「早すぎる対応」に感じられる不自然さ

女子レスリングのパワハラ騒動の雲行きが怪しくなっている。日本レスリング協会が報道の出た翌2日(金曜)すぐ、「当協会が伊調選手の練習環境を不当に妨げ、制限した事実はございません。同様に、当協会が田南部力男子フリースタイル日本代表コーチに対し、伊調選手への指導をしないよう不当な圧力をかけた事実もございません」などと告発内容を否定した。
 
また産経新聞によると、警視庁の幹部も同じ2日、取材に対し、『伊調選手が練習先だった警視庁への出入りを禁止されていたとする告発状の指摘について、「警視庁が出入り禁止にした事実はない」と述べた。』と答えたという。
 
こうした素早い動きで、告発者側の言い分や世間で盛り上がる批判ムードを抑え込み、騒ぎがこれ以上大きくならないよう水を差す意図が感じられる。対応が素早いのは「いいことだ」という印象がある。だがこの短時間で一体、誰にどのように確認し「そんな事実はない」と断定したのか? 多くの人が不信を抱いただろう。こうした不可解な発表と否定こそが、パワハラ体質を投影しているとも感じられる。
 
パワハラの告発があったら、「パワハラを受けた」と訴える当事者の言い分をできるかぎり聞くのが「誠意ある対応」「双方が前向きな未来を見出すための基本」ではないだろうか。「パワハラをした」と告発された側は、自分たちの常識や思い込みを盾にせず、できる限り自分たちの思い込みや「常識」を取っ払い、「パワハラをされた」「そのために傷ついた」と訴える側の気持ちに寄り添う心構えが求められる。そうしなければ、会話が平行線で終始するのは目に見えている。権力を持つ側の論理を強く主張されたら、「権力者側の言い分が通ってしまう」。それこそが、パワハラが改善されない不毛なからくりだ。

公平性が絶対正義ではない「心の問題」を取り扱う難しさ

テレビなどの報道姿勢を見ると、「できる限り公平に」「両者の言い分をきちんと聞く」スタンスを基本にしている。それが報道の基本とされているから、そう配慮するのは当然とも思える。だが、パワハラ解決の場合もそれでいいのだろうか。
 
パワハラの告発があったら、両者を「公平」に扱ってはならない。公平はすなわち、権力者側にアドバンテージを与える場合がほとんどだ。だからまず、「パワハラを受けた」と訴える側の言い分を存分に聞く必要がある。その代わり、告発を受けた指導者や組織の側も、罰を受け、立場を失うなどの制裁を前提にするのでなく、それが明らかに犯罪レベルの悪質さでなければ、あくまでパワハラ問題解決の着地点は「謝罪と改善」でよいのではないだろうか。
 
パワハラは、受けた側が「受けた」と感じ、苦悩を感じたら「パワハラがあった」と認める姿勢で改善しなければならない。「そんなはずはない」とか、「その程度はパワハラじゃない」という思い込みがまだスポーツの指導者に根強くある。その思い込み、そういう指導者を「実績があるから」と容認する傾向を、いま断たなければならない。

告発の目的は本当に「パワハラの改善」なのか?

日本レスリング協会は3月5日に倫理委員会を開き、「第三者である弁護士数名にヒアリングを委託する」ことを決めた。
 
「第三者に」と言いながら、依頼するのは「聞き取り」だけで、その結果は倫理委員会を通して協会に報告されるという。この点も解せない上に、「なぜ、パワハラ問題の聞き取りを“法律の専門家”に任せるのか?」という素朴な疑問が浮かぶ。
 
林文部科学大臣が、「事実関係を明らかにしていくことが大事だという風に思っております」と報道陣の質問に答えている。このコメントも、文科大臣の発言としては、ずれている。いじめも問題の対応にも詳しいはずの文科相が、パワハラ問題に関してこのような発言をするだろうか?
 
改めてこの騒動を俯瞰すると、どうも腑に落ちない点がいくつか感じられる。「告発状」という名目も、パワハラの訴えとしては仰々しい。パワハラがあった、改善してほしい、という訴えならば、告発という言葉は強すぎる。また、もし週刊文春で最初に報道されたとおり、告発の主眼がパワハラの改善なら、日本レスリング協会の対応はあまりに堅苦しく、緊張感が走りすぎてはいないだろうか。
 
法律家を聞き取りの担当者に依頼しなければいけない、文科大臣が「事実関係を明らかに」と語る、もっと別の告発もその文章にはあったのではないかと推測した方が、全体がすんなり理解できる。だが、パワハラ以上の問題がまだ明らかにされていない現状では、あくまでこの告発のテーマが「パワハラ」であり、その改善だという前提で、提言を進めたい。

スポーツ界に蔓延する被害者と加害者の“共犯関係”

パワハラ問題は、「裁くこと、罰を与えることが目的ではない」。大切なのは、パワハラの改善。悩んでいる者が、快適な心の状態や行動環境を回復することが何よりの目的だ。
 
今回の騒動でもそうだが、とかく何か揉め事が起きれば「証拠を出せ」といった論理がすぐ出て来るが、パワハラの解決に、物的証拠など無用だ。なぜなら「心の問題」だからだ。その点も間違ってはいけないと思う。そしてもちろん、パワハラを告発された栄氏に対しても十分配慮し、改善を約束してくれたらそれ以上の責めを求めない、お互いに未来のある仕切り直しを着地点にする姿勢も大切だ。
 
自戒の念を込めての告白になるが、私は過去10年にわたって、少年野球のコーチ、中学硬式野球(リトルシニア)の監督を務めてきた。監督になったとたん、闘志に火が点いて、熱血な指導者になった。勝たせたい、選手を伸ばしたい「一心」で、言葉の暴力と言われても仕方のない物言いや処遇を選手や親に最初の数年間はしてしまっていた。それを悪いと思わなかった。「監督だから」「勝つためなら当然」、それを「正義だ」と思い込んでいた。一部の選手や親を苦しめ傷つけたことに残念ながら気づかない時期がしばらくあった。近くで見る家内に指摘されても、はねつけ、理解しようとさえ思わなかった。
 
しかし、世間の常識の変化を肌で感じるとともに、私自身が陰湿で執拗なパワハラを受ける経験に直面して、痛切にその卑劣さ、心身が壊れる寸前の苦痛を実感した。それをきっかけに、徹底して自分の中に流れる権力意識、「オレは間違っていない!」と正当化する思い上がりを否定し、行動の根底を変える努力を重ねた。その過程の中で、指導者の思い込み、スポーツ界を覆うパワハラの現実とそのカラクリを実感した。
 
この問題の根が深いのは、パワハラの被害者となる選手や親たちが、パワハラ的な関係を肯定し、「従えば強くなり、結果を出せるなら、喜んで耐え忍ぶ」という支配的な関係を受け入れることだ。パワハラをする側とされる側の間に合意があり、被害を受ける側と加害者の“共犯関係”が成立してしまっている。
 
「合意があればいいだろう!」との主張も根強いだろうが、今こそはっきりと「そうじゃない」と、新たな常識を共有すべきだ。
 
例えば、指導者の上から目線。「オレが教えてやる」「監督やコーチが上で、選手が下」「自分の言うことを聞けば上手になる」といった思い込み。成長期のある時期には有効かもしれないが、自我に目覚め、自分自身の主体性で才能を磨き始めた選手たちに必要なのは、こうした“支配関係”ではないだろう。
 
「ウチの子どもは殴ってもらって構いません」と、真剣な顔で言う親がひとりやふたりではなかった。体罰が「有効だ」「必要だ」との思い込みが、指導を受ける側にもある。その体質が蔓延している現状は深刻だ。
 
野球少年の激減が現実となり、野球界もようやく改善に向けて各所から声が上がり始めた。なぜ野球少年が減ったのか? それは例えばサッカー人気のためでなく、「こうしたパワハラ的な体質をいまも普通に継承する悪しき空気が自然と多くの親子の気持ちを野球から遠ざけている」という気づきも重要だと感じる。
 
パワハラは、パワハラをする側の常識で判断してはいけない。いま、スポーツ界の体質、指導者、選手、親たちの間違った思い込みを一掃し改革しなければ、スポーツはイジメやパワハラの温床になり続け、本来の社会貢献、心身育成の方向には向かわない。
 
<了>

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小林信也

著者プロフィール 小林信也

1956年生まれ。作家・スポーツライター。人間の物語を中心に、新しいスポーツの未来を提唱し創造し続ける。雑誌ポパイ、ナンバーのスタッフを経て独立。選手やトレーナーのサポート、イベント・プロデュース、スポーツ用具の開発等を行い、実践的にスポーツ改革に一石を投じ続ける。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』『長島茂雄語録』『越後の雪だるま ヨネックス創業者・米山稔物語』『YOSHIKI 蒼い血の微笑』『カツラ-の秘密》など多数。