大きな可能性を秘めたサンウルブズと秩父宮

©松岡健三郎

池田純CBOは、2011年から昨年までの5年間に渡って横浜DeNAベイスターズの初代社長を務めた。その間、観客動員数を110万人から194万人へ増加させ、球団単体での売り上げを約50億円から約100億円超へと倍増させて「不可能」と言われていた黒字化を実現。さらに横浜スタジアムの買収を達成するなど、手腕を発揮したプロスポーツのプロ経営者である。

そんな池田氏は日本ラグビー協会の特任理事としてラグビーのファン拡大に取り組みつつ、サンウルブズが日本ラグビー界を牽引するチームの一つとして確立するために、ジャパンエスアールのCBOとしても、組織全体やサンウルブズの価値向上、知名度アップといったブランディングの強化をサポートする職に就いたというわけだ。

2016年にスーパーラグビーに参入したサンウルブズは、初年度は1勝1分13敗で18チーム中最下位に終わり、2017年は2勝13敗で17位と、決して強いとは言えず、ラグビーファンを満足させる成績を残すことができなかった。サンウルブズの運営費用は10億円ほどだが、毎年1億円程度の赤字が続いているという。

ただしサンウルブズのスーパーラグビー参入は、2019年の自国開催のW杯に向けた日本代表強化という側面もあり、1億円の赤字で年間15試合の世界レベルの試合を経験することができているとも言える。一方でサンウルブズは秩父宮ラグビー場を2万人近くの観客で埋められるコンテンツである。しかし原資もほとんどなく、日本唯一のプロラグビーチームでありながらも、本当のプロ化に向けてはまだまだチームも組織も脆弱だ。

そこで、2019年ラグビーW杯の先を見据え、ジャパンエスアールは「5 BEYOND 2019」という組織スローガンを掲げて、「サンウルブズを5年以内に優勝できるチームにすること」、そして「日本ラグビー界とともに、秩父宮ラグビー場の『青山ラグビーパーク化』を押し進めること」に取り組んでいくことになった。

組織スローガンや「青山ラグビーパーク化」の構想に中心的な人物として携わった池田CBOは、会見の冒頭、資料に目を落とすことなく、15分間ほどにわたって、その思いを熱く語った。

「2015年のワールドカップでラグビー日本代表が南アフリカ代表に勝利しラグビーブームになって、“ラグビーの景色”が変わるかなと思っていましたが、それほど大きく変わらなかった。2019年はワールドカップがあり、2020年はオリンピックがあって盛り上がると思いますが、4月から特任理事としてラグビー協会に携わる中で、2019年を境にラグビーを取り巻く環境、組織、構造は、2015年でと同様に大きく変わっていかないかなと思うようになりました。しかし、チャンスが残されています。ラグビーファンならず、ラグビーとライト層の大きな接点になり、“ラグビーの景色”を変える可能性があるもの。それがサンウルブズと秩父宮ラグビー場だと思ったのです」

2019年W杯後を見据えて

©JSRA

横浜DeNAベイスターズにおいて5年間で“横浜の野球の景色”を変えた池田CBOは、サンウルブズと秩父宮ラグビー場に “ラグビーの景色”を変える魅力を持つと感じ取ったようだ。なぜか。

1つ目のサンウルブズに関しては「世界最高峰のリーグに日本のチームが参戦していることはすごく価値があります。サンウルブズが5年後にスーパーリーグで優勝できるようなチームになり、2019年のW杯後のラグビーを牽引するようなコンテンツになっていかないといけない。サンウルブズを軸にラグビー人気をしっかり作っていき、ラグビーファンのライト層を拡大していく。ラグビーファンを超えて、その価値をもっと日本中に広げていくことが必要です。ただ、まだ価値や認知が広がっていないので、その壁を破っていくことが、日本ラグビーのキーになると思います」と説明した。

2つ目の秩父宮ラグビー場については「ラグビーが2015年のブームを保てなかった要因の一つは、スポーツがエンターテインメントビジネス化している時代なのに、その時代の波に追いついて、牽引するような進化をみせてこなかったことがあると思います。そこでラグビーをライト層に広げていくための一つの手段として、秩父宮ラグビー場をより聖地化させて、オープンになって、楽しい場所にしてラグビーパークにしないと人は集まってこない」と語気を強めた。

ただ、秩父宮ラグビー場は日本スポーツ振興センターが所有する競技場だ。2020年の東京オリンピックに向けて神宮外苑の再開発も行われる予定がある中、秩父宮ラグビー場が今のまま、同じ場所にあり続けるのか、まだまだ不透明な部分もある。池田CBOも、いつまでに秩父宮をラグビーパーク化できるかについては、「正直わらかない」と率直に答えた。

それでも、池田CBOの描く秩父宮ラグビー場の「ラグビーパーク化」は目標であり、今回、会見で披露したイメージ図は「本当にこのようになってくれたらいいなという理想」だと明かした。

「大切なのは、そのスタジアムのコンセプトであり、試合と関係なくても『そこに行ってみたい』と思えるかです。ラグビーに関係なくても、その場所自体が行きたい場所にならないといけません。(秩父宮ラグビー場は)秩父宮という名称とともに青山にあります。青山の地域のアイコン、アイデンティティになれるようにも進化しなくてはいけない。今後、秩父宮ラグビー場のラグビーパーク化に向けた道筋を一つずつ作っていきます。小さいかもしれないけど、それを作っていかないとみんなの思いが向いていかない。このスタジアム案、CGがモチーフとなり、ラグビー界全体で、秩父宮ラグビー場のラグビーパーク化を目指すことが、ラグビー発展のキーになると思います。まずは、誰かが夢やイメージや方向性をみせなくては何もはじまりません」

さらに、池田CBOがラグビーの「BEYOND 2019」のために、2018年からの5年間、“ラグビーの景色”を変える鍵(キー)としてターゲットにしているのは「スクール☆ウォーズ」を見たことのあるサラリーマンやその後に生まれるラグビー女子などである、と明かした。

そしてスタジアムを「ジャパンレッド」で真っ赤に染めつつ、秩父宮ラグビー場をボールパークのようにラグビーパーク化することで、ラグビーを観ることだけでなく、スタジアムに来ること自体を楽しいエンターテインメントにしていく。そのエンターテインメントのコンセプトは、横浜スタジアムが「でっかい居酒屋」だったのに対して、秩父宮ラグビー場はラグビーらしく「でっかいパブ」だ。

現在、2019年に日本で開催されるW杯ではなく、それ以降のことを本気で考えているラグビー関係者は多くないのが現状ではないだろうか。そんな中で、池田CBOは、なぜこの時期に2019年以降のことを本気で考え初めたのか。

「2019年のW杯で、世界レベルのプレーを見ると人の目は肥えていきます。2019年以降にもそのレベルを見せられるものがすでに日本に存在している価値は実はすごく大きい。2020年以降、ラグビーをより継続的に発展させていくためには、サンウルブズについてしっかり考えていき、大きな夢を見られるようにしないといけない。唯一のプロチームが、より一層悶え苦しみながら本当のプロクラブ、プロ組織、プロチームになっていく過程で、「おらがチーム」が育まれる。今が、そのタイミングだったと思うんです。ただスーパーラグビーで優勝できるようなチームにならないと、サンウルブズは本当にプロチームにならないと思います。来年以降はパブ化なども進めていきますが、重要なのは、5年後を見据えて、サンウルブズが来年、どのくらい勝てるかだとも思っています。一歩、一歩、2019年以降にどう向かっていくのかが大事になっていきます」

サンウルブズと秩父宮ラグビー場の「未来予想図」を描きながら、2019年以降の“ラグビーの景色”を変えるために、池田CBOは足下から一歩ずつ改革を進めていく。

あと2年しかないラグビーW杯への危機感 日本開催の成功に必須なのは…?

2019年、日本で開催されるラグビーワールドカップまであと2年。「2 YEARS TO GO FESTIVAL」と銘打ったイベントが各地で始まるなど、4年に一度の祭典へのカウントダウンが始まっています。現時点で注目度が高いとはいえないラグビーW杯を盛り上げるには何が必要なのでしょう?

VICTORY ALL SPORTS NEWS

なぜ日本には“使い勝手の悪い”競技場がつくられるのか? 見直すべき国体の意義

10月10日に閉幕した愛媛国体。72回目を迎えた歴史あるこの日本スポーツの祭典は、スポーツの普及という面で大きな役割を果たしてきた一方で、日本スポーツならではの大きな問題点を抱えている――。(文=大島和人)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
並木裕太×池田純(後編)サンウルブズは、モデルになる可能性を秘めている。ラグビー日本代表ジョセフHCがサンウルブズも指揮 19年W杯へ向け強化を一本化100年目を迎える早稲田大ラグビー部の本気! 常勤スタッフ11人で頂点を目指す

斉藤健仁

1975年生まれ。千葉県柏市育ちのスポーツライター。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパンの全57試合を現地で取材した。ラグビー専門WEBマガジン『Rugby Japan 365 』『高校生スポーツ』で記者を務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。『エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡』(ベースボール・マガジン社)『ラグビー日本代表1301日間の回顧録』(カンゼン)など著書多数。Twitterのアカウントは@saitoh_k