(C)小林靖

井上尚弥に見る日本ボクシングの可能性

「日本ボクシング始まって以来の選手」 

ボクシングのファイトマネーの話になると、大橋氏は井上尚弥選手を挙げてこう断言した。

「強くなりすぎて、相手に断られてしまうから大変だなと感じることもありますが、海外からいい条件で試合のオファーをいただくこともあります」

野球では、1軍に定着すると年俸が3000万円、活躍すると5000万、1億となっていくのがはっきり見える。だが、そういったロールモデルの確立がボクシングでは難しい。どうすればボクシングだけで食べていけるようになるのだろうか。

「ファイトマネーが4000万を超える井上のような例はめったにありません。世界王者になってもピンキリで、安い人では300万円ほどになります。井上の場合は、これから海外で戦うようになればさらに上がると思います」

大橋氏の言葉を聞けば、ボクシングだけで食べていくことが、至難の業だということがうかがいしれる。ボクシングだけで生計を立てるボクサーはプロボクサー全体の3%ほどという。野球と比べるとボクシングは興行が難しく、後楽園ホールを超満員にしても赤字なのだとか。ボクシングで食べるためには、井上選手のように海外で試合ができるようになることが必要なのだろうか。

「僕らの時代は、世界王者はボクシングしかありませんでした。野茂(英雄)選手もまだメジャーリーグに行っていなかったし、海外で活躍するプロサッカー選手もいませんでした。今は海外で活躍するスポーツ選手が多いので、ボクシングもそういう方向にいかなくてはいけないと思っています。井上がラスベガスで試合をしたり、究極的にはヘビー級王者を出すことじゃないかなと思っています」

井上尚弥は、普通にいけば6階級制覇は固いという。大橋氏は、それほど井上選手のポテンシャルを信じている。また、井上選手をそれだけの名チャンピオンに育て、ボクシング人気を復活させることが大橋氏のこれからの使命だという。

「かつてパッキャオというフィリピン人のチャンピオンが、アメリカで強敵をバッタバッタと倒していきました。井上がああいう姿を、日本人や小さな子どもたちに見せることができるようにサポートしていきたいです」

(C)小林靖

大橋ボクシングジム流、本番に強くなるトレーニング

大橋氏は、デビュー前から井上選手が世界王者になる逸材だということに気づいていた。それでもデビュー戦前は心配したという。いくら強くても、初めての本番の試合で、雰囲気にのまれてしまうことがあるからだ。しかし、そんな大橋氏の心配は杞憂に終わる。

「井上は生まれつきハートも強い。あのハートの強さは、僕が現役の時にはありませんでした。僕は緊張しいでしたから」

とはいえ、かくいう大橋氏も現役時代はWBC/WBA世界ミニマム級で王座を獲得している。どのように試合の緊張を克服していたのだろうか。大橋氏は、ハートは後から強くすることができると話す。

「私が現役のボクサーだった時にも、引退してからもやっていることがあります。今回のような講習会の前にも必ずやっています。それは寝る前のイメージトレーニングです」

眠れなくなってしまうからか、よく「寝る前に試合のことを考えるな」と言われることがある。しかし、大橋氏は2カ月前から、このイメージトレーニングを始めるという。

「計量に行って、控え室に行って、バンテージを巻いて、入場する。そのイメージを2カ月前から毎晩やります。確かに眠れなくなるんですけど、でも最終的には寝られているんです。繰り返すことで慣れてきて、実際にその場面を迎えたとき、初めての出来事のはずなのに、心が慣れているんですよ」

今までに経験したことがないことが起こると緊張してしまう。そこで、寝る前に見たことややったことがないことをイメージすることで、これから起こる初めての体験に慣れてしまうのだという。

「このイメージトレーニングのポイントは、寝る前に毎日繰り返して行うこと。寝る前にイメージして、最初は興奮して寝られないんですが、慣れてくると寝られるようになります。そうなれば当日は怖くありません。これが大橋ジム流です」

スポーツビジネスの現場でも、大事な会議でのプレゼンなど、緊張する場面がやってくることがあるだろう。井上尚弥のようなハートの強さを持っている人間は一握り。そのような時は、大橋ジム流のイメージトレーニングを行い、本番に備えてみてはいかがだろうか。

(C)小林靖

[PROFILE]
大橋秀行
ボクシング元WBC/WBA 世界ミニマム級チャンピオン
大橋ボクシングジム 会長
1965年生まれ、横浜市出身。高校時代に全国高校総体モスキート級チャンピオンに、専修大学時代にリーグ戦全勝を成し遂げる。1984年ロサンゼルスオリンピック強化選手に選出され、後にプロ転向。転向後も日本ジュニアフライ級チャンピオンやWBC世界ミニマム級チャンピオン、WBA世界ミニマム級チャンピオン等、数々のタイトルを獲得。1994年に引退と同時に「大橋ボクシングジム」を開設。2007年東日本ボクシング協会 協会長、2010年日本プロボクシング協会 協会長に就任し、2016年3月まで務めた。現在会長を務める大橋ボクシングジムには、井上尚弥選手や清水聡選手等が所属する。

井上尚弥は、なぜ圧倒的に強いのか? 大橋秀行会長に訊く(前編)

さる5月21日、WBO世界スーパーフライ級2位のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)にTKO勝ち。WBO世界スーパーフライ級王座の、5度目の防衛に成功した井上尚弥。その衝撃的な強さの秘密はどこにあるのか? 井上を育てた大橋ジム・大橋秀行会長に伺った。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

井上尚弥をパッキャオの再来に 大橋会長が描くモンスターの未来

「史上最強の高校生」としてロンドン五輪に肉薄し、プロデビュー後はわずか8戦で2階級制覇を成し遂げた井上尚弥。今年8月には、アメリカ進出を果たし、アントニオ・ニエベスを相手に6ラウンドTKO勝利を収め、WBO世界スーパーフライ級タイトルの6度目の防衛を果たした。アメリカでの注目度も高まっている「モンスター」は、今後、どう羽ばたいていくのか。自身もボクシング経験がある前横浜DeNAベイスターズ社長の池田純氏が、大橋ジムの大橋秀行会長との対談を行い、その核心に迫った。(文=善理俊哉)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

井上尚弥、112秒TKOで3階級制覇を果たした天賦の才が試される日

5月25日、大田区総合体育館で行なわれたボクシング興行『FUJI BOXING』のメインイベントで、デビュー以来15連勝の元世界2階級制覇王者、井上尚弥(25=大橋)が、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネル(32=英国)を開始わずか112秒でTKO(テクニカル・ノック・アウト)に追い込み、世界のボクシング史上2番目の短期間で3階級制覇を果たした。井上は今後、賞金総額5000万ドル(約53億円)、優勝賞金1000万ドル(約10億7000万円)で話題のトーナメント、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)でその真価を試すことになる。(文=VICTORY編集部)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

新時代の「スポーツビジネス」とは? 池田純が語るこれからの“求められる人材”

「2020年の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をコンセプトに、スポーツをビジネスとして考え、実行に移せる人材を輩出していく学びの場『Number Sports Business College』。豪華講師陣がスポーツビジネスの最前線を徹底的に語った第1期終了を記念して、新書『最強のスポーツビジネス Number Sports Business College講義録』が発売される。発売を前にNumber Sports Business College発起人の池田純氏にこの1年間を振り返っていただくとともに、未来のスポーツビジネスについて話を伺った。(インタビュー・文=新川諒)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

皆川賢太郎が見る日本スキーの現状と課題とは?“稼ぐ”組織への変革(NSBCレポート/皆川賢太郎)

「2020年の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をコンセプトに、スポーツをビジネスとして考え、実行に移せる人材を輩出していく学びの場『Number Sports Business College』。今回ゲストに迎えられたのは、現役引退後38歳の若さで全日本スキー連盟(SAJ)の理事に任命された皆川賢太郎氏だ。日本スキーの現状と課題をどのように見ているのだろうか――?(取材・文:新川諒 写真:Sports Graphic Number)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

東京マラソンを世界6大大会に育て上げた信念とは?テーマは『Make your drama』(NSBCレポート/早野忠昭)

「2020年の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をコンセプトに、スポーツをビジネスとして考え、実行に移せる人材を輩出していく学びの場『Number Sports Business College』。第12回となる講義でゲストに迎えられたのは、東京マラソンのレースディレクターを務める早野忠昭氏だ。経済効果270億円ともいわれる日本一のマラソン大会を育て上げた同氏が、スポーツビジネスをするうえで最も心掛けてきたこととは。(取材・文:出川啓太 写真:荒川祐史)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部