した。

ガブリエウは、2人の存在感のおかげで、初戦からのびのびとプレー。コウチーニョも、代表歴は長いものの、定着できていなかったのが、チッチに継続的に起用されることで自信を持ち、リヴァプールでの絶好調を代表にもたらすことができた。

これにより、攻撃のバリエーションが広がり、ネイマールもただ1人マークが集中することなく、イキイキとプレーできるようになった。

そのうち、これまでよく使われていた「ネイマール・デペンデンシア(ネイマール依存症)」という言葉が、メディアから消えてしまったほどだ。

チッチは今後も「選手を入れ替えすぎると、組織を失う。テストや経験のために変更するのは、1試合につき2点までが理想」というバランスを保ちながら、強化を進める予定だ。

また、控えに回った選手達にも配慮を惜しまない。例えば、1つのポジションを争う2人の選手を一緒に呼んで話をしたり、場合によっては、練習中に控えチームを指揮するなど、全員の重要性を選手達に理解させた。

選手達は「チームのために」「結束」という言葉を、再び胸に刻むようになり、ブラジル代表に明るさが戻った。

芽生えたリーダーシップとメディアとの一体感

もう一つ、チッチが採用した方針に「キャプテン持ち回り制」というのがある。

過去、ブラジル代表のキャプテンと言えば、ドゥンガ、カフー、ルッシオなど、強烈なリーダーシップを発揮する選手が務めてきた。しかし、チッチは試合毎に、違う選手をキャプテンに指名。これまで、13人の選手達が、その役割を務めてきたのだ。

ミランダ、ダニエウ・アウベス、パウリーニョ、レナト・アウグスト、マルセロといったベテランをはじめ、大半では控えに回ってきたチアゴ・シウバ、フェリペ・ルイスも、スタメン出場した試合でキャプテンマークを付けた。

また中堅のフェルナンジーニョ、フェリペ・コウチーニョや、さらには、ドゥンガ監督時代に託されたキャプテンの役割が負担になり過ぎ、一度はキャプテンマーク返上を宣言したネイマールも、チッチのもとで、再び重責を担う意欲を取り戻した。

国内組のみの代表招集の際は、経験豊富なロビーニョが急造チームをまとめた。南米予選最後の2節は、カゼミロ、さらに、若きマルキーニョスが抜擢された。

マルキーニョスが「大きな名誉。選手ごとにリーダーシップの形があるから、僕も僕なりに、チームに落ち着きをもたらせるように頑張りたい」と抱負を語れば、カゼミロは「監督はピッチに11人のリーダーを求めているんだ」と、チッチの意図を代弁した。

ミランダは「試合ごとにキャプテンが違えば、リーダーも成熟するし、チームが困難に陥った時には、多くの選手がリーダーシップを発揮できるようになる」と、その効果を語る。

これにより、選手は誰もが誇りと自分の重要性とを感じるようになった。一方で、チームにとっては責任を分担できる上、様々なタイプのリーダーシップを得られるという、画期的なアイデアとなっている。

言わば「人の心を動かす」ことに長けたチッチが、彼の代表監督としての初戦の前、選手や技術委員会と一緒に、専属コックや警備担当者にいたるまで、スタッフ全員を集めて「みんなで勝とう」と誓い合ったのは、有名な話だ。

さらに、メディアも味方につけている。記者会見でも、時には熱弁をふるい、時には人間味のある心情を垣間見せるなど、報道陣を楽しませていると言っても過言ではない。

前述のキャプテン持ち回り制が話題になった時も、こんな調子だった。

「試合は全員でやっているんだ。良い試合になるのも、チームワークがあってこそ。逆に、試合が良くなかったからといって、キャプテン批判なんて、糞食らえ…あ、ごめん(苦笑)」と、うっかり汚い言葉を使い、恥じ入るように謝ったりするのが、本当にうっかりなのか、計算なのか。ともかく、マスコミとの良好な関係の重要性を、良く心得ているのは確かだ。

そんなブラジル代表が、来たる11月10日に、親善試合で日本と戦う。招集メンバー発表会見では「ここまでは、招集メンバーを決めることに没頭していた。この後は、日本を徹底的に研究する」と語っていたチッチ。この試合でも、さらなる進化を見せつけてくれるのか。興味は尽きない。

セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉

====================================
ブラジル代表 密着歴20年、本記事著者の藤原清美さんが記録してきた、レジェンドたちの成功の秘密。
ロシアW杯の優勝大本命ブラジル代表、通称セレソンに密着取材した代表選手たちのインタビューをもとに、
人生を生き抜くための格言や、プレッシャーに打ち勝つための考え方など、
サッカーファンのみならず、ビジネスマンにも通じるメッセージを綴る。

【プレッシャーに打ち勝つための言葉】
ネイマール/ドゥンガ/カフー

【心が折れそうになった時の言葉】
ロナウド/ロベルト・カルロス/コウチーニョ

【厳しい環境から這い上がるための言葉】
ロマーリオ/アドリアーノ/ウィリアン

【コミュニケーション力を高めるための言葉】
カカー/ジョルジーニョ/ジュリオ・セーザル

【組織のリーダーになるための言葉】
チッチ/パレイラ/スコラーリ
====================================

日本に完勝のブラジルからハリルジャパンへ提言 「強国と対等に戦おうとするな」

11月10日、日本代表はフランスのリールでブラジル代表と対戦して1-3で敗れた。ハリルジャパンと対戦したブラジルの選手や関係者は、どのような印象を持ったのか。選手たち、チッチ監督、ブラジル人記者、そしてJリーグにも在籍した元セレソンのジョルジーニョ氏に話を聞いた。(文=藤原清美)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

ブラジルは「1-7の亡霊」を払拭したか? ドイツ戦“4つの目的”を検証する

2014年に自国で開催されたW杯で、ブラジルは大会を制すことになるドイツに1-7と歴史的な大敗を喫した。今でもブラジルの国民は、その屈辱を忘れていない。大きな借りを返すべく臨む2018年W杯へ向けて、チッチ監督の下で強化を進め、結果を出し続けてきたブラジル。3月には欧州遠征を行い、ロシア代表、そしてドイツ代表と対戦した。あの大敗以来となる直接対決は、W杯本番並みの注目を集めた。この試合でブラジル代表は、何を得たのか。(文=藤原清美)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

ネイマールが挑む「6度目の優勝」 ケガからの復活と誓った栄光への道

熱戦の続く2018 FIFAワールドカップ。17日深夜にはいよいよ優勝候補の一角、ブラジル代表が登場する。母国開催の2014年大会で無念の離脱となったネイマールは、今大会に並々ならぬ想いを抱いている。栄光に彩られたセレソン、前人未到の「6度目の優勝」へ、ネイマールの挑戦が始まる――。(文=藤原清美)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

コロンビアはなぜ蘇ったか 欧州の指導法を取り入れた育成事情

2018年のW杯ロシア大会で日本と同組に入った南米の強豪コロンビア。ハメス・ロドリゲスを筆頭に、近年、次々とスタープレーヤーを産み出し続けている。2002年大会から2010年大会までは、予選を勝ち抜けずにW杯の舞台にも立てなかった人口約4900万人の国が、世界的ビッグクラブに多くの選手を輩出するようになった原因とは。(文:藤原清美)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

ヴィニシウス・ジュニオール、レアルが56億円を出す17歳の才能とは?

ペレがスウェーデンで開催されたW杯でブラジル代表を優勝に導いたのは17歳のときだった。ロシアでW杯が開催される2018年、ブラジルでは再び17歳の少年が大きな注目を集めている。フラメンゴに所属するFWヴィニシウス・ジュニオール。プロのキャリア2年目だが、16歳ですでにスペインの名門レアル・マドリーと契約を結んでいる。14日にはリベルタドーレス杯デビューを飾り、途中出場から2ゴールを挙げてフラメンギスタ(フラメンゴのファン)を熱狂させている王国の新たな至宝について、藤原清美さんに伝えてもらう。(文=藤原清美)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

「ピーキング」は大丈夫? 西野ジャパンは4年前の惨敗を生かせるのか

いよいよW杯が迫っている。日本代表も23人の最終登録メンバーが発表となり、すでにチームはヨーロッパ入りして本大会に向けて準備を進めている。その中で気がかりなのがコンディションづくりだ。4年前、欧州の強豪リーグで活躍する選手が増え、史上最強とも言われたチームは、1勝も挙げられずにブラジルを去った。当時、その要因に挙げられた理由のひとつが『ピーキングの失敗』だった。ロシアに乗り込む日本代表は、その反省をいかせているのか。日本代表を追い続ける飯間健記者に、現地での様子を伝えてもらう。(文=飯間健)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

代表正GKは、川島永嗣でしかあり得ない。専門家がみる3つの理由

川島永嗣選手は、2010年W杯以降4人の監督からサッカー日本代表正キーパーに指名されてきた選手です。巷では「ミスが多い」「技術が低い」「Jリーグにもっと良いGKはいる」等の意見もあります。しかし、山野陽嗣氏(元U-20ホンジュラス代表GKコーチ)は、「正GKは川島以外あり得ない」とまで言い切ります。どういう理由なのでしょうか?(文:山野陽嗣)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか? 小俣よしのぶ(前編)

今、日本は空前の“タレント発掘ブーム"だ。芸能タレントではない。スポーツのタレント(才能)のことだ。2020東京オリンピック・パラリンピックなどの国際競技大会でメダルを獲れる選手の育成を目指し、才能ある成長期の選手を発掘・育成する事業が、国家予算で行われている。タレント発掘が活発になるほど、日本のスポーツが強くなる。そのような社会の風潮に異を唱えるのが、選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏だ。その根拠を語ってもらった。(取材・文:出川啓太)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
藤原清美

著者プロフィール 藤原清美

スポーツジャーナリスト。2001年からリオデジャネイロに移住し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材。特に、ブラジルサッカーの代表チームや選手の取材を活動のベースとし、世界各国を飛び回る。選手達の信頼を得た密着スタイルがモットーで、日本とブラジル両国のメディアで発表。ワールドカップ5大会取材。ブラジルのスポーツジャーナリストに贈られる「ボーラ・ジ・オウロ賞」国際部門受賞。