『陸王』効果で盛り上がる? TBSが中継するニューイヤー駅伝

茂木か毛塚か? 大手スポーツメーカーの提供する最新シューズから、直前で足袋屋の製作した薄型シューズ『陸王』を選択し、颯爽と上州路を激走する竹内涼真演じる茂木裕人。エキストラ7000人を集めて行われたニューイヤー駅伝のシーンは、ドラマの中盤のハイライトとして描かれた。
TBS系で放映されたドラマ『陸王』は、ニューイヤー駅伝を中心とする実業団駅伝をフィーチャーして高視聴率をたたき出した。2日間の平均視聴率が20%台の後半を誇るお正月休みの超優良コンテンツ、箱根駅伝(日テレ系が中継)に比べて影が薄いニューイヤー駅伝だけに、中継を担当するTBSには、『陸王』の盛り上がりを元日のレース生中継につなげたい思惑があったはずだ。

全日本実業団対抗駅伝競走大会、通称『ニューイヤー駅伝』は、1月1日、元日に行われるにもかかわらず、「お正月の風物詩」の座を箱根駅伝に奪われている。
平均視聴率は10%前後と視聴率でも箱根に圧倒されているが、箱根以降を担い、世界で戦うランナーの主戦場になるべき舞台がその役割を果たしていないという批判にさらされることも少なくない。

日本の企業文化と相性の良い駅伝

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

数年前、ある企業のニューイヤー駅伝の挑戦を追ったことがある。
予選会の一つである東日本実業団対抗駅伝競走大会に数年チャレンジした後、念願叶ってニューイヤーへ。晴れの舞台では、相当数の社員が元旦にもかかわらず“からっ風”が吹きすさぶなかスタート&ゴール地点である群馬県庁や、お目当ての選手が走る区間の沿道で声援を送った。

このときに強く感じたのは、「日本の企業と駅伝の相性の良さ」だ。終身雇用制が事実上崩壊し、従業員が所属企業へのロイヤルティを持ちにくい時代になった。どの企業も「職場の一体感の醸成」に悩んでいるという。件の取材対象企業は、個人の記録を追究するのではなく、たすきをつないで成果を出す駅伝を “フラッグシップスポーツ”に定めて積極的な強化に乗り出していた。
宣伝露出効果だけを考えればプロスポーツや圧倒的な実力を持つ個人に“投資”したほうが効果はあるのかもしれない。しかし、会社の業務をまったく行わない選手に名前貸しのような状態でスポンサードするより、同じ建物でともに仕事をする仲間が企業名の入ったたすきを懸命につなぐ姿を見せることで、企業としての一体感、ロイヤルティが高まるという判断もあったという。
取材時には、選手のほか職場の上司や同僚にも話を聞いたのだが、さすがに日本人の琴線に触れる駅伝だけに、選手に込める思い、活躍への期待が大きかったことをよく覚えている。ニューイヤー駅伝の舞台となる群馬での盛り上がりは企業の動員の賜物と思われがちだが、実際に目にする現場の熱気はむしろ「同じ会社の仲間の晴れ姿を祝福する」「同僚の走りに何かを重ねる」人たちの熱い思いで構成されているように思う。

恵まれた環境、安定、ぬるま湯が選手をダメにする?

駅伝が企業にとって注力するだけの大義名分が立ちやすい事実は、日本独特の実業団駅伝文化を形成するのに一役買っている。箱根を終えた選手たちは、複数の企業から誘いを受け、“請われて”就職をする。学生時代は「社会人になったらマラソンを見据えて世界に挑みます」と意気込んでいた若者たちも、少なからず実業団駅伝要員としての役割を担う以上、マラソンのためだけに走るというわけにはいかなくなる。
多くの有識者が指摘するように、20km前後の区間を全力で走るのと、42.195kmを走り抜くマラソンではトレーニングからして違ってくる。結果として、実業団の駅伝大会を走るだけで精一杯になってしまうという選手も少なくない。
アマチュアである選手たちが、マラソンへの情熱、記録更新へのモチベーションを持ち続けるのが難しいのも紛れもない事実だ。
取材させていただいた企業では、数年前にリクルートしたばかりの選手がちょっとした不調をきっかけに社業に専念してしまうということが続いていた。走れなくなったら会社にいられないというセミプロのような契約の企業もあるが、駅伝選手としての採用であっても、時間とお金をかけて適性を判断し、社業の教育を施した人材を手放すことを損失と判断する企業ももちろんある。

セカンドキャリアの道筋がほとんどないランナーたちにとって、社業専念という形で働き続けられることは喜ばしい話だが、見方によってはランナーとしての可能性を持った選手が「ぬるま湯」で潰れていったという側面もあるわけだ。

企業の用意した環境=ぬるま湯で潰れる選手もいれば、企業の都合で走る場所を失うランナーもいる。『陸王』でニューイヤー駅伝を花道に引退を飾った平瀬孝夫役を演じた俳優の和田正人は、実際のニューイヤーこそケガで走っていないが、社会人1年目の2003年4月に陸上競技部廃部という不運に見舞われている。所属していたNECはニューイヤー駅伝で4位を記録し、数年後の優勝も期待されていた強豪だった。

駅伝で完結してもいい? EKIDENを国際競技にする道はあるのか?

企業の都合に左右され、時には翻弄されるのが実業団駅伝の弊害とも言えるが、それを持って「日本の駅伝文化が長距離ランナーの成長を阻害している」と言いきれるほど事は単純ではない。
企業の思惑とそれに一定の効果があることはすでに紹介したが、物事は常に表裏一体。そもそも駅伝がなければ箱根からスターも生まれてこないし、箱根のスターが走ることを続けられる環境も縮小してしまうかもしれない。駅伝をやっていると速く走れないのかと問われれば、古くは1988年のソウルオリンピックで銀メダルを獲得したダグラス・ワキウリ、北京の金メダリスト、サミュエル・ワンジロなど、日本駅伝育ちのアフリカンがマラソンでも成果を残している。ケニア人が多くを占める日本育ちのランナーたちは、むしろ駅伝文化に育まれて成長を遂げた選手たちだ。

いっそのこと、これだけ日本人に愛されている駅伝を盛り上げるのも一つの方法かもしれない。
すでに日本有数のメジャーなスポーツ大会であり、商業的成功の可能性を秘めている箱根駅伝からニューイヤー駅伝へ。このパッケージも含めて日本発の駅伝を世界規模で盛り上げてはどうか? そうすればマラソンの不振を嘆くときに駅伝がやり玉に挙がることも少なくなるのでは? そんな話をある陸上関係者としたことがあったが、2014年を最後に廃止された国際千葉駅伝など、日本陸上界ではすでに駅伝の国際化に失敗していることもあって、「現実的ではない」とつれなかった。
国際駅伝の廃止の理由はいくつかあるが、知名度の低さ、国外の有力選手がマラソンを優先させるため出場選手の確保が叶わないというのが大きな理由だった。

世界的に見ればマラソン・リレー(EKIDEN)は知名度もなく、仮に競技として受け入れられたとしても、持ちタイムで勝るアフリカ勢の圧勝は動かない。駅伝に一日の長がある日本が上り区間で“山の神”を投入しても、彼の地の山岳民族に軽くあしらわれるという現実がある。距離が長いだけに4×100メートルリレーのようにバトン技術でタイムを縮めるわけにもいかず、その差は埋めようがないというのだ。

日本が勝てるかどうか、また現在の実業団駅伝の在り方が適当かどうか、ランナーの成長を促しているかどうかはさておき、日本では駅伝が多くの人の耳目を集める人気スポーツなのは間違いない。アマチュアスポーツにとっての最高峰がオリンピックであり続ける限り、「マラソンに対しての駅伝」という見方は変わらない。であれば、この際駅伝でオリンピック競技を目指してしまう道もあるだろう。他の国が歯牙にもかけないというのであれば、ドメスティックな競技として発展させてもいい。競技としてにしろ、興行としてにしろ、箱根の成功をニューイヤーにつなげる努力こそが真っ当な努力と言えるのではないだろうか。

“山の神”はなぜ活躍できないのか? ランナーの成長を阻害する箱根駅伝の山上り至上主義

11人抜きの今井正人(順大)、4年連続区間賞の柏原竜二(東洋大)、圧倒的な区間新記録を打ち立てた神野大地(青学大)。箱根駅伝で目映いばかりの輝きを放った歴代の“山の神”たちですが、社会人、マラソンでの成功を収めているとは言い難い状況です。山の神はなぜ期待されたような活躍ができないのでしょう?

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。