お正月の風物詩に変化の兆し? “家族で駅伝”はこれからも続く?

家族で紅白歌合戦を観て年を越す。お正月にはおせち料理を食べながら駅伝を観る。以前は当たり前だった風景ですが、スマホの普及、ライフスタイルの多様化などで、「国民的行事」と呼ばれるイベントやコンテンツが減ってきています。なかでも年末年始の風物詩だったスポーツコンテンツ自体の需要が年々変化してきているのではという指摘もあります。

横浜DeNAベイスターズ前社長の池田純氏は、こうしたスポーツイベントへの「進化の必要性」について指摘します。

「年末年始のスポーツのビッグイベントを観ていて感じたのが、特にテレビ視聴において、“飽き”のようなものがあるんじゃないかなということです。私はマーケティングが専門なので、少々早すぎる感覚なのかもしれませんが、視聴者が飽きてきている側面があると感じています」

池田氏が例に挙げたのは、青山学院大学の復路逆転、総合4連覇に沸いた箱根駅伝です。

「家族と観ようかなと思ってチャンネルを合わせていたんですが、一緒に観ようと思っていた子どもが全然観てくれませんでした。お正月にお酒を飲みながらゆっくり駅伝を観るというのは、とても良い文化だと思います。ただそうした文化を、これまで楽しんできた世代だけじゃなくて、若い人や子どもたちへと続けていくこと、興味を持ち続けてもらえるかどうかが今後の箱根駅伝に大きく関わるのではないかと実感させられました」

いまや陸上界のみならず日本のスポーツ界を代表するビッグイベントに成長した箱根駅伝は、往路が29.4%、復路は29.7%と今年も高視聴率をマークしました。池田氏の指摘は現時点での箱根駅伝の盛り上がりに水を差すものではありません。

「今の箱根駅伝の人気は素晴らしいことですよね。でも、スポーツに限らず、あるコンテンツ、“もの”や“こと”が、文化になっていくためには、『世代を超えて根付き続ける』ということが重要だと考えています」

池田氏が指摘したのは、若者や子どもたちにも興味を持ってもらえるような仕掛け、施策を今のうちから仕掛けておくことの重要性でした。

『君の名は。』とそのCMに感じたエンターテインメントの進化

「正月三が日の最後に、映画『君の名は。』を観たんですね。まったく予想していなかったんですが、私の家族が一番盛り上がったのは、『君の名は。』でした」

3日、テレビ朝日系で放送された長編アニメーション映画『君の名は。』は、日本映画史上歴代興収ランキング2位という大記録を打ち立てた映画の地上波初放送として注目を集めていました。17.4%を記録した視聴率以上に注目が集まったのが、放送の合間を縫うようにして放送されたCMでした。

「どの世代の人が観ても感動できるようにできている、泣ける映画ということで内容も素晴らしかったんですが、CMですよね。各社が『君の名は。』の地上派初放送に合わせた演出で長尺のCMを打っていました」

映画作品の放送では「世界観を壊す」と邪魔者扱いされることも多いCMですが、今回の放送に当たっては、作品に関連した特別バージョンが続々と披露されました。

「通信教育のZ会が新海誠監督とコラボしたCMを流したり、ソフトバンクの白戸家が入れ替わって、『君の名は。』と言ったり。作品に関係するCMだけじゃなくて、Perfumeの3人が世界3都市に分かれて通信技術、最先端技術を駆使して同時にパフォーマンスを行うというドコモの長尺CMも流れました。このCMは元日から放送されているようなんですが、注目度の高い番組に印象の残るCMを当ててきているのがよくわかりました」

『君の名は。』のCMを観ていた池田氏は、アメリカスポーツのビッグイベント、スーパーボウルを思い出したそうです。

「この手法は、スーパーボウルと同じなんですよね。アメリカだけでなく世界中の企業が、ものすごいお金を出して30秒の枠を買う。エンターテインメント粋を集めた映像だったり、自社の先進的な技術をアピールしたりする。箱根駅伝でもメインスポンサーのサッポロビールが1分の長尺CMを出していましたが、『君の名は。』に合わせた各社のCMの方に素直な驚きを感じました」

“広告の祭典”とも呼ばれるスーパーボウルのCMは、30秒の枠に500万ドルを投じる企業もあるほどで、「世界一高いCM」としても知られています。日本でもサッカー日本代表のワールドカップ予選に向けて各社が限定CMを公開するなどの例は出てきていますが、今回の『君の名は。』はその注目度と「家族で観られる娯楽作品」としての安心感を背景に、これまであまり見られなかった変化を生み出したと池田氏は話します。

「『正月3日の夜は家族で映画!』といった新しい文化になるような進化を感じてしまいましたね」

(C)Getty Images

アンチテーゼをどう捉えるか? 箱根はどう進化すべきか?

「箱根駅伝の話に戻ると、『関東ローカルの大会』、『出雲、全日本と3つあるうちの一つ』などさまざまな指摘はあると思いますが、せっかくお正月の風物詩というブランド価値があるので、それをうまく進化させていけばいいのではないでしょうか」

池田氏は、大学スポーツ、ローカル色が強いイベントでも進化する方法はあると言います。

「スーパーボウルの話が出たので、アメリカンフットボールの話をすると、カレッジフットボールの“ボウル・ゲーム”は、大学生しか出ない大会にもかかわらず非常に注目度が高い。ライスボウルやシュガーボウル、オレンジボウルといった試合の名前を聞いたことがある人もいるでしょう。各カンファレンスのトップの大学が戦うこのボウル・ゲームは、例外を除いて1月1日に行われ、メジャーリーグのプレーオフより視聴率が高いこともあるぐらい人気があります」

箱根駅伝には関東以外の大学にも門戸を開放する全国区構想なども持ち上がっていますが、池田氏は今の形式ありきでも進化の道筋はつけられると言います。

「少子化が進みますから、これから大学生は数が減って、ますます地方に分散していく時代です。正確にニーズを把握しているわけではないので、これが正しいとは言えませんが、箱根駅伝を全国版にしなくても各地区の予選を行うとか、地方代表を参加させる仕組みをつくるとか、アイデアは自由に出していけばそれが進化の兆しになると思います」

冒頭、池田氏が挙げた『世代を超えて根付き続ける』、文化になるために必要なことが、アンチテーゼや変化に反発したり黙殺したりするのではなく、受け入れて活かす姿勢です。奇しくも4連覇を果たした青山学院大学の原晋監督も、「ライバルは早稲田や駒沢(など他大学)ではない。サッカーや野球のファンを陸上に連れてきたい」「旧態依然とした流れではいけない」と、箱根駅伝、日本陸上界の進化には柔軟な発想が必要と常々訴えています。

「大学でも競技団体でも同じですが、現状に対するアンチテーゼを受け入れられる寛容な組織であること、その先にあるものをデザインできる人が必要です。駅伝なら陸上界、プロ野球なら野球界のOBだけではなくて、いろいろな人の意見を取り入れて初めて面白いアイデアが生まれる。その先にこそ進化が見えてくると思います」

過去の成功体験に硬直化したり、柔軟性を失ったがために変化に乗り遅れてしまったりなど、過去の失敗例はたくさんあります。東京2020オリンピックを2年後に控えた2018年、スポーツはどんな方向に進化していくことが求められていくのでしょう。

<了>

取材協力:文化放送

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