協会は「誰のために」存在しているのか?
「誰を見て運営をしているのか疑問を覚えませんか?」
前横浜DeNAベイスターズ球団社長で、アマチュアボクシングの経験もある池田純氏は、ボクシング連盟に関する報道に触れた率直な感想をこう述べます。
「報道されている“疑惑”はあり得ないことだらけですが、報道に対する対応はさらにあり得ないことだらけだと感じます。最初に、助成金の不正使用に関して『親心』と文書で弁明していますが、正式な文書でこういう言葉が出てくること自体、広報体制がきちんと機能しているのか疑わしくなります」
森正耕太郎会長代行と吉森照夫副会長兼専務理事の連名で発表された反論文書は、1時間後には「誤って作成途中の文章が掲載されてしまいました」として削除され、再び掲載された文書からは、「このことは会長としての私の責任であり、日本スポーツ振興センターやJOC(日本オリンピック委員会)に謝罪いたします」という一文が削除され、「ご報告補足」部分もカットされていました。
「文書には、『会長個人の利益ではない』とありますが、一連の問題においては会長個人の利益になっているように思われる方も多いでしょう。会長の言葉をそのまま受け取るなら、『“親心”で、JOCからのお金を勝手に分配した』ということになります。こうすることで会長に対して恩義を感じる人を増やしていくことが可能なわけで、これは金銭的な利益ではなくても、間接的に『会長個人の利益』につながっているということになるのではないでしょうか」
池田氏は、こうした反論弁明文書が「誰のため、何のために書かれているのか」が、相次ぐアマチュアスポーツ界の問題との共通点だと指摘します。
「『個人の利益ではありません』という言葉が、誰を守ろうとしているのかということですよね。会長代行、副会長、そして広報の担当者も、選手目線ではなく、協会を守る、会長へ忖度をしているように感じますし、同時に自分の保身を考えているようにみえます。つまり、目線が全て内向きなんだと思います」
会長、協会、そして自分たち。アマチュアスポーツ界の問題は対処が全て「内向き」であることが問題の引き金になっていると考えると、確かににうなずける部分があります。
内向きな組織が自浄作用を低下させる
「ボクシング協会も、レスリング協会、日大アメフト部でもそうですが、もはやその組織の中だけで済む問題ではありません。社会や外部の声を“外野”として扱い、対応している様子も多々見受けられますが、社会問題化している以上、内向き目線での対応は協会や大学、部の中では通用しても、世の中では通用しない。今回の諸々の問題が世間で大きく取り上げられているように、話題が組織の外に出てしまえば非常に厳しい目にさらされることになります。企業であれば考えられないようなことでも、スポーツの協会や部活動では頻発する。内向きで、閉じた社会で、社会の評価を蔑ろにしているような姿勢が当たり前のようになってしまっていることが大きな問題です」
スポーツ界が一般社会から切り離されて、狭い世界の中だけで運営されている。忖度やその業界内でしか通用しない常識が生まれる悪循環は、「内向き」であることでさらに深みにハマっていきます。
「日本のスポーツ界では、結局ストレートに物を言う人が、排除されてしまいます。マスコミでも、選手でも、率直に物を言うと異分子扱いされて排除されてしまったり冷遇されたりするんです」
内向きな組織では、諫言をした関係者や環境に対して意見をする選手、否定的な報道をしたマスコミなどは、無視されるだけでなく排除されがちです。
権限を持つ協会が、例えば理事を排除し、選手を冷遇、ときには出入り禁止にし、マスコミを閉め出す。一部の“権力者”に心地いい発言をする人で周囲を固め、批判的、否定的な意見がそもそも出ないようにする。本質的な意見をシャットアウトされていくことで、組織の「内向き加減」がますます加速していくという構図です。
「メディアも本質を突いたことを言えなくなり、温かいような、生ぬるいような話題に終始してしまうこともあります。例えば今回のサッカー・ワールドカップも、決勝トーナメントに進んだことで『よくやった!』というムードが支配的になり、結果的に1勝しか挙げられなかったことを指摘するメディアは少ないですよね。監督人事についても、組織的なことを含めて、しっかりと検証して次世代に繋げようという声もなかなか出てきません。それもやはり、批判的、否定的な意見は排除されてしまうから。スポーツ界はこの傾向が顕著なので、これからもこうした問題は続いていくような気がします」
「物言う」関係者や選手、マスコミを排除した結果、何が起きるのか? トップへの忖度、周囲に集まるイエスマン、自浄作用が働かない組織など、ボクシング協会に象徴されるような“ムラ社会”がそこかしこで生まれてしまっているのが現状なのです。
閉ざされた“小さな世界”からの脱却が望まれる日本のスポーツ界
「村田諒太選手が金メダルを取ったロンドンオリンピックでは、決勝になっていきなり会長の息子がセコンドについたそうですし、グローブの独占問題もボクシング界ではかなり知られた話だと、私ですら以前から耳にすることがありました。いまのスポーツ界の問題の根源は『内向き』な小さな社会、競技の中だけで構成される一つの小さな世界、小さなムラ社会になってしまっていることだと思います」
さまざまな問題が浮上し、“視界不良”のアマチュアスポーツ界ですが、このままでは競技人口の減少も懸念されます。
「煽りを受けて一番かわいそうなのは選手です。それぞれの競技界の現状に対して疑問を持っている選手は結構多くいます。しかし、意見をすることで、排除されてしまうリスクがある。芽が出ていたかもしれない選手が、ストレートに物を言ったことでチャンスを奪われたケースも数多くあるのでしょう。こうしたことを続けていたら、現役の選手だけではなくて、その競技をやっている子どもたちのためにもなりません」
閉ざされた内向きな組織が多いスポーツ界を適切に監視し、是正措置を執る存在として期待されているのが、2015年に設置されたスポーツ庁の存在です。
池田氏は、「各競技団体、協会を統轄する組織がなく、それぞれが独自の運営を行うスポーツ界にの“自治化した構造”“が一番の問題」とした上で、スポーツ庁のような統括組織に、権限や予算が増えていく形が望ましいと言います。
「スポーツ界にガバナンスを効かせて、健全な姿に変えていくためには、スポーツ庁のような組織が、統括できる予算と権限と権威を持つこと。スポーツ庁はまだ組織化されたばかりですが、統括機能を強化するために、権限や予算をしっかり確保する仕組みづくりが重要になるでしょうね。
周囲の声を排除するような小さな社会ではなく、情報開示、社会とのコミュニケーションが活発に行われるオープンな組織への転換。各競技団体は、批判・否定的な意見も含めてあらゆる意見を寛容に受け止め、考慮した上で共感を得られる対応ができる組織になっていけばいいのです。これからはファン、マスコミも含めて全員がオンブズマンとなり、周囲が常に監視の目を向けることが大切です」
スポーツ庁発足以前から脈々と独自の世界を築いてきた各競技団体、協会、連盟には負の側面だけでなく功もありますが、クローズドな空間で物事が決まる内向き体質が、今年になって噴出した諸問題の根源であることは間違いありません。
こうした問題を解決するのは、組織自体がオープンであることが最も重要だと池田氏は言います。スポーツ庁だけでなく、ファンや社会がスポーツを応援しながらも、その行動を適切に見守ることができるか? 相次ぐ不祥事や問題の露呈は、日本のスポーツ界が大きく変わる最後のチャンスになるかもしれません。
<了>
取材協力:文化放送
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毎週木曜日レギュラー出演:池田純
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