メディアの憶測に先手を打つ指揮官

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ブラジル代表チッチ監督が、5月第1週に予定しているW杯(ワールドカップ)招集メンバー発表より、3カ月弱も先駆けて、15人の確定メンバーを公表した。

ブラジルの情報サイトUOLのインタビューに対し「招集リストは、一部はまだ空きがあるし、もう埋まっている部分もある。埋めているのは、これまでクラブと代表で一貫して好調を維持し、現在も良いプレーをしている選手達だ。スタメンの11人は、GKアリソン、DFのダニエウ・アウベス、マルキーニョス、ミランダ、マルセロ、MFのカゼミロ、レナト・アウグスト、パウリーニョ、フェリペ・コウチーニョ、FWのネイマールとガブリエウ・ジェズス。それから、DFチアゴ・シウバ、MFフェルナンジーニョとウィリアン、FW フィルミーノ」と語ったものだ。

2月の時点で言い切ったことは、もちろんブラジル国内でも話題になったが、そのメンバーについては予想通り。当落線上で一歩リードと思われていたフィルミーノが、すでにチッチの中では確定していたことが、ニュースと言えば、ニュースだった。

チッチはこれまでも、メディアの無用な憶測に選手が巻き込まれかねない招集や起用には、先手を打ってきた。例えば、センターバックのレギュラーが、ミランダとマルキーニョスのコンビであることは、これまでの起用を見ていれば明らかだが、南米予選第17節では、スタメンをマルキーニョスからチアゴ・シウバに代えた。その際、チッチは「マルキーニョスとミランダはここまで8試合、一緒にプレーした。マルキーニョスとチアゴは、代表では1試合と半分。ミランダとチアゴは、試合の半分だけだ。だから、すべての組み合わせを準備しなければ。ケガや出場停止、技術的な問題など、この先、何が起こるか分からないんだから。」と説明。それにより、報道陣はスタメン変更の目的と、センターバック第3の招集枠がチアゴ・シウバであることを理解した。

スタメンをフェリペ・コウチーニョからウィリアンに代えた時も「どちらが出ても全体のシステムは似ているが、ウィリアンは縦への攻撃と、素早くスペースを突くことに長けている。コウチーニョはもっと組み立てるタイプだ。これまでコウチーニョと共に様々な経験を重ねてきたから、今度はウィリアンの番。2人どちらのパターンでも、良い準備をしておきたいんだ」と語り、それまで控えに回ることが多かったウィリアンも、いわゆる“控え”なのではなく、重要な戦力であることがはっきりした。

クラブと連携して選手たちの情報を細かく把握

2016年6月の就任からここまで、17戦13勝3分1敗で構築してきたチームに関し、チッチは歴代監督達への感謝を忘れない。

「私は良い遺産を引き継いだんだ。今のチームは、2013年の成功(コンフェデレーションズカップ優勝)と、2014年の不成功(W杯敗退)をベースにしている。それに、レナト・アウグストやアリソンが代表に定着しているのは、ドゥンガの遺産」

それに加え、チッチによって新たに招集された選手が期待に応えた。例えばガブリエウ・ジェズスは、フル代表デビュー戦で2ゴールを決め、その後、マンチェスター・シティへの移籍というキャリアの転換期も、その直後の右足骨折も乗り越え、ブラジル代表の主力にふさわしいプレーを続けてきた。

また、チッチによって代表復帰を果たしたパウリーニョも、その陰にある彼自身の不屈の努力に、日の当たる機会を与えられたものだ。2013年コンフェデ優勝後、コリンチャンスからトッテナムへの移籍を果たした彼は、1年目こそ活躍したものの、2014年W杯敗退後の2シーズン目は出場機会を大幅に減らし、中国の広州恒大へ移るに至った。W杯後は、代表からも外れていた。

しかし、チッチは彼を招集した。もちろん、コリンチャンス時代の彼をよく知っていたのもあるが、招集を決める前にはスタッフを中国に送り、その時点の彼の状況を確認した。視察したアシスタントコーチは帰国後、熱弁したそうだ。

「パウリーニョは技術的に非常に良く、2013年コンフェデ杯やコリンチャンス時代のようにプレーできる。しかも、フィジカル的にはもっと完璧な選手になり、もっと成熟もしている」

その成果が代表で発揮され、バルセロナ移籍にも繋がったのだ。そして、期待に応え続けることで、W杯出場枠も確実なものにした。

この2月、チッチと技術委員会スタッフは、総出で世界各国を飛び回っている。もちろん、まだ空いている招集枠の選手選考も目的の1つ。さらに、すでに選んだ選手達や、選ぶ可能性の高い選手達と共に、W杯に向けてより良い準備をするのも、大きな目的だ。

そこにも、チッチならではの手法が伺える。というのも、監督やアシスタントコーチ、または代表コーディネーター等が、試合や練習を視察したり、クラブを訪問するのは、どこでもやることだろう。しかし、チッチはさらにフィジカルコーチにも、国内外のクラブ訪問を託しているのだ。

その目的は、試合や練習を間近に見て、コンディションを確認するだけでなく、欧州のクラブとも連携を取って、W杯直前合宿のプランを練ることだ。そのため、招集予定の選手達に関し、この1年間を通したフィジカル面の記録、大小すべてのケガや痛み、日頃の個別トレーニングのメニュー、継続的に服用しているサプリなど、クラブでのあらゆる情報を共有しつつある。

競争の余地を残しつつ、進めるW杯への準備

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W杯直前合宿は、選手のメディカルチェックとフィジカルテストからスタートするが、そこに、1年間の継続的な情報を合わせることで、的確なチームと個別のトレーニングメニュー等を作成するのが目的なのだ。

W杯準備は、あらゆる角度から始まっている。そんな中で、チッチがすでに心に決めた選手の名前を公表するのは、選手に落ち着いて準備をさせるためにも、自然な流れだったのだろう。それで選手の気が緩むことはないと、信頼もしているはずだ。そしてもちろん「最後まで、すべての選手に扉が開かれている」と強調するのを忘れない。また例えば「左サイドバックには、マルセロ、フェリペ・ルイス、アレックス・サンドロと、3人の選手がいる」という風に、選手達の奮起を促すメッセージも、各媒体へのインタビューに、さらりと盛り込む。

チッチに、W杯の招集メンバー決定までの仕事の進め方を質問した際、こんなふうに語ってくれた。

「まず、たくさんのコーヒーを飲んでから(笑)、的確なことができるように、すべての時間を活かしたい。親善試合を活かしたいし、すべての選手達のクラブでの練習や試合を見ていきたい。あなた方メディアが、世界各地にいる選手の活躍を伝えてくれるのも聞きたい。可能である最大限を見て、最大限の情報を得たい。招集の日に、そこから取り出すんだ。

そして、人としても、可能な限り正しくありたい。全員を喜ばせることはできないが、少なくとも自分の中では、平和でありたい。できるだけのことはやったんだ、というふうにね」

現在は、W杯メンバー発表前に行われる最後のテスト、親善試合ロシア戦とドイツ戦に向けた、3月2日の招集メンバー発表が、国民の注目の的だ。確定している選手の好不調、残る招集枠争いの行方、サプライズ招集はあるか、また、例えば2014年を振り返り、ネイマール不在の可能性に向けた準備は……。W杯メンバーの一部を前倒しで公表してもなお、話題は尽きない。

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藤原清美

スポーツジャーナリスト。2001年からリオデジャネイロに移住し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材。特に、ブラジルサッカーの代表チームや選手の取材を活動のベースとし、世界各国を飛び回る。選手達の信頼を得た密着スタイルがモットーで、日本とブラジル両国のメディアで発表。ワールドカップ5大会取材。ブラジルのスポーツジャーナリストに贈られる「ボーラ・ジ・オウロ賞」国際部門受賞。