3カ月ぶりに復活を果たしたネイマール、期待以上の回復具合とコンディション

(C)Getty Images

5月21日にスタートしたブラジル代表のワールドカップ準備合宿を経て、最もブラジル国民を感激させ、安心させている選手の一人が、ネイマールだ。6月1日に2対0で勝利した親善試合クロアチア戦、6月10日に3対0で勝利した親善試合オーストリア戦、ともに、ネイマールがビューティフルゴールを決めたのだ。

今年2月25日、パリ・サンジェルマンでの試合で右足小指を骨折、ピッチから泣きながら担架で運び出されたネイマールは、3月3日にブラジルで手術を受け、ワールドカップに向けて、時間との戦いに入った。あれから約3カ月間、誰もが心待ちにしていた、ケガからの復活だった。

ワールドカップの舞台であるロシアでの、ブラジル代表ベースキャンプ地であるソチに入ってから、ネイマールのテンションは非常に高い。6月10日の深夜、チームと共にソチに到着した空港で、ロシア民謡の生演奏によって出迎えられた際は、一緒に踊ろうとチームメイトのマルセロを引っ張り、笑ってあしらわれたにもかかわらず、一人で少し踊ってみせた。差し出されたロシアのお菓子に真っ先に手をつけ、笑顔で頬張ってチームメイトに勧めたのも、ネイマールだ。

フィリッピ・コウチーニョの誕生日には、ピッチでの伝統的なお祝いの首謀者にもなった。マルセロやミランダといったベテラン勢と共に、練習後、こっそり生卵と小麦粉を準備し、盛大にコウチーニョに浴びせたのだ。その後は、逆に自分もパンツに生卵を入れられて、爆笑していた。

あの明るさは、いよいよワールドカップが始まるという高揚感なのか、チームを盛り上げようという、彼なりのリーダーシップなのか、もしくは「僕は大丈夫だよ」という、ブラジルや世界へのメッセージなのか。2014年、準々決勝コロンビア戦で、相手のスニガに後ろから蹴られたことで、大会途中で負傷離脱したネイマール。少年時代から夢見てきたワールドカップでの戦いを、ケガによって中断されただけに、今回に懸ける思いには、想像を超えるものがあるのだろう。

もともと、今回のケガで、彼は苦しみや焦りといった、負のイメージを表に出さないようにしていたように思う。ネイマールは手術後の2カ月半、リオデジャネイロ州にある別荘で、リハビリとフィジカルトレーニングに努めていた。その間、時折、自身の運営するSNSでその様子をアップしていたのだが、右足を地面につけないように踊ってみせたり、息子が理学療法を興味津々に眺めているユーモラスな表情を笑うなど、まるでリハビリを楽しんでいるかのような投稿が多かった。

実際はその期間、かなりハードにトレーニングしていたらしい。ブラジル代表に合流した時は、フィジカルコーチが「回復具合、コンディションともに、我々の期待以上の状態で来てくれた」と語っていた。

セレソンミュージアムで抱いたワールドカップへの想い

(C)Getty Images

合宿スタート当初のネイマールは、チーム練習にも、右足にプロテクターをつけて参加していた。ピッチでも、ジムでも、淡々とした表情で、トレーニングに取り組んでいた。

そして、合宿の第2段階であるロンドンに出発する前のことだ。ブラジル代表はチーム全員で、ブラジルサッカー連盟の運営する「セレソンミュージアム」を見学した。ワールドカップにまつわる展示も多いこのミュージアムで、選手たちが一番熱いまなざしを向けたのが、世界で唯一、ブラジルだけが獲得することのできた、5大会のワールドカップ優勝トロフィーだ。

ネイマールも、かぶりつくように、そのトロフィーを見つめていた。その時、思うところがあったのかもしれない。普段はできるだけ、メディアに応対するのを避ける彼が、ミュージアム見学の後、予告もなく、笑顔で報道陣の前に現れたのだ。心配させた国民に対し、きちんと話したかったのだという。

「まだ100%じゃない。完全な動きをするのは、まだ少し怖いんだ。でも、それは時間の問題。僕は試合に出る準備ができているし、僕のプレーを妨げるものは、何もない」

そして、待望の復帰戦となった親善試合クロアチア戦に後半から出場し、ゴールを決めた時、ネイマールは手術を担当してくれた代表のチームドクターのもとへ、一目散に駆けていって抱きついた。

「愛するサッカーに戻れて、本当に幸せ。簡単じゃなかったし、今も簡単ではないけど、ドクターや理学療法士に心から感謝をしている」

試合後、そう話すネイマールについて、執刀したホドリゴ・ラスマール医師は「彼のピッチに立つ喜びが戻ってきただけでも、一つの達成」と笑顔で応じながらも、「でも、まだ最初の一歩。道のりは長い」と、慎重さを崩さなかったのが、ケガから復帰することの難しさを表している。

ソチに入ってから、ネイマールは「自分の中では、コンディションはまだ80%」と語っていた。フィジカルコーチも「フィジカルコンディション以上に、試合勘という意味で、グループリーグを終える頃には完調に持っていきたい」というペースを想定している。

セレソンが磨いてきたスタイルが、ネイマールの助けになるはずだ

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第1戦の試合前日、ブラジル代表監督のチッチも記者会見で「ネイマールはまだ100%じゃないが、フィジカル的には非常に素晴らしく、彼のトップスピードも失われていない。素晴らしい試合をするために、期待していた通りの順調な回復のプロセスを歩んでいる」と語っていた。

自国の代表を応援するために、ブラジルからはるばるロシアにやってきたサポーターは、「ネイマールは、何てすごいんだ。3カ月前には車椅子に乗っていたのに、ワールドカップ前のテストの試合で、あんなゴールを決めてしまうんだから!」と、盛り上がっていた。

チッチ監督がチームに浸透させた布陣では、ネイマールと共に、攻撃的MFフィリッピ・コウチーニョや、センターフォワードのガブリエウ・ジェズス、試合によってはスピードのあるウィリアン、そして、意表を突く攻撃参加が持ち味である、ボランチのパウリーニョらがプレーする。お互いを活かし合えるため、ネイマールも一人でゴールのプレッシャーや、対戦相手のマークを背負うことなく、のびのびとプレーできる。南米予選でも功を奏したこのスタイルが、試合復帰したばかりのネイマールには、助けになるはずだ。

ブラジル報道陣に聞いても、もちろん、ワールドカップの厳しさは、みんなが語るものの、「ネイマールのコンディションがまだ80%だとはいっても、彼のようなレベルの選手になれば、たとえ80%でも、怪物的なプレーをしてくれるはずだ」というふうに、ケガによる影響は、もうほとんど乗り越えたのでは、と見る向きが多い。

セレソンミュージアムの見学の後、ワールドカップトロフィーを見つめる自分の写真とともに、ネイマールはこんな言葉をSNSに投稿した。

「多くの困難に出会うのは分かっているけど、君を手中にするためなら、不可能なことでもやってみせる。栄光への道。6度目の優勝への道」

いよいよ戦いが幕を開ける。

<了>

セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉

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ブラジル代表 密着歴20年、本記事著者の藤原清美さんが記録してきた、レジェンドたちの成功の秘密。
ロシアW杯の優勝大本命ブラジル代表、通称セレソンに密着取材した代表選手たちのインタビューをもとに、
人生を生き抜くための格言や、プレッシャーに打ち勝つための考え方など、
サッカーファンのみならず、ビジネスマンにも通じるメッセージを綴る。

【プレッシャーに打ち勝つための言葉】
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【心が折れそうになった時の言葉】
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【厳しい環境から這い上がるための言葉】
ロマーリオ/アドリアーノ/ウィリアン

【コミュニケーション力を高めるための言葉】
カカー/ジョルジーニョ/ジュリオ・セーザル

【組織のリーダーになるための言葉】
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藤原清美

著者プロフィール 藤原清美

スポーツジャーナリスト。2001年からリオデジャネイロに移住し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材。特に、ブラジルサッカーの代表チームや選手の取材を活動のベースとし、世界各国を飛び回る。選手達の信頼を得た密着スタイルがモットーで、日本とブラジル両国のメディアで発表。ワールドカップ5大会取材。ブラジルのスポーツジャーナリストに贈られる「ボーラ・ジ・オウロ賞」国際部門受賞。