1月開催となり、3年生も出られる大会に

1月開催になるまでの春高は、3月に開催されており、2年生までしか出られませんでした。3年生が最後に出られる大会は夏のインターハイ、その後は県の選抜チームが出場する秋の国体でした。高校2年生の春から夏にかけての時期に、選手はものすごく成長します。2年生はまだ発展途上のレベル。3月に春高が開催されていた当時は、負けた有力高のキャプテンは「この悔しさをバネにインターハイで」と発言していました。そのため、中継を見ている視聴者は「ああ、まだ先があるんだ」と、感動が半分になってしまっていたんです。

つまり3月開催の春高では、競技レベルと、参加する選手たちの「これが最後だ」という思い入れが、またまだ高くなっていなかったことが、一番の問題点でした。3年の夏に出られるインターハイが、高校生たちの最後の夢舞台だったからです。

もう一つ、大会開催時期が変更となった大きな要素は『曜日』です。当時は3月20日に始まり、26日に終わることが決まっていました。これは4月から新学期が始まるためで、曜日でなく、日にちで固定しないと、学校の先生方、特に公立高校の先生方は、チームを引率できなくなってしまいました。しかし、スポンサーにとっては、これが問題でした。平日に決勝が行われても、視聴率は全然上がらないからです。

そこで、大会の開催時期を1月に移行するとき、準々決勝まではウィークデーで行い、準決勝、決勝は土日開催にしようという話になりました。スポンサーも喜びますし、系列局も父兄も、土日の方が来やすいからです。1月開催にすることで、改革のひとつとして、それが可能でした。

インターハイについていた全日本高校選手権という大会の名義は、JVAが高体連に貸していたものです。それを名実ともに最後の天王山になるからということで、春高が選手権としてふさわしいものだということになり、高体連とJVAの方々が大変に協議した上で、春高が全日本高校選手権となり、格が上がりました。「選抜大会」と「全日本選手権」では、全然格が違います。

春高を選手権とした際に一番困ったのは、歴史を紐解いたときに、春高の歴史とインターハイを含めた選手権大会の出場回数が違ってきてしまうことです。当然ながら選手権の方が歴史は長い。また、移行期間となった2011年で、春高の歴史は1回途絶えました。それ以降は春高の歴史がインターハイの歴史を引き継ぐ形でプログラムなどには記録されています。

他の業界とのさまざまな交渉が必要だった時期の移行

(C)The Asahi Shimbun/Getty Image

もう一つ、大きな問題となったのが、ネーミングです。「1月は冬だから、春じゃないだろう」という先生方がいました。また、3月開催の春高にすごく愛着があった方の中には、「ここで春高は終わった。これからは別の大会」という人もいました。しかし、当時の松平康隆名誉会長が、「春高の名前をつけたのは私。この名称は残してほしい。新春だし初春だから、縁起も良いしいいじゃないか」と主張され、結局その意見が通りました。結果的には、「春高」の名前を残してよかったと思います。「春高」はバレーの大会の名前としては認知度がすごく高いですからね。

ただ、1月初旬に大会初日から最終日まで、連続で開催するのは難しく、曜日を固定しようということになりました。そうすると、ウィークデーの仕事始めから始まって、途中で試合がない日ができる時がある。今回はセンター試験が1月13日、14日に行われるため、8日の月曜日に決勝を行い、開幕から中断はありませんが、通常はどこかで間が空きます。そういうとき、選手や応援団はどうするのか、始業式はどうするのか。私学は結構自由です。公立は一回地元に戻って、始業式に出てまた戻りますというご苦労をかけています。

また、それまで3月に1週間の開催で行なっていた大会を、曜日開催にあわせて5日に圧縮するために苦労したのは、コートの確保です。もともと代々木第一体育館に3面をつくってやっていましたが、大会を5日で終わらせるためには、5面つくらないと間に合いません。そうでなければ出場枠を削るしかない。高体連さんは、出場枠は普及強化のための生命線ということで、そこだけは粘られました。結局106校を104校に僅かに絞ることでなんとかしました。

代々木は客席をゆったりとっているので、コートはどうしても3面しか作れません。5面作るなら、コートが広い東京体育館で開催する必要がありましたが、これにも一悶着ありました。「代々木第一体育館はバレーの聖地であり、会場を移すと別の大会になってしまう」という声があがったのです。

1月初旬の東京体育館のスケジュールを見ると、バスケットのオールジャパンがドーンと入っていました。そこも一つ難関でしたが、これはもともと代々木第一体育館に行きたがっていたバスケとの折り合いをつけるができました。こうして一つひとつのことを、あきらめずに取り組み、交渉していきました。バレー協会とバレー業界にとって、全然違う世界の人たちと手を取り合い、力を合わせたのはすごく良い経験だったと思います。

2カ月の前倒しで暗黒の半年間が消失

(C)The Asahi Shimbun/Getty Image

バレーボールをやっている高校生にとって春高は「タラフレックスの、あのオレンジのコートでプレーできる!」ということが最大のモチベーションであり、開催時期が変わったとしても、ワクワク感は変わりませんでした。3年生が出られることで、上を目指す選手たちにとっては、大きなメリットとなっていました。1年生のときから3回出られるチャンスがあるということで、一生の思い出にできる機会も増えます。

むしろ1月に持ってくるときに一番紛糾された問題は、フジテレビ局内にありました。というのも、3月に行われる学生スポーツイベントは選抜高校野球くらいですが、1月になると高校サッカー、高校ラグビーがあり、その前にも箱根駅伝があります。そんな学生スポーツの激戦区になっているところに、なぜわざわざ出てくるんだという意見がありました。スポンサーについても、競合して付かないのではないかと危惧されたのです。

そのときはショッピングモール理論を出しました。お正月の箱根駅伝から始まり、多くの大会が開催される時期なので、学生スポーツを見る空気は3月より強いのではないのか? と話しました。最終的には、高校サッカーは月曜日が決勝なので、春高は日曜日で終わらせようということに落ち着いたのです。

春高の女子の決勝と高校サッカーの準決勝は同じ日の開催になるのですが、視聴率では負けていないんです。激戦区に名乗りを上げたので、高校サッカーを中継している日テレは嫌がったでしょうし、編成的には非常に苦労したと思います。

それでも1月開催にして、女子と男子の決勝を、それぞれ土曜日、日曜日に移行したこともあって、集客面では大きな成果が出ました。3月開催の当時は、本当に動員するのに苦労して、なんとかかき集めて開催するという感じでした。今は関東勢が残ると応援団だけで、会場がいっぱいになってしまう。それくらい大会の熱は上がりました。

大会を移行した効果は、別のところにも出ています。夏のインターハイ後。目標がなくなった選手は遊んでしまいます。そうすると、いくら強いチームにいても、目標がなくなった選手は遊んでしまいます。Vリーグに行くことが決まっている選手も、大学進学が内定している選手も、半年は遊んでしまいます。3月くらいにVリーグのクラブや大学の練習に来たら、ブブブクに太っていたということもありました。まさに「暗黒の半年間」です。選手として伸び盛りの時期であり、世界に対して勝負をかけないといけない、バレーの強化に非常に重要な時間を無駄に過ごすことが、大会移行により減りました。

春高が高校最後の夢舞台であり、最大の目標に設定されたことで、春高のために高校生活の最後まで汗を流し、次のVリーグや大学という舞台に繋げられるようになりました。これは協会だけではなく、Vリーグにとっても、大変に効果的でした。

ただ、一部の公立校からは反発された。私立校だったらいいけど、公立校だと進学の関係で、受験のため、3年は引退させて2年生以下で出ますという学校は出てきた。また、大会を1月に持ってきたことで、強豪校にじっくりと選手を育てる時間ができたため、初出場校は減りました。もちろん大会に新しい学校が出場することにも価値はあるのですが、その一方で強豪校がちゃんと評価されることも大事です。出場校の固定化が起きていますが、大会のレベルや、出場する選手たちのブラッシュアップができたことは、とても評価できると思います。

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中西美雁

著者プロフィール 中西美雁

名古屋大学大学院法学研究科修了後、フリーの編集ライターに。1997年よりバレーボールの取材活動を開始し、専門誌やスポーツ誌に寄稿。現在はスポルティーバ、バレーボールマガジンなどで執筆活動を行っている。著書『眠らずに走れ 52人の名選手・名監督のバレーボール・ストーリーズ』