井上康生が大切にしている3つの言葉とは

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――2017年10月、「HEROs」が誕生し、中田英寿氏や松井秀喜氏と共に、アンバサダーに就任されました。その経緯を教えていただけますか?

井上康生(以下、井上) 自分自身でも柔道を通じた社会貢献として、国内だけではなく世界中で“柔道交流”の活動をしております。(現役時代から、)柔道をやることで自分を追求し成長させていただきましたし、数多くの視野を身に付けさせていただきました。柔道に限らずスポーツの究極の目的は、そこで学んだものをいかに社会に生かしていくか、社会に貢献するかということが圧倒的に重要だと思っています。「HEROs」ではそうした理念を一番に掲げていることに共感を持ちました。世の中には多くのアスリートがさまざまな社会貢献活動をしているにもかかわらず、どうしても競技面の活動の方ばかりに注目が集まりがちです。スポーツを通じて、さまざまな分野(社会貢献活動)で活躍している方に注目していただき、スポーツの価値を幅広く見てもらえることは素晴らしいことだと感じ、アンバサダーを引き受けさせていただきました。

――井上さんは全日本男子の監督として、選手たちに「柔道を通じて社会を生きる力を身に付けてほしい」「柔道を通じて社会貢献していくことを学んでほしい」と訴えかけておられますね。

井上 現役時代には現役時代にしかできないやり方があります。競技を通じて自分自身を磨く努力をしていく姿に人々が共感を持ち、試合で良きパフォーマンスを見せることで人々に夢や感動、希望を感じてもらう。これも一つの社会貢献だと思います。一方で、子どもたちへの柔道教室や、海外でもさまざまな指導を行うこと。これもまた一つの社会貢献。だと思います。「HEROs」が、こうした活動に対して関心を向けてくださるチャンスになるのではないかと感じています。

――井上さん自身は、「HEROs」を通じてどんな活動をしていきたいとお考えですか?

井上 柔道界においてはこれまでにも柔道教室、柔道交流をやってきていますが、選手たちにはもっと率先的にそうした活動に目を向けてほしいですし、そうした活動をできるような環境づくりが必要になってくるのではないかと思います。もちろん第一に、現役中にしかできないこと、自分自身を高めることであったり勝利を求めていくことは重要だと思いますが、彼らの持っている力というのは非常に大きいものがあります。自分自身としては、柔道、スポーツの素晴らしさ、そして選手たち個々の力を引き出していけるような活動をしていきたいですね。

――スポーツ、アスリートの持っている大きな力というのは?

井上 例えば、私自身も数多くの国々に行って、柔道指導、柔道交流を行ってきましたが、時には言葉が通じなかったり、国籍、人種、宗教が違うにもかかわらず、柔道を通じて心が通じ合ったり、絆や友情が育まれたりする力。人と人をつなげたり、国と国を結び付けたりする力があるのかなと思っています。この前も海外で柔道交流を行いましたが、600、700人の子ども、大人たちが、一斉に笑顔になるのを見て、本当に大きな力だなと。世界中で今さまざまな問題が起きていて、その全てがスポーツで解決できるとは思っていません。それでも、そうした問題に少しでも寄与できる力、可能性をスポーツ、アスリートは持っているのではないと思っています。

――「HEROs」では「Sportsmanship for the future」を掲げています。井上さんの考える「スポーツマンシップ」とは何でしょうか?

井上 競技においても、人生においても、“熱意”、“創意”、“誠意”という3つの言葉を大事にしています。人生において目標や夢を持って情熱的に一生懸命に取り組む(=“熱意”)からこそ自分を成長させることができます。その思いを持ちながら、さまざまな困難や苦しいことに直面しても、自分で考えぬいて、工夫して、努力していく(=“創意”)ことをなくしては、何事も切り開いてはいけません。そして最後、何といっても人と人とのつながり(=“誠意”)をなくしては、人間社会を生きていくことはできません。これから先、どんな分野においても必要になってくると思います。柔道における“自他共栄”の精神と同じです。これらは万国共通で、国籍も人種も関係なくみんなが大事にしていくべきものだと思いますし、自分自身でも常に心の中で3本柱に掲げ、「スポーツマンシップ」に位置付けています。

スポーツとは人生の先行体験を積み重ねられるもの

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――井上さんが柔道を志すきっかけは何だったのでしょうか?

井上 柔道家であり警察官だった父ですね。その姿に憧れて、柔道かっこいいな、柔道をやりたりなというのがきっかけです。最初は遊び感覚で楽しむ程度にやっていましたが、そのなかでも先生たちから礼儀や規律、人を思いやる心を学びながら成長させてもらいました。小さい頃は深い意味はわかりませんでしたが、それでも人として生きていくうえで大事なことなんだなと無意識のうちに感じていましたし、勝ちを求めていくことによって努力することの大事さや考えることの力を学ばせてもらいました。

――それが柔道の一番の魅力であると?

井上 そうですね。柔道に限らずスポーツというものは、人生における先行体験を数多く積み重ねることができるものだと感じています。ですので、体育、部活動など、どんな形でもスポーツに携わることで、まずはスポーツの楽しさを感じてもらいたいたいと思います。そこからそれぞれが選んだ場所で、一生懸命に全力で取り組むことによって道を切り開いていってほしい。今、世の中には、クラブ、部活動、道場とスポーツに携われる環境はたくさんあります。何かしらの形でスポーツに興味を持ってもらえるようになっていければと思います。

――最後に、今後の目標を教えてください。

井上 まずは全日本男子の監督として、東京2020オリンピックで結果を出すことです。これは自分に使命づけられたことですので、そこに向けて全力でやっていきたい。一人でも多くのオリンピックチャンピオンを育成できるよう努力していきたいと思います。

 さらにその先を考えていくと、やはり私は柔道、スポーツが大好きな人間ですので、これから先も何かしらの形でずっと関わっていければと考えています。そんななかで子どもたちに、柔道が好きなんだ、スポーツが好きなんだ、こういう選手になりたいんだと思ってもらったり、世の中の多くの方たちに、スポーツって素晴らしいね、自分の子どもにもやらせてみたいとか、(スポーツを見て)感動したとか、スポーツからいろんなことを学べたと言ってもらえるよう、スポーツが社会的に価値あるものであり続けるための努力をしていきたい。いろんな形があると思いますので、自分自身さまざまなことにチャレンジしながら、スポーツと共に成長していきたいと思います。

<了>

(C)荒川祐史

[PROFILE]
井上康生(いのうえ・こうせい)
1978年生まれ、宮崎県出身。2000年、シドニー五輪で金メダル獲得。世界柔道選手権で、1999年、2001年、2003年と3連覇を達成。2008年、現役引退。2012年、全日本柔道男子監督に就任。2016年、リオデジャネイロ五輪で金メダル2個を含む全階級メダル獲得を達成、日本柔道を復権に導く。国際柔道連盟殿堂入り(2013年)。東海大学体育学部武道学科准教授。HEROsアンバサダー。著書に『改革』(ポプラ社)など。

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野口学

約10年にわたり経営コンサルティング業界に従事した後、スポーツの世界へ。月刊サッカーマガジンZONE編集者を経て、現在は主にスポーツビジネスの取材・執筆・編集を手掛ける。「スポーツの持つチカラでより多くの人がより幸せになれる世の中に」を理念とし、スポーツの“価値”を高めるため、ライター/編集者の枠にとらわれずに活動中。書籍『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版)構成。元『VICTORY』編集者。