前年から一気に8800人増、3万人越え

 1月4日、東京ドームで新日本プロレスのビッグイベント「WRESTLE KINGDOM 12」が開催され、34995人の大観衆を集めた。同日同所での大会は1992年から毎年続けられており、プロレスファンの間では「イッテンヨン」と通称される恒例行事となっているが、主催者発表で観客動員が3万人を越えたのは2015年以来3年ぶりとなった。
 
 一時低迷を続けた同団体がブシロードの買収により新体制となって初めて迎えた1・4ドームは2013年。その際の観衆が29000人で、翌14年が35000人、15年が36000人。その後、16年は25204人、昨年の17年が26192人で、今年が上記の通り34995人。前年から一気に8800人増で3万人越えを果たしたわけだ。
 
 この数字を見ていただければ分かる通り、新日本プロレスでは近年、観客動員数の実数発表を徹底している。正確には15年半ばからのことで、それが適用された初のドーム大会が16年。その上で記録された今回の数字は、同団体の“実際"の成長を如実に物語っていると言っていい。
 
 オーナーの木谷高明は昨年11月下旬の時点で「1.4新日本プロレス東京ドーム大会のチケットが20年振りぐらいのスピードで売れている」とツイート。そして前日のディファ有明大会のリング上では永田裕志が「明日の東京ドーム大会、3万2600枚を超えたそうです」と発言。当日券も伸び、入場ゲートには長蛇の列ができた。試合開始前には、かつての全盛期を知る関係者も「この盛り上がりはここ10数年で一番」と証言するほどだった。
 
 この熱気を受け、試合内容も高い評価を得た。ツイッターではこの大会に適用されたハッシュタグ「#wk12」が世界のトレンドで1位を記録。新日本プロレスのハッシュタグ「#njpw」と合わせれば、大会中にはとんでもない数のリアルタイム・ツイートがなされたことになる。
 
 こうした大会の成功は、どのような要因によるものなのか。観客動員数だけを見れば、ほぼ横ばいだったものが一気にアップしているので、「今年の」成功要因が突出して存在するように感じられるかもしれない。しかしこれは、この先も継続する長期的な成功の“一里塚"に思えてならない。

「機が熟した」オカダvs.内藤の一戦

 もちろん、「今年の」成功要因もいくつも挙げることはできる。その中で何と言っても大きいのは、対戦カードの充実。団体の顔として、IWGPヘビー級王者として君臨し続けているオカダ・カズチカに、ファンの支持では圧倒的な勢いを誇る昨年の「G1 CLIMAX」(夏に行われる年間最大のリーグ戦)覇者・内藤哲也が挑んだ大トリの一戦。
 
 一つ前にはダブルメインイベントとして、トップ外国人であるケニー・オメガが世界最大の団体WWEの現役スーパースター、クリス・ジェリコと激突するサプライズ・マッチも組まれた。セミファイナルでは団体再興の立役者・棚橋弘至も出場。全9試合、人気選手たちによる注目カードがこれでもかと並べられた。
 
 オカダと内藤の一戦は、大げさでなく「ファン待望」の一戦。チャレンジャーの内藤は本隊(正規軍)所属時は今ひとつ波に乗り切れない時代が続いたが、メキシコ遠征で現地のユニット「ロス・インゴベルナブレス」に加入したのを機に、会社に対しても他の選手に対しても歯に衣着せぬ発言でベビーフェース(善玉)でもヒール(悪玉)でもない“制御不能"というポジションを確立して大ブレイク。志を共にするレスラーたちとともに結成した“日本支部"「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」は大人気で、会場でも関連グッズの売れ行きはとどまるところを知らない。
 
 昨年のドームではセミで棚橋を破り、夏のG1 CLIMAXも制覇。ファンの絶大な後押しを受けてドームでの王座挑戦を決めたわけだが、内藤にとって「ドームでオカダのIWGPに挑戦すること」には大きな意味があった。というのも彼は13年にもG1に優勝して14年の1・4ドームで挑戦を決めたが、同じ大会で組まれた「中邑真輔VS棚橋弘至」という黄金カードにファンからの支持で上回ることができず、ファン投票の結果ダブルメインの第1試合(事実上のセミファイナル)に甘んじたという苦い経験があったからだ。
  
「東京ドームのメインに立つことは中学2年生の時からの夢」と公言する内藤にとって、ファンの後押しも受けてのメイン登場、しかも相手は“あの時"のオカダとなれば、これぞ「機が熟した」という以外の何者でもない。
 
 一方の王者・オカダはこれが4年連続のドーム大トリ。昨年はケニー相手に46分のドーム最長記録となる大激闘を見せたのを皮切りに、それぞれにタイプの異なる挑戦者たちを相手に盤石の強さを見せ続け、“超人"と呼ばれるようにもなっている。
  
 戦前にはそれほど取り沙汰されることはなかったが、ビッグマッチのたびに業界を震撼させるほどの激闘を繰り広げながら試合後はしっかりとコメントし続け、それでいてケガによる欠場もなく2017年を突っ走り続けた両者の激突は、まさに“化け物マッチ"でもあった。加えて、盤石の王者と絶好調の挑戦者とあって、結果も全く読めない。対戦が正式に決定した10月上旬から約3カ月間、このカードへの注目がドームへの関心を高め続けた。
 
 そこに突如加わったのが、ケニーとジェリコのまさかの激突だ。ツイッターで両者が論争を始めた段階では、彼らが直接対決するなど誰も予想できなかった。それもそのはず、ジェリコはアメリカの巨大団体WWEのトップクラス。WWEはわずかな例外を除けば新日本のような規模の団体と交流することはなく、ましてそのビッグイベントに傘下の選手がいきなり登場するなどはまさにあり得ない事態。しかし11月の大阪大会ではジェリコがビデオメッセージで登場し、12月の福岡大会では突如リング上に現れてケニーを襲撃するという、長年のファンでもめまいを起こしそうなサプライズが連発された。

「イッテンヨン」は世界のプロレスファンの共通語

 この試合にビビッドに反応したのが、海外のプロレスマニアたちだった。もともと新日本プロレスは海外のファンからも高い評価を得ていたが、14年12月に開始された動画配信サービス「新日本プロレスワールド」の効果も相まって注目度が上昇していたところに、ジェリコ参戦の一報。結果、この話題が世界中を駆け巡り、当日も外国人の観客が一挙に増加した。ここ数年、客席を見ていると外国人ファンが増えているという実感は確かにあったが、これで火がついた格好だ。
 
前述の通り、「イッテンヨン」はもはやプロレスファンの共通語だ。地方在住でも、このドームだけは観戦に訪れるというファンも多い。それが近年では世界規模に広がってきているわけだが、新日本はそんな「イッテンヨン詣で」勢をより確実に引き付ける施策を行なっている。それが前日3日にディファ有明で開催される「大プロレス祭り」と翌5日に後楽園ホールで行われる「NEW YEAR DASH」だ。
 
「大プロレス祭り」は特別試合に加えて公開記者会見、サイン会など盛りだくさんで行われるイベント。ブシロード体制下の新たな試みとして出発し、2013年からはドーム前夜祭として定着している。また1・5後楽園大会は2015年からスタート。それまではドームでのビッグマッチで一区切りがつくとオフに突入するため流れが止まってしまっていたが、この1・5が始まってからはドームの結果を受けての新たな動きがここで勃発することが増え、ファンの関心を継続させることにつながっている。
 
 遠征してドームに訪れるファンは、日程に余裕さえあれば3日の「大プロレス祭り」から4日のドーム、そして5日の「NEW YEAR DASH」までをパッケージで楽しむことができる。海外組にとっては“聖地"後楽園ホールも訪れることができ、ツアーも組みやすくなる(もっとも、ハードコアなファンは年末から後楽園で他の団体を見たりもしているようだが)。

比べ物にならないほど充実したグッズ

 新日本プロレスがブシロード体制になって変わった点はいくつもあるが、その特徴を大きくまとめれば「情報発信の強化」と「きめ細かな対応の徹底」と言えよう。前者はSNSの活用や新日本プロレスワールドの開始、後者はファンクラブサービスやグッズ開発の目覚ましい進歩、それから地方ファンの掘り起こしが目立つ。
  
 グッズに関しては点数、バラエティともに以前とは比べ物にならないほどの充実を見せており、今の新日本の会場におけるファンのグッズ所持・着用率は目を見張るほどだ。特に最近は内藤らのロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン関連の商品を身につけたファンを会場中で目にする。また、ケニー率いるユニット「BULLET CLUB」Tシャツを着た外国人ファンを、筆者は街中でたびたび見かけている。プロレスTシャツと言えば、かつて「nWo」というユニットのロゴ入りTシャツが大ブームを巻き起こしたことがあったが、それに近い時代が来ようとしているのではないかと感じる。
  
 グッズ開発については、以前よりデザインや質も格段に向上しているが、何より選手やユニットのキャラクターにしっかりと沿ったものが増えている印象が強い。これは以前と違って選手たち自身も積極的に参加するようになったことが大きいという。またリングサイドに控える若手やスタッフが最新の売れ筋Tシャツを着用していることも、購買欲を高めることに貢献している(余談だが、これは現在ジュニアタッグ戦線で活躍するSHO & YOHの2人が若手時代に始めたことだという)。
  
 ファンクラブイベントと地方プロモーションの強化も、選手たちの協力なしには成り立たない。大会が開催される土地を1〜2カ月前に訪問し、地元メディアに出演したりイベントに登場したりして宣伝を行うわけだが、当然、選手にとってはオフの期間を割いての活動となる。しかしこれを各地方で綿密に続けているために首都圏以外での動員も順調に推移しており、これがひいては「ドームには行ってみたい」というファンの増加にもつながっている。

ブシロード体制5年半、結実した努力

 これらはどれも、必ずしも即効性があるわけではない地道な作業だ。しかしスタッフ、選手が一丸となって着実に続けてきたことがブシロード体制になってから5年半が経過した今になって、しっかりと根を張り、実を結んでいる。その結果が近年の興行成績の伸びであり、そして取りも直さずこのドーム大会の成功につながっているのであろう。
  
 以前に菅林直樹会長に聞いたところでは、今のドーム大会のプレイガイドでの一般販売数は、すでに90年代の最盛期のそれを超えているのだという。かつては企業などにまとまって購入してもらうことも多かったが、そこも時代は変わっている。その変化を受けても屋台骨が大きく揺らぐことのないような体制作りを進めた結果が、現在の成功に直結しているわけだ。
  
 もちろんリング上の闘いあってこそのプロレス団体だが、そこもとりわけこの1年は充実していた。メインで勝利したオカダが試合後のインタビューで「2017年にやってきたことの結果が、今日の客入りにつながっていると思う」と発言したのはその手応えからだろうが、「2019年のドームにもっと多くの人に来てもらうためにも、今年も変わらずやっていく」と続けたあたりにも「今進んでいる道に間違いはない」という確信があるのだろう。
さらにそこに、新たな路線も加わっていく。ドームにサプライズをもたらしたジェリコは翌1・5後楽園で内藤を襲い、彼の新日本での闘いがまだ続くことが示唆された。アメリカでの興行も規模を拡大して継続中であり、グローバル路線も一つの大きな柱となってきた。 
 
 地道に行ってきた戦略の成果とリング上の充実、グローバル化の拡大。今回のドームの成功要因を大ざっぱにまとめると、このようになるだろうか。改めて見てみると分かるが、ここには「今回分」だけの要素は実は少ない。だからこそ、今回の成功が長期的な成長の“一里塚"に思えてならないのである。木谷オーナーはこの結果を受けて、「これは2年後に達成すると想定していた状況。2年後には、今回入れていない外野席も完璧に入れたい」と長期計画の2年前倒しを宣言した。トータルで考えれば今の新日本プロレスは間違いなく史上最高の状態にあり、そしてこれはまだまだ続く。その確信が得られたドーム大会であった。
  
<了>

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高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。