「人が来にくい場所に、大きな施設をつくる」国体絡みの事業

第72回国民体育大会(国体)は9月30日に愛媛県内で開幕し、10月10日に正式競技の日程を終えた。筆者も2日、3日に現地で取材を行っている。

とにかく国体ほど至れり尽くせりなスポーツイベントを他に知らない。駅には案内コーナーが設置され、こちらが少し困った顔をするだけで係員から「どこの会場ですか?」と声が掛かる。施設は総じて不便な立地だが、臨時シャトルバスが運行されるので問題はない。シャトルバスと観戦の料金はもちろん無料だ。海抜360メートルの山中にあるラグビー会場のスカイフィールド富郷行きなら、1時間近い美景のドライブを堪能できた。

愛媛国体に向けて、四国の他県や岡山から大型貸切バスが730台以上も集められるとの報道もあった。大型バスの全長は大よそ12メートルなので、縦に数珠つなぎすると車間距離がゼロでも8400メートルの長さになる。

会場に行くとポカリスエットや三ツ矢サイダーが飲み放題だった。昼頃には「振る舞い」として地元の名産品などが提供され、昼食代さえ不要。鬼北町で頂いた「じゃこ天」や「キジの串焼き」は実に美味だった。休憩スペースも広く用意されているので、そこに座って食べればいい。加えて今大会は駅や会場にフリーのWi-Fiが用意されていた。日本のプロスポーツでも「スマートスタジアム」の試みはあるが、そんな流れに乗っている。

バスケットボール少年男子の会場は土足禁止だったもののスリッパが人数分用意され、「靴用のビニール袋を手渡すスタッフ」がフルタイムで待機している。地元の小中学生には応援するチームが割り振られていて、組織的な応援で試合を盛り上げていた。その過剰サービスには当然ながら人手と資金がかかっている。国体へ足を運ぶたびに「権力が本気を出したときの凄さ」に気づかされる。

愛媛国体のメイン会場は県総合運動公園陸上競技場(ニンジニアスタジアム)で、開会式は計2万8千人の来場者で埋まった。そのような事態に対応して交通が規制され、当日は一般車両の通行が禁止になっていた。県総合運動公園は市街地から大きく離れており、しかも片側一車線の一本道で出入りをしなければいけない。来場者が自家用車を使うと交通は麻痺し、VIPの送迎もスムーズではなくなる恐れがあった。

愛媛に限らず「人が来にくい場所に、大きな施設をつくる」ケースが国体絡みの事業では多い。愛媛は1980年の全国高等学校総合体育大会(高校総体)用に整備された施設の大幅改修だったが、栃木県は2022年の国体に向けて2万5千人規模の陸上競技場を新設する。9月下旬に宮崎国体(2026年)の計画が発表されていたが、メイン会場は都城市山之口に1万5千~2万人規模の陸上競技場を新たにつくるそうだ。

それだけの施設なら200億円、300億円という建設費を要するが、大会後の活用は大丈夫なのだろうか? 例えばJリーグやジャパンラグビートップリーグの公式戦が開催できたとしても、不便な立地では集客が難しい。2002年のFIFAワールドカップで使われた宮城スタジアムは「アクセスの悪い大型陸上競技場」の代表例だが、5万人収容にもかかわらず有効活用されているとは言い難い。逆に交通の便がいいフットボール専用スタジアムへと移転したジェフ千葉、ギラヴァンツ北九州は来場者を一気に伸ばした。

ただし国体のメイン会場は陸上競技場と相場が決まっている。千葉マリンスタジアム(ZOZOマリンスタジアム)を使った2010年の千葉国体は数少ない例外だ。

国体のメイン会場に課せられる2つの必要条件

国体のメイン会場には大きく2つの必要条件がある。一つは3万人近い開会式の来場者を一時的に収容し、待機させられる規模だ。「バックスタンドは芝生席」という国体型陸上競技場の典型的な仕様なら、狭いスペースに立たせて効率的に人が収容することができた。もう一つは出場選手が入場行進するコースが用意できること。ポリウレタンや合成ゴムの全天候型トラックは歩くためにも最適で、陸上競技場以外で条件を満たすのは人工芝の大型野球場か横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナくらいだろう。

また陸上競技場が「第1種競技場」として日本陸上競技連盟の公認を取るためには、サブトラックが必要だ。さらに施設が都市公園法の要件を満たせば国庫からの補助金を得られるが、建蔽率(けんぺいりつ/敷地面積に対する建築面積の割合)の厳しい規制がある。そういった制約から必然的に必要な開発面積は大きくなり、好アクセスの用地が見つけにくい。

加えて官公庁には「均衡ある発展」という大原則があり、施設を分散させよう、可能なら市街地から離そうという発想が根強い。論理的な帰結として、国体のメイン会場は「アクセスが悪い陸上競技場」になる。

国体の開会式には天皇皇后両陛下が来場される。全国植樹祭、全国豊かな海づくり大会とともに「三大行幸啓」と称される重要な行事だ。お招きする自治体にとっては非常な名誉で、慣例にのっとり滞りなく行うことが優先される。国家統治や皇室の権威に関わる事項なので、一定レベルの厳粛さや継続が必要なことは受け入れるべきだ。オリンピックや高校野球を見れば、開会式自体に価値があるという発想も理解できる。

ともあれ現実としてまずメイン会場のスペックが開会式に合わせて設定されている。開会式の有りように当事者が踏み込まないため、国体開催地では費用対効果の乏しい陸上競技場が建てられ続ける。

国体は47都道府県の持ち回りで、運営のノウハウが残らない。翌年になると「引き継ぐ必要がないもの」「引き継ぐべきでないもの」まで形式的に引き継がれている。施設の設計や調度の配置、そして儀礼といった表面的な要素が忠実に模倣されていく。「ご批判」を回避することが主目的で、リスクを冒して何かを変えようという姿勢は生まれない。

儀礼としては国体の開会式で行われる「炬火(きょか)台への点火」が例に挙がる。要はオリンピックの聖火を模倣したもので、以前は炬火台をバックスタンド中央に設営することが多かった。Jリーグの会場もそういう設計が少なからず残っていて、メインスタンド中央と並ぶ高いお金が取れる位置を「神聖な火」を奉るために使っている。

あらためて考えるべき国体の目的とスポーツの意義

この大会が無ければ日本にこれだけ陸上競技場、体育館、球技場が整備されることはなかっただろう。使途が適正かどうかは別にして、国体にまつわるお金の動きは日本のスポーツ界、特にマイナー競技を大きく助けている。一方で施設が国体用に最適化されるが故に、使い勝手が悪くなることも多い。特に観客目線で重視するべき会場へのアクセス、見やすさや快適性は極端に軽視される。

例えば国体用の体育館は、フロアがバスケやバスケのコートを4面取れるサイズと決まっている。短い大会期間を考えれば、同時に4面で試合を進めないと日程を消化し切れないからだ。しかし「普通の試合」をやる場合に4面は広すぎる。スタンドからコートまでの距離が離れ、仮設席の割合が増える。仮設席は快適性が低く、運営側は設営と撤去といった作業も必要だ。船橋アリーナや舞洲アリーナ(府民共済SUPERアリーナ)のような固定席と差がない、可動式の高機能ロールバックチェアもあるが、それでも機能的にベストとは言い難い。

栃木県が国体に向けて計画している体育館は、昨季のBリーグ王者である栃木ブレックスのメインアリーナになる見込みだ。規模は満席の多い現ホームアリーナよりも大きくなるが、残念ながら「4面型」のフロアと聞いている。

また国体仕様の体育館は得てしてコート外のスペース、諸室が手狭だ。フロアは過剰なほど大きいのに、ホワイエと呼ばれるアリーナ外の“たまり場”が狭い。試合前の飲食、物販のスペースが小さいため、エンターテインメントの重要な収入源であるチケット以外の売り上げを伸ばせない。

日本は音楽業界を中心にアリーナ不足が深刻で、昨年9月にはバスケットボールのBリーグも開幕した。そのような室内型エンターテインメントというビジネスの種を育てるために「使えるハコモノ」の整備は不可欠だ。もちろん民間のディベロッパー、第三セクターがアリーナを建設する例もある。しかしせっかく国体で大きな予算が動くなら、それを社会全体の利益につなげた方がいい。現状では2週間で終わるイベントのために巨費が振り分けられ、その後の40年、50年は疎かになるという歪みが生まれている。

個人的にスポーツがこの国の中で果たせる役割は大きいと考えている。青少年の教育、市民の健康、街のアイデンティティ構築といった“最大多数の最大幸福”につながる活動であり、国や自治体が支援を強めることも必要という立場だ。

国体もこの国のスポーツを盛んにする、この社会を活気づける手段として活かせるはずだ。現実には目的が見失われ、手段が独り歩きしている。形式的に模倣され、コストだけが膨らむ愚が繰り返されている。巨額な予算の投入が未来につながらず、死に金になっている。

もちろん国体の主催者である日本体育協会が全く無策だったということではない。2003年、13年には国体改革に関して簡素化、負担の軽減を唱えた「提言」が行われている。しかし実情として目に見えた変化はない。

2015年10月には文部科学省の外局としてスポーツ庁が設立された。日体協も18年4月から「日本スポーツ協会」と名を改める。今は東京オリンピックの開催を控え、まずそちらにエネルギーを割かねばならない時期だ。

一方で中長期的には国体の目的、コスト構造について、日体協にとどまらない議論と見直しが必要だ。国体は県を挙げた巨大事業であり、開催地は10年以上先に向けて動き出す必要がある。スポーツ界が座視しているうちに、どんどん浪費が進んでいく。端的にいうなら開会式にテーマを絞ってもいい。この惰性、目的の喪失から脱出することは、日本のスポーツを飛躍させる大きな端緒となるはずだ。


<了>

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大島和人

1976年に神奈川県で出生。育ちは埼玉で、東京都町田市在住。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れた。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経たものの、2010年から再びスポーツの世界に戻ってライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビーなどの現場に足を運び、取材は年300試合を超える。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることが一生の夢で、球技ライターを自称している。