シニアデビューシーズンで五輪に 一気に意識を変える状況に戸惑いも

今季がシニアデビューシーズンとなった坂本花織は、最初はシニアの空気になじめなかったという。

「ジュニアの時は一緒に出る日本の選手たちと本当に仲良くやって、で試合もやって、みたいな感じだった。でもシニアになるとずっとピリピリしてる状態で、なんか『やっぱりシニアは違うな』って思って。最初はその空気、本当に重すぎて『全然自分に合わないな』って思ってたんですけど、だいぶそれにも慣れてきました」

平昌オリンピック代表選考がかかる全日本選手権のフリーを滑り終え、坂本はそう振り返っている。ショートプログラムで首位に立ち、フリーでも大きなミスをせずに滑り切り2位になった。「オリンピックはどこまで見えてきました?」と問われ「え! それは明日分かります」と答えた坂本は、翌日平昌オリンピック代表として名前を呼ばれることになる。

坂本が報道陣の前に現れると、オリンピックシーズンの全日本特有のピリピリした空気が、いつも少し和らいだ。天真爛漫な高校生という印象の坂本だが、シニアデビューシーズンがオリンピックシーズンとなり、一気に意識を変えなければならない状況に戸惑いながらも、確実にシニアのスケーターとして成長してきた。中野園子コーチの門下生として幼い頃から競い合い、励まし合ってきた三原舞依と一緒に練習する時にも、「舞依ちゃんがノーミスでやったら、『もうこれ以上ないぐらいに頑張ってやろう』みたいに思うようになりました」と、「勝ちたい」という意識を常に持てるようになったという。

課題は表現力 明るさから大人っぽさへ魅力を引き出す『アメリ』

(C)Getty Images

昨季ジュニアの大会に出場していた坂本は、ジュニアグランプリシリーズ日本大会・全日本ジュニア選手権で優勝、ジュニアグランプリファイナル・世界ジュニア選手権で3位と結果を残してきた。

しかし、今季グランプリシリーズ・ロシア杯でのシニアデビューはほろ苦いものとなる。ショートプログラムではガッツポーズが出る会心の演技で自己最高得点を出し4位につけるが、フリーでは最初のジャンプで転倒。5位に終わり「ちょっと悔しいかたちで終わってしまうグランプリの初戦になってしまったなと思いました」とコメントしている。目標としていた総合得点200点にも届かず(194.00)、シニアの壁を痛感する試合となった。

「シニアになってくるとジャンプでミスしても、やっぱり皆さん、下(演技構成点)のスケーティングスキルや、リカバリーでポイントを稼いでいる。そういうところはまだまだ足りないので、そこをしっかり練習したい」

反省しきりの坂本だったが、最初に予定していたもののファーストジャンプで転倒し入れられなかった3回転フリップ―3回転トゥループを、後半で跳んでいる。このリカバリーは簡単にできるものではなく、世界を席巻するロシア勢同様、坂本が後半もジャンプで勝負できるスケーターであることの証明といえる。

坂本本人もアピールポイントを問われ「ジャンプの幅」と答えているように、坂本の武器は高さも飛距離もある大きなジャンプだ。中野コーチによれば、ショートプログラムでは「1点でも多くとりたい」ため、世界トップに位置するロシア勢のようにジャンプをすべて後半に入れている。練習ではトリプルアクセルも数回降りているという坂本は、身体能力に優れた伸びしろの多いスケーターなのだ。

一方、もう一つの反省点である「下」=演技構成点についても、今季坂本はフリーで難しい表現に挑戦している。シーズン前の7月に行われたアイスショーで今季のフリーを滑った坂本は、映画『アメリ』の音楽を使った新プログラムについて次のように説明した。

「不思議な女の子がいろんな人を幸せにしていく物語。振り付けの中でも結構複雑な動きがたくさん入っているので、そういうので魅せて、楽しんでもらえたらいいなと思っています」

今までの「明るさ」から「大人っぽさ」へのイメージチェンジを目標に、ブノワ・リショーに振り付けを頼んだ『アメリ』。坂本にとり、その振り付けは今までにない動きだった。慣れない動きの練習のため、毎日全身が筋肉痛になったという坂本を支えたのは、ブノワ・リショーの「これを全部ちゃんとしっかり踊れば、上の方にいけると思う」という言葉だった。「いろんな表現の仕方をブノワ先生からたくさん習った」と坂本が言うように、パントマイムの動きも入っている一風変わった『アメリ』は、坂本の新たな魅力を引き出すプログラムだといえる。

平昌五輪への切符を勝ち取った全日本選手権 強くなった理由

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

ロシア杯の雪辱を期して臨んだグランプリシリーズ2戦目・アメリカ大会のショートプログラムで、坂本は自己最高得点をマークし、2位につける。フリーでもノーミスで演技を終えた坂本は跳び跳ねて喜んだ。フリーでも自己最高得点(141.19)をたたき出し、目標にしていた200点を大きく超えた総合得点のスコア「210.59」を見た坂本はキスアンドクライで声をあげて大喜びした。グランプリシリーズの2戦目は、本人が「アメリカ大会で一気に『いけるんじゃね?』と思いました」と振り返っているように、坂本が自信を得る試合となった。

グランプリファイナルに出場できなかった坂本が平昌オリンピックに出るためには、全日本選手権で表彰台に乗ることが必要だった。しかし、坂本は試合自体に集中して全日本を闘っていた。

「それまではオリンピックのこととかもなんとなく考えていたんですけど、全日本になったらもう、今のこの『全日本』という試合を頑張ろう、と思いました」

迎えた全日本のショートプログラム、リンクに立った時は緊張していた坂本だが、ステップで気持ちを落ち着かせることができ「そこでだいぶ普段通りに戻ってきました」と振り返っている。三原と二人、リンクを貸し切っての朝練で練習したというステップで平常心を取り戻した坂本は、静かに始まり次第に激しくなる『月光』の旋律にのり、後半にたたみかけるようにジャンプを次々と決めて首位に立つ。「あさってのフリーは落ち着いて、しっかりノーミスができるように調整して、表彰台狙っていけたらいいなと思います」とコメントした坂本について、中野コーチは「ただひたすら一生懸命やってきただけ」と話した。

「彼女は頑張って練習したので。力が出て良かったです。でも、まだ分かりません。あさって(フリー)が済んでみないと。あさっても全部ちゃんとできたら、おいしいものを食べさせる約束です」

ショート首位で滑走順は最終という、最も緊張を強いられる状況でフリーを迎えた坂本の顔は、6分間練習からこわばって見えた。しかし、見事に重圧に耐え、大きなミスなく滑りきる。「ひやひやしすぎて、本当に何にも覚えてなくて」「でもとりあえず全部出し切れたので、よかったって思いました」とミックスゾーンで脱力した坂本は、強くなった理由を「練習で自信を持って試合に臨めるようになった」と語った。

「練習でもノーミスができるようにしていたので、『練習でできていることは試合でもできる』と思ってやった。そこが前と違うかな」

難しい『アメリ』の振り付けも「やればやるほどだいぶ身についてきました」という坂本を、中野コーチも「動きは難しいプログラムなんですけれども、自分なりに物語を演じようとしている姿勢は見えた」と評価した。

「彼女の運動能力など、いいところは光っていたと思います。精神的にも、普通だったら多分潰れてしまう。オリンピックがかかっている全日本の一番最後というのはとても重かったと思うんですけど、よくやったと思います」

平昌五輪の団体戦で見られなかった勢い シングルで雪辱を期す

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

オリンピック代表2枠をめぐる激戦を、全日本で表彰台に乗ることで制した坂本の勝因は、シニアに上がってぶつかった壁から逃げず、正面から克服しようとした姿勢だろう。「3回連続で210点を超えられたら本物になれたって思えるので、オリンピックにつながる演技ができたらいい」と臨んだ四大陸選手権、坂本は自己最高得点を更新する総合得点214.21を出して優勝、勢いを保ったまま平昌に向かった。

平昌オリンピックの団体戦でフリーに出場した坂本にはいつもの勢いが見られず、最初予定していたコンビネーションジャンプが単独になってしまった。オリンピックのリンクの雰囲気に、元気な坂本にも緊張があったのかもしれない。ただ初の大舞台でも、冒頭で入れられなかった3回転フリップ―3回転トゥループを、後半に入れてリカバリーしている。

「個人戦まではもう少し時間があるので、しっかり、個人戦ではこういうミスがないように、もっと練習していけたらいいなと思っています」

シニアデビュー戦の悔しさをシーズン後半の快進撃で晴らした坂本は、平昌でも団体戦での雪辱を期して個人戦に臨む。

<了>

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沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。金子正子元日本水泳連盟シンクロ委員長責任編集による『日本シンクロ栄光の軌跡 シンクロナイズドスイミング完全ガイド』の取材・文を担当。ホームページ「SATOKO’s arena」(http://www.satokoarena.sakura.ne.jp/)