4つの目的があったドイツ戦

ブラジル代表が、3月27日の親善試合ドイツ戦に、1-0で勝利を収めた。相手ホームのベルリン・オリンピックスタジアム。7万2000人を超える観客が見守る中、じりじりとした展開となった前半から、後半は一転して試合を優位に進め、繰り返し攻め込みながら、勝ち取った1点だった。

ブラジルにとって、この試合には4つの重要な目的があった。1つめは、2014年ワールドカップ準決勝ドイツ戦で喫した歴史的大敗「1-7の亡霊」を払拭すること。そして、チッチのセレソンとしては経験が不足している、ヨーロッパの強国との対戦ができる、ということ。2つめは、ネイマール不在の戦い方の準備。3つめは、ワールドカップに向けて、実質7つとなった残りの招集枠を埋める選手の見極め。そして4つめは、戦術や選手起用のオプションを増やし、磨きをかけること。今回の勝利は、その4つの全てに関して、大きな一歩前進となった。

あの1-7のすぐ後に、ブラジル代表監督に就任したドゥンガは、セレソンに対する国民やメディアの深い不信感に苦しんだ。

リオ五輪もそうだ。金メダルが悲願だったのはもちろん、決勝がドイツ戦となったことから、選手達はブラジルに対する国内外からの見方を変えるためにも、この試合に勝つことがいかに重要かを話し合ったそうだ。

また、チッチ監督の就任後に迎えた、16年11月のW杯南米予選アルゼンチン戦もそう。会場が1-7の舞台となったベロオリゾンチのミネイロンだったことから、雰囲気は「ミネイロンの雪辱」一色になる中、チームは3-0で勝利を挙げた。

そして今回、ついにフル代表同士の直接対決となっただけに、W杯の準備のための1戦でありながら、まるで真価を問われるような形になった。セレソンが、そしてチッチが、ドイツに通用するのか、と。

ネイマール不在の状況を想定した準備に

試合前、チッチは「この対戦をW杯前にやれることが重要だ。我々は毎日、1-7の亡霊を背負っている。だからこそ、ここベルリンで、もう1つ先に進みたいんだ。これまで以上に重要な精神面、心理面のテストになる」と、プレッシャーへの心構えを語っていた。

チッチはW杯出場が決まった後も、しばらくは同じ選手と戦い方で、それまでやってきたことの熟成を図った。そして、南米予選終盤から、オプションを増やすことに方針を広げた。テストをしたいからと言って、それで負けるのでは、今後に繋がらないばかりか、せっかく築いてきた自信と信頼の失墜をも引き起こしかねない。経験をしながら修正を加え、結果を出してこそ、今後のオプションの1つとなるのだから、チッチのテストは、非常に慎重に行われてきた。

今回のドイツとの直接対決は、奇しくも2014年と同じく、ネイマールをケガで欠いての戦いとなった。ネイマールは現在、右足小指の骨折のため、長期で戦線離脱中だ。その怪我からは回復する見込みだが、W杯中、別のケガや出場停止等で欠場することは、大いにあり得る。ネイマール不在を想定していなかったW杯と違い、チッチがその対策を練り、実戦を経験する良い機会にもなった。

それと合わせてもう1つ、MFヘナト・アウグストのポジションにも手を入れた。チッチが信頼を寄せるヘナトだが、今回は所属する中国サッカーのカレンダーにより、3月上旬のリーグ開幕までの3カ月間、実戦から遠ざかっていた。そのため、シーズン真っ最中のヨーロッパ組ほどのコンディションがないことを、逆に他の選手の起用に活かした形だ。

ドイツ戦の4日前に行われたロシア戦では、ネイマールの代わりにドゥグラス・コスタを起用し、ヘナトのポジションに、よりFWに近いMFウイリアンを起用した。ロシアが5人で守ってくると想定し、その突破を目的とした配置だ。

ドゥグラス・コスタはケガでセレソンから遠ざかった時期があったものの、チッチが観察を続けてきた選手。ユベントスでレギュラーを務める今、機が熟したと見ての起用で、その結果、招集枠に大きく前進と評されるほど、期待に答えた。

ウイリアンも、ネイマールが復帰する際には、フェリペ・コウチーニョを含む3人での、軽快でスピーディー、インスピレーションに溢れた攻撃を期待されるプレーを見せた。

ドイツ戦では、ネイマールの代わりにそのウイリアン。さらに、ヘナトのポジションには、ボランチのフェルナンジーニョが入った。これは、ドイツのような、より危険な相手に対し、スペースを埋め、攻め手を封じるパターン。

一方で、攻撃的MFもできるが、より守備力の高いフェルナンジーニョの起用により、パウリーニョにさらなる攻撃への自由を与えることができる。パウリーニョはボランチでありながら、チッチのセレソンで7ゴールを決めている得点源だ。

自信をつけながらも、慎重な姿勢を崩さないセレソン

チッチがワールドカップ招集を確実視している選手は16人いるが、まだ、第3GK、4人目のセンターバック、両サイドバックの控え、MFの2枠、FWの1枠が空いている。

今回、久々の招集となったMFフレッジも、大きくリードしたと見られている。フレッジは試合こそ、ロシア戦の後半33分からの12分間しかプレーしなかったが、練習中、あらゆるパターンでのチッチの要望に応えるフレキシブルさで、大きな印象を残した。チッチ自身が常に「観察しているのは、試合だけではない」と語っていることも、選手達の意欲に繋がっている。

一方で、招集を確実視されている選手達も、ドイツ戦勝利後に話を聞くと、そうしたオプションの成功の中、やはりみんなが気を引き締め直している。MFフェリペ・コウチーニョは「僕らが正しい道を歩んでいるという確信が持てた。でも、日々学び、成長していかなくては。この後もクラブで頑張ってこそ、セレソンに戻って来られるんだから」と語る。

ドイツ戦という大舞台で決勝点を決めた20歳のFWガブリエウ・ジェズスも「1-7は過去のこと」と言うが、後に続く言葉が心強い。

「僕らは現在から今後のことを考えないと。つまり、これからもいつだって、困難は襲ってくるものだから、もっと強化しないといけないということ」

安定した守備を見せたGKアリソンも「苦しい時間帯をみんなでしのぎ、決めるべき時に決められたことが大きい。こういう機会に勝てた自信が、今後の僕らを手助けしてくれる」と語る。


幾つかのテストをしながら、ロシア戦を3-0,ドイツ戦を1-0と、勝利で終えたチッチ。彼は2016年6月のブラジル代表監督就任会見の際、「ワールドカップのことを考えると脚が震えてくるから、今は目の前のことだけに集中する」と語っていた。

あれから19試合15勝3分1敗、42得点5失点。W杯が目の前に迫った今、この結果を持ってしても、「今も脚が震えている?」と聞いてみた。

チッチは「震えているよ」と言って笑った後、こう語ってくれた。

「ここまで来るために、ものすごく仕事をしてきた。今も、チームがもっと成長することを考えているし、精神的にも強くなって欲しい。僕自身が挑戦する監督であるように、選手達にも、より良いプレーに挑戦して欲しい。結果について言えば、多くの場合、良いプレーをした方が勝つ。ただ、サッカーでは時には、効果的なプレーが勝利に繋がらないこともある。でもね、人は挑戦することができるんだよ。どんなに重要な時にだって、大きな挑戦をすることができる。不安も心配もある。脚は震えているけど、その震える脚で、前に一歩を踏み出すよ」

メディアも2014年のように「さぁ優勝だ」と戦う前から盛り上がるのではなく、「まだ、2-7だ」と、2試合のドイツ戦のスコアを足して、冷静に喜ぶ姿勢を見せている。ピッチの内外での挑戦者の姿勢が、丹念な準備に繋がっている。

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藤原清美

著者プロフィール 藤原清美

スポーツジャーナリスト。2001年からリオデジャネイロに移住し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材。特に、ブラジルサッカーの代表チームや選手の取材を活動のベースとし、世界各国を飛び回る。選手達の信頼を得た密着スタイルがモットーで、日本とブラジル両国のメディアで発表。ワールドカップ5大会取材。ブラジルのスポーツジャーナリストに贈られる「ボーラ・ジ・オウロ賞」国際部門受賞。