求められるアスリートの体

――近年、テニス界でも注目されている“ストレングス&コンディショニング”とは何でしょうか?
大地 もともとアメリカでの“ストレングス&コンディショニング”は、陸上のトレーニング法をアメリカンフットボールに取り入れたのが始まりだと言われています。そこで、NSCA(National Strength and Conditioning Association)という団体が1970年台に設立されました。ストレングス……つまり、リフティングなどで筋肉を大きくしたり強くするのは、アメリカが得意だと言われています。もちろん欧州にもストレングスやコンディショニングのメソッドはあったでしょうし、特にプライオメトリクスなどは、東欧で確立された理論です。心肺機能をあげるトレーニングは、欧州も進んでいたと思います。ただそれらを分業し体系づけたのが、アメリカなのかなと思います。

――テニスにおける“ストレングス&コンディショニングコーチ”の役割とは?
大地 アメフトや陸上で競技力を上げるには、筋肉を大きくすれば良い、心肺機能を上げれば良い……など、ストレングス&コンディショニングコーチの目的も見えやすいと思います。でもテニスでの役割は、少し違うかもしれません。
 幼少期から一つの競技などに特化することを、英語では「アーリー・スペシャライゼーション(early specialization)」と言いますが、テニスはその傾向が強いと思います。テクニックの比重が大きな競技なので、いくら身体能力が高くても、テニスの技術レベルが低ければ勝てません。その意味では、技術の習熟度に比べて、体力及び筋力が低い選手も生まれがちです。それを正すために、僕らのような専門家がテニスに入ってきたという側面はあるかもしれません。
 アメリカテニスがここ数年で弱くなって来た時、アメリカの専門家やコーチたちが言っていたのが、「フィジカルが強くなくては勝てない、普通に健康でテニスが上手いだけでは勝てない時代になっている」ということ。トータル的なアスリートとしての身体を持っていないと、戦い続けられないしトップに居続けられないという認識があります。僕がUSTAに居る十年の間でも、アスリートとしての身体を作って欲しいという要望や認識に変わってきていると感じます。

――「アーリー・スペシャライゼーション」はテニスに必要なのでしょうか?
大地 僕らが理想として掲げるのは、子供の頃は一つの競技に特化せずに、なるべく多くのスポーツをやって欲しいということ。それにより、いろんな身体能力が高まります。

――では、本格的なトレーニングを始めるのに適した年齢とは?
大地 トレーニングを始める時期ということで言えば、「投げる、走る、飛ぶ」などの基本動作と、リフティングなどの基礎知識は、その子が指導を受ける準備が出来た時点で始めて頂いて良いと思います。
 例えば8歳くらいでも、理解度や意識が高くコーチの言うことをきちんとやれる子であれば、始めて大丈夫でしょう。
 もちろん「スピード」や「筋力」、「柔軟性」など、それぞれ年代ごとに「今これをやれば一番伸びる」という時期はあります。目安としては、日本でいう第二次成長期、または英語で言うpeak height velocityに相当する時期までに色んな競技を経験するのが良いでしょう。男の子なら14~15歳、女の子なら11~12歳の頃までに様々なスポーツを通じて、基本的な動作をできるようにしておく。そしてそれが過ぎてから、筋力や跳躍力などに特化したトレーニングを、各々のレベルに応じてやるのが一番効果的だと思います。
 リフティングに関して言えば、成長期が終わった後の12カ月間くらいに、強度の高いトレーニングをやると凄く伸びるんです。ただ、その時期になっていきなり重い物を持ち上げようとしても、テクニックがなければ出来ません。力を入れる場所や正しい呼吸法でやらなければ効果は得られませんし、ケガにもつながります。ですので、それまでに軽いウェイトでテクニックを修得し、アスリートとしての身体になる準備をしてもらえるのが理想です。
 ただ、アメリカでもそれが上手くできるかといえば、そうではないのが実情です。USTAの強化選手に選ばれるのはテニスの上手な子で、小さい頃からテニスをたくさんしている。するとその分トレーニングの時間は取れないので、どうしても身体能力的なところでは遅れている子が多いんです。ですから僕らも、選手たちやコーチ、親御さんにも情報を与えてレクチャーするようにしています。

左右のバランスが取れると、テニスには適さない

――トレーニングをテニスの動きに統合していくには、どうすればいいのでしょうか?
大地 それはよく聞かれる質問なんですが……アスリートとしての身体作りをしておけば、テニスの競技力にもつながるはずです。ただそれでも、足や肩が強くて、体幹もしっかりしバランスが取れているという、僕らの世界で言う「良いアスリート」が必ず良いテニス選手になるかといえば、それは保証できません。そこがいつも難しいところです。
 テニスが上手になるためにどんなトレーニングをすれば良いかと言えば、それは、テニスの練習をするしかないと思います。そうするとどうしても、トップのテニス選手は筋力に偏りが出て来るんです。利き腕や、利き腕と反対側の足が強くなる傾向が強く、テニスが上手くなればなるほど、それは顕著に出てきます。逆に完璧にバランスが取れると、テニスに適さなくなるんですね。そこで身体のバランスを見ながら、「この一定のラインを超えたらケガにつながるから、前後、右左の偏りを調整しよう」というようなトレーニングが必要になってきます。
 もう一つは、テニスは横に動くことが多い競技なので、横への動きを俊敏にすることに特化したストレングスや、プライオメトリクスを多くします。またコンディショニングで言えば、テニスは1ポイントが短いのに、試合時間は長いというかなり特殊な競技です。ですから、短いポイントを取るための瞬発力と、4~5時間戦えるだけのスタミナを備え、さらに翌日に回復し連日試合が出来るように、リカバリーが早い身体作りをすることも心がけます。

――トレーニングの時期や、ピリオダイゼーション(※トレーニングを幾つかの期間に分け、最終的に一つの目的に向け統合できるように構造化して、期間ごとに個別強化を行うこと)をどう取り入れればいいでしょうか?
大地 テニスはまとまったオフシーズンがある訳でもなく、年間通して試合があるので、プロやトップのレベルの選手ほど、ピリオダイゼーションが難しい競技です。
 僕達の立場としては、シーズン最後の試合が終わって次のシーズンが始まるまで、6週間はトレーニング期間を設けて欲しいと選手達には言います。それに加えて、1週間や10日ほどは何もしない、いわゆるバケーションの時間も持って欲しいですね。6週間あれば、身体的な変化が自分でも分かるくらいのトレーニングがみっちりできます。さらには、シーズンを通してトーナメント中も最低週に2日はトレーニングらしいトレーニングが出来る状態にして欲しい。加えて年間に2~3回は、2~3週間のトレーニング期間を持って欲しいです。それをすれば、なんとかストレングス&コンディショニングのレベルを落とさず、なおかつ向上するくらいのトレーニングが出来ると思います。
 トーナメント中のトレーニングは、基本的には身体の状態維持が目的になります。ただテニスは毎週のように大会があると言っても、3週間遠征に出て3週間勝ち続けることはまずない。すると次の試合まで一週間くらい時間が開く時もあるので、その期間を上手く使ってトレーニングすれば、シーズン中も成長し、オフシーズンには次のレベルの身体作りに移行出来ます。ですから僕達も、なるべく遠征にも帯同するようにしているんです。

――テニスに向いているフィジカルや、人種による傾向などは?
大地 「これをやれば、こうなります」というメソッドがあれば良いんですが、そうならないのが人間の身体の面白いところです。トップの選手でも体格がかなり違うので、「こうだから絶対にテニスに向いています」という体格やフィジカルは……テニスに関しては分からないですね。
 人種にしても同様で、身体のどこが強いか弱いかは人種等の傾向よりも、個人差の方が大きいです。ですから最終的には、個々人にあったプログラムをいかに提供できるか、そしてそれをやり遂げられるかがキーになると思います。あまりパターン化はせず、その選手がどういう体質や体格で、性格なのかを見極めるのが重要でしょう。
 結局のところ、テニスのトッププレーヤーになるのに必要な資質は、生まれ持った体格や体力ではなく、継続力かもしれません。常に一貫してトレーニングに打ち込みルーティンをやりきることが重要なので、それぞれの選手の性格にあった指導を出来るのが理想だと思います。

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内田暁

6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。2008年頃からテニスを中心に取材。その他にも科学や、アニメ、漫画など幅広いジャンルで執筆する。著書に『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)、『中高生のスポーツハローワーク』(学研プラス)など。