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アジアに目を向けるJリーグの戦略とは?

各クラブの選手、そしてサポーターたちにとっては、「毎シーズンが特別なシーズン」なのは間違いないが、DAZN元年で話題を呼んだ昨シーズンと比べても、一般メディアや巷の話題に「Jリーグ」が登場する回数は決して多いとは言えない。これは日本におけるプロサッカー、Jリーグの存在が「当たり前のもの」として良くも悪くも定着したということだろう。

定着を安定と見ることもできるが、当のJリーグは、こうした状況に危機感を持っている。2012年に発足したアジア戦略室では、国内需要の鈍化という不安要素と、サッカーの持つグローバルな可能性というポジティブ要素両面に目を向けて、対策を練ってきた。

「国内の市場だけを見れば、これから先はシュリンクしていく一方。Jリーグの事業面を考えてもこのままではいけないという危機感は常にありました」

Jリーグマーケティング海外事業部の小山恵氏は当時の状況についてこう語る。

「そういう危機感を持っている中で、隣を見れば手つかずのアジアがあった。特にASEAN諸国は、これから人口も増加していきますし、経済的には成長する一方です。国家としてのポテンシャルが高い国々がたくさんありました。もちろんヨーロッパ各国のリーグ、クラブもそこを狙い始めている中で、Jリーグとして戦略を持ってしっかりアジアを取り込んでいくという趣旨で立ち上がったのが、アジア戦略室でした」

2012年に発足したアジア戦略室は、アジア各国の経済的な現状、サッカー事情、リーグの内情など、多岐にわたる分析をはじめた。さまざまな国にアプローチし、成果も徐々に生まれているが、なかでも「成功例」として実を結びつつあるのが、ASEAN2位の名目GDPを誇るタイ王国との連携だ。

ここからは一問一答形式で小山氏に詳細を聞いていこう。

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チャナティップがもたらした大きな変化

――昨季のチャナティップ選手(北海道コンサドーレ札幌)の活躍は、タイ人Jリーガーの可能性を広げる大きな出来事でした。

「チャナティップ選手の昨シーズンについては、我々もドキドキしながら観ていましたね。結果としては『想像以上に活躍してくれた』。これに尽きます。チャナティップ選手の札幌加入で、これまで準備してきたことが目に見えて動き出しました。タイでJリーグの放送が頻繁に行なわれるようになり、リーグの認知度も一気に上がりました。『たった1人の選手でこれだけ変わるのか?』とこちらが驚いたくらいです」

――タイでの変化でいうと具体的にはどんなことが?

「大きいのはもちろんテレビ放送ですよね。タイの大手放送局であるTrueがJリーグのライツホルダーになっているんですけど、2017シーズンはJ1・3試合、J2・1試合の週4試合を放送しています。Trueというのは、モバイル通信のキャリア、ブロードバンド事業、有料放送事業も行うタイでは知らない人がいない通信メディアのコングロマリットなんです。Jリーグの中継も地上波、有料放送、スマホなどに直接配信するOTTと幅広い露出が確保されています」

――放送の拡大によってタイにおけるJリーグの知名度、認知度、存在感も向上している?

「そうですね。Jリーグでは、タイ向けにFacebook公式ページを立ち上げてタイ語で情報を発信しているのですが、チャナティップ選手加入前は1万人前後だったいいね!数が一気に17万人にまで増えました(※2018年3月現在は18万人以上)。この辺りはまさに“チャナティップ効果”ですね」

――チャナティップ選手の活躍で、今季はさらに広島にティーラシン選手、神戸にティーラトン選手が加入しました。U-23チームへの加入が前提ですが、チャウワット選手(セレッソ大阪)、ジャキット選手(FC東京)の若い選手を加えた5人がプレーすることになりました。チャナティップ選手のプレーぶりをみたJリーグのクラブがタイ人選手の獲得に前向きになってくれたという側面もありますよね?

「それは間違いないでしょうね。戦力面のプラスとして考えてもらえるようになったというのは大きいです。チャナティップのキャラクターも大きいですよね。とにかく明るい(笑)。彼に続くタイの選手たちへの影響に関しては、タイで国民的な人気を誇るチャナティップが『Jリーグでプレーするのが夢だった』と事あるごとに発言してくれたことも大きく影響していると思います。この言葉は本当にありがたいし次につながります。タイの子どもたちが、大きくなったら自分もJリーグに行きたいと思ってくれる種になっていると思います」

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戦略的連携は強化面、事業面の両輪がそろって初めて機能する

――いくら働きかけても、戦力にならない選手はクラブも獲得できませんよね。タイ人選手の獲得に向けて、Jリーグとしてはどのような働きかけをしているのでしょう?

「選手の情報を集めて各クラブに共有というところからスタートしました。いくらこちらが『いい選手ですよ』とアピールしても、クラブのスカウトや編成担当者が判断する材料がなければ何も起きません。タイを中心とするアジア各国への視察ツアーを組んだり、逆に日本に選手を呼んで練習に参加する機会を作ったり。まずは判断してもらうための接点、機会を作るというところですね」

――事業的なメリットもアピールしつつという形ですか?

「現地でのリサーチに基づいた事業的なメリットはこちらでも提案させていただきます。札幌でもすでに結果となって現れている観戦ツアーなどを含む、インバウンド、観光客増はわかりやすいところですが、アジア市場への進出、広告効果を目指す日本企業が、クラブのスポンサーに名乗りを挙げてくれるシナジーも生まれています。コンサドーレでの事例では、『ガリガリ君』で有名な赤城乳業さんがチャナティップ選手をタイでの広告キャラクターに採用した展開を進めておられます。こうした可能性については今後よりアピールしていきたいところですね」

――リーグと一体になった「アジア戦略」を謳うからには、チーム強化と事業面、両方にメリットがないと成功とは言えないということですね。

「そこは同じベクトルで進めないといけませんよね。強化と事業、両輪で同じゴールを見ながらスタートしないといけないと思っています。リーグとしては、あくまでもコーディネートする立場なので、クラブが最終的な判断を下すことになるわけですが、現場、強化だけ、事業のためだけにならないように心がけています」

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インフルエンサーとして無視できないアジア諸国のスター選手

――今季の開幕戦では、ティーラシン選手の広島とチャナティップ選手の札幌の“タイ対決”も実現しました。VICTORYでも密着させていただきましたが、Jリーグキックオフカンファレンスの日にはタイ大使館に5人のタイ人Jリーガーが招かれるレセプションも開催されるなど、「タイ、始まったな」という感じがありますよね。
「大使館でのレセプションは、大使の方から『選手たちに会いたい』と言っていただいたんです。ティーラシン、ティーラトン、チャナティップ選手はタイでは国民的英雄ですからね。選手たちは普段は全国各地に散らばっていますが、この日なら5人が集まるということで実現しました。我々としては、日本にいるタイの方々にもJリーグを観に来て欲しいですし、日本人にタイをアピールするツールとして使って欲しいという話は以前からしていました」

――キックオフカンファレンスでは、タイ向けに5選手が出演するライブ番組配信も行っていましたね。
「Facebookのライブ機能で配信したのですが、タイに限らず東南アジア諸国では特にSNSでのプロモーションが重要になってきます。チャナティップもInstagramのフォロワーが200万人という影響力を持っていて、日本とは違ったプロモートの方法があると感じています。あのライブ中継も平日の昼にもかかわらず常時1万人以上が視聴していましたし、タイ人視聴者が99%を占める日本発のコンテンツはなかなかないのではないでしょうか。日本ではテレビありきの考え方になりますけど、ほとんどの東南アジアの国ではいきなりスマホなんですよね。サッカーにしてもスマホで見るのが当たり前で、それが染みついている」

――タイの実例は、これからのアジア戦略、スマホファーストが進む国内戦略においても参考になる先例となりそうですね。まずタイが動き始めたのにはどんな理由があると考えていますか?
「経済的にも豊かで発展成長を遂げている点も無視できません。他国に比べて、サッカーコンテンツに投資をする土壌があることも大きいでしょう。各国を視察する中で、個人的には選手の力もASEAN諸国の中では一番可能性があると思って見ていました」

――タイ人選手の活躍を見て、他のアジア諸国もJリーグに注目する相乗効果も期待できそうです。
「特にASEAN(東南アジア諸国連合:タイ,インドネシア,シンガポール,フィリピン,マレーシアなど10ヵ国が加盟)のライバル意識はすごいものがありますからね。タイがやれるなら自分たちもと、選手を送り込んでくる、連携に積極的になるという効果はあるかもしれません。Jリーグのアジア戦略としては、放映権や事業面の成功もそうですが、Jリーグを名実ともにアジアの中での『圧倒的な一番』のリーグにすることが重要だと考えています。アジアの選手なら当然Jリーグを目指して、そこでプレーすることが憧れになるようなリーグにすることで、アジアのサッカーの底上げが果たされ、日本のサッカー、Jリーグの事業的なメリットも生まれると考えています」

<了>


大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。