箱根駅伝が“弊害”といわれる2つの理由 「20km走」と「山上り」

箱根駅伝は、大きくなり過ぎたのか。

テレビ中継の視聴率は毎年20%台後半を記録し、沿道で声援を送る観客の数は2日間で100万人を超える。

陸上の枠を超えて、日本スポーツ界でも屈指の規模を誇る一大イベントとなった東京箱根間往復大学駅伝競走=「箱根駅伝」の存在が今、日本陸上界に大きな影を落としているという。

箱根駅伝の盛り上がりとは裏腹に、日本の陸上長距離界は今、大きな壁に直面している。

アフリカ勢を筆頭に、スピード化が顕著に進み、マラソンを含め世界大会のレースは軒並み高速化。現在のマラソン世界記録はケニアのデニス・キプルト・キメットが2014年に記録した2時間02分57秒だが、近い将来、「人類には不可能」といわれてきた2時間切りも現実味を帯び始めている。

一方の日本、特に男子はというと、高岡寿成が2002年に記録した2時間06分16秒という日本記録が15年以上破られず、五輪では1992年バルセロナ大会の森下広一、世界陸上では2005年ヘルシンキ大会の尾方剛(ともにマラソン)以来、メダリストが誕生していない。

かつては「お家芸」と称されたマラソンを筆頭に、世界で活躍する選手を多く輩出した日本長距離界は今、世界の舞台から置き去りにされつつあるのだ。

その原因のひとつが、箱根駅伝の存在にあるという風潮は今も根強い。それは、なぜか。

最大の理由は、箱根駅伝の「区間距離」にある。東京・大手町から箱根・芦ノ湖を往復する全10区間・217.1kmを走破する箱根駅伝は、2、9区の23.1kmから5、6区の20.8kmまで、全区間の距離が20km強。当然、優勝を目指す各大学は「20kmをいかに速く走る選手を育てるか」に重きを置くことになる。

しかし現在、五輪と世界陸上で実施されている長距離種目は5000m、10000m、フルマラソン(42.195km)の3種目。「20000m(20km)走」という競技は存在しない。

20kmのスペシャリストを重宝せざるを得ない大学陸上界の現状は、世界で活躍する選手を育てるという意味ではマイナスとなってしまう――。

これが、「箱根駅伝が日本陸上界に悪影響を及ぼしている」といわれる最大の理由だ。

また、近年の「山上り偏重」の傾向も、箱根駅伝が批判される理由のひとつだ。今井正人(順天堂大)、柏原竜二(東洋大)、神野大地(青山学院大)といった山上りのスペシャリストが往路最終区間である5区で大逆転劇を演じ、「山の神」として一躍スーパースターとなった。現在の5区は総距離こそ20.8kmへと短縮され(2016年までは23.2km)たが、高低差830mを一気に上る「特殊区間」なのは変わらない。

これほどの高低差のあるコースを走るレースは、国際大会には存在しない。上りの適性は決して平地での強さと比例しているとは言いにくく、前述の今井、柏原ともにマラソン転向後は期待されたような成績を残せていないのが現実だ。神野に関しては2017年12月に行われた福岡国際マラソンで初マラソンを経験。健闘こそしたが日本勢8位、総合13位という結果は決して満足できるものではなかった。

箱根駅伝の区間距離、山上り偏重の傾向などを考えると、日本男子長距離界の現状が箱根駅伝の存在に起因しているのは、あながち間違いではないだろう。

「フルマラソンで世界を狙える選手を育てるためには、学生時代からもっと長い距離を重視して育成を行うべき」という「箱根反対派」の意見もうなずける。

しかし、日本の大学界も決して箱根駅伝だけに比重を置いた選手育成を行っているわけではない。

悪者にするのは簡単だが…。箱根駅伝が証明しているもの

前回大会まで箱根駅伝を3連覇している青山学院大は現役選手のフルマラソン挑戦に積極的で、2016年の東京マラソンでは当時2年生の下田裕太が日本人2位となり、2時間11分34秒のマラソン10代最高記録を更新、2017年の同レースでは同年の箱根駅伝未出場だった中村祐紀(当時3年)が初マラソンで2時間12分58秒、日本人8位となった。

早稲田大学の駅伝主将・安井雄一も「将来はマラソンで世界の舞台を経験したい」という理念のもと、大学2年で初マラソンを経験。4年生となった今夏は月間1100kmの走り込みを行い、箱根駅伝はもちろん、その後に行われる東京マラソン出場も視野に入れている。

「箱根のスターから、世界のスターへ」。

そもそも、箱根駅伝が生まれた背景には、日本人五輪出場選手第1号の金栗四三の「五輪で日本を強くするためには、長距離、マラソン選手を育成する必要がある」という理念があった。

その理念は、今もなお、間違いなく受け継がれている。

その一方で、前述のとおり箱根駅伝という存在そのものが大きくなり過ぎたという実情は、確かにあるだろう。

ただ、ここで考えなければいけないのが、ここまで大きくなった箱根駅伝というある意味巨大なエンターテインメントを、「日本陸上界の将来のため」を理由に犠牲にしてもいいのか、ということだ。

箱根駅伝に出場する選手の中には、将来も陸上で飯を食っていく、という大きな夢を持つ者もいれば、「箱根を最後に競技生活を引退する」という者もいる。出場全21チーム、計210人の箱根駅伝走者でいえば、むしろ後者の方が圧倒的に多いだろう。

高校時代から全国の舞台で活躍し、早稲田の主力として箱根駅伝での活躍が期待される新迫志希は、こう語ってくれた。

「箱根で走ること、その結果次第で自分の将来が決まると思っています」

箱根駅伝は、もはや関東の大学ナンバーワンを決める地方大会の枠など、とうに超えている。下手をすれば五輪のマラソン、世界陸上といった大舞台よりも、国内での注目度、知名度は上だ。

であれば、選手たちが五輪や世界の舞台ではなく、箱根駅伝に自分の人生をかけることに、だれが文句を言えるだろう。

大学の指導者や選手たちは、決して「箱根から世界へ」の理念を忘れているわけではない。自らの目標設定をしっかりと捉え、箱根の先を見据える者、箱根そのものを見据える者……。実力も、立場も、夢も違う選手たちがひとつの襷を繋いで217.1kmを走り切る。

だからこそ、箱根駅伝はこれほどまでに愛され、全国の陸上ファンを熱狂させる。

箱根駅伝を「悪者」にするのは簡単だ。

しかし、日本の陸上界が今考えなければいけないのは、箱根を理由にして現状からの逃げ道を探ることではない。

箱根駅伝がそれほどまでに魅力的で、大きな存在になったのであれば、五輪や世界陸上、さらには国内の主要なマラソン大会なども、箱根駅伝同様、選手たちに目標とされるような魅力あるものに育てる。そんな努力をすべきではないだろうか。

陸上という競技には、まだまだ可能性がある。

何よりも、「箱根駅伝」が、それを証明してくれている。

<了>

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花田雪

著者プロフィール 花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。