旧体制からの転換期『日本版NCAA』

「ようやく動き出しましたね」
スポーツ庁参与で、設立準備委員会の主査としてこの会合に参加した前横浜DeNAベイスターズ球団社長、池田純氏は、日本の大学スポーツに大きな変革をもたらす『日本版NCAA』に期待を込めてこう語ります。

「まだ準備の段階ではありますが、やっと日本の大学スポーツが、“昭和的”な体制から総合的に、全体最適をもって発展していくために必要なものができるという期待はあります。大学単位、またはいくつかの大学が個別に活動していたこれまでの日本の大学スポーツが、大きく変わっていく発端のチャンスです」

『日本版NCAA』は、2016年に発表された『日本再興戦略2016』における「官民戦略プロジェクト 10」の一つに掲げられた「スポーツの成長産業化」に沿った構想です。スポーツを成長産業にするための柱として挙げられた「大学スポーツの振興に向けた国内体制の構築」が『日本版NCAA』の原型になっています。

2016年中には、「大学スポーツの振興に関する検討会議」が設置され、翌2017年3月には「最終とりまとめ~大学スポーツの価値の向上に向けて~」が公表されると、各方面からアメリカの全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association/NCAA)を参考にした「大学横断的かつ競技横断的統括組織」、通称『日本版NCAA』の誕生が待望されることになります。今回の会合は当事者が関わりを持つ具体的な第一歩となるものでした。

「始まったばかりというのは間違いありません。体育会や各部の意識、大学間の考え方など、いろいろな局面で乖離があると思います。まだまだ黎明期ですからね。致し方ないでしょう」

池田氏が“昭和的”と表現したように、日本の大学スポーツ界は戦前から続く長い歴史を持ち、プロスポーツとは異なる独自の発展を遂げてきた経緯があります。『日本版NCAA』の設立には、組織発足以前に大学の中でのスポーツの位置づけ、大学と体育会の関係、各部の考え、指導者、選手の関係など至るところで意識改革が必要なのは、多くの識者が指摘するところです。

「日大の悪質タックル問題に代表されるように、ある問題が起こると、指導者や選手といった個人や個々の大学の問題に終始しがちですよね。大学スポーツの問題を構造的に解決した上で、大学スポーツが将来的には収益化まで含めて本当に国レベルの産業へ発展していくためには、個々の大学が個別に対応している現状のままよりも、総合的に発展していく取り組みや継続性が必要でしょうね」

(C)Getty Images

NCAAがすべてを統括するアメリカと独立独歩の日本

池田氏は、『日本版NCAA』は旧来の大学スポーツの「構造転換」につながっていく発端だと言います。

「アメリカの大学スポーツでは、NCAAが最も権限を持っています。一方日本は、それぞれが独立していて、自由にいろいろなことを決めている状態で、さまざまな“部分最適”が起こりうる構造です。これからは“全体最適”をも考えていく構造が必要でしょう。さまざまなこれまでの歴史や権益などもあり、そう簡単には進まないでしょうが」

NCAAを頂点とする構造が確立しているアメリカの大学スポーツ組織に対して、各所にピラミッドが乱立している日本の大学スポーツ。こうしたいびつな構造は、さまざまな形で“ゆがみ”を生み出しています。

「大会運営にしても個別ですよね。野球を例にとると、全日本大学野球選手権大会があっても、一般の人はその大会の存在を目にすることはあまりありません。野球をやっている人は知っていても、一般の人は六大学野球くらいしか知らない。私も野球の世界に入りドラフトに関わるようになって初めて、日本の大学野球界の仕組みとリーグの力関係がわかったくらいですからね。陸上の箱根駅伝でも、レベルはともかく関東の大学だけに出場権がある大会であることを考えると全国大会ではありません。日本の大学スポーツの各リーグ、大会が、独自の大会を創出して歴史の中でその価値を高めてきたことは、それ自体は非常に素晴らしいことだと思います。しかし、大学スポーツ全体としての方針がないとどうしてもこれからの時代、“大学スポーツの発展”という総合的目線では齟齬が生じてくるのではないでしょうか」

大学スポーツ界としてどんな方針を持って市場として成長させていくのか? 池田氏は、大学スポーツがあくまでも「大学」のスポーツでありプレーするのが学生であることを忘れてはいけないと指摘します。

「大学でスポーツをやっていても、プロになれる選手は一握りしかいません。ほとんどの人が一般社会に出ていく中で、大学で何をやってきたのかはとても重要な問題です。

私は、大学時代にしっかりとした知識や教養を身につけなければいけないと考えています。現状は『一生懸命スポーツをやりました』ということが、例えば学業の面では大きな足かせになってしまうような状況も見られます。どんな困難にも耐えられるメンタルや、やり抜く力、スポーツで育つ人間力はたくさんあり、“ハード”をつくることはできますが、その“ハード”に埋めていく“ソフト”が足りない。大会が忙しくて授業に出られないという学生にどう対応していくのかは、各部、各大学の問題ではなくて、統括組織から考えていかなければいけない問題だと思います」

どんな組織も理念とビジョンなしでは目的を成し遂げられない

大学スポーツの問題がクローズアップされるたびに話題に上る『日本版NCAA』ですが、その具体的な機能や施策はまだ見えていません。一体何をする組織なのか?という素朴な疑問をお持ちの方も多いでしょう。池田氏は、必要なものだからと言って早急に組織を発展させても拙速になってしまう可能性があるとします。

「これは何十年の計、一大プロジェクトだと思います。ガラパゴス化した旧来の大学スポーツを全体最適な目線で変えるためには、理念やビジョンがとても重要になってきます。理解や共感にも時間がかかるでしょうね。大学の自治や各部の自主性、産業化に伴う行きすぎた商業主義や学業とのバランスなど、日本版NCAAを立ち上げるだけでもさまざまな障壁があると思います。それらを無視して、上からドーンと変えてしまうのは日本の社会には合わず、歴史を振り返ってもうまくいかない可能性が高いでしょう。大学スポーツが『ああ、本当に素晴らしい形になったね!』と言われるのは、数十年先ではないかと思います。理念やビジョンをきちんと描きながら、関わる人たちが納得する形で少しずつ積み上げていく。そういうことを続けていって初めて、今までになかったものを創り上げることができるのではないでしょうか」

大学スポーツ改革は数十年単位のプロジェクト。池田氏は、どんな組織でもスタートから理念とビジョンを明確にし、そこに寄与する施策をブレずに続けていくことが重要だと言います。

「“いろいろな大会がありすぎてわかりにくいという声があるから、既存の大会を廃止してすべてを統一しましょう”と言うのは簡単ですが、それに対する反発は当然出てくるでしょう。そのように無理やり既存のものに手を入れようとするのではなく、それはそれでいいのではないでしょうか。今までできなかったことを創り上げていくことの方が重要ですよね。新しいビジョンに沿った制度や新大会をつくっていくというのは一つの手段だと思います」

池田氏が例に挙げたのは、各大学への表彰制度です。7月24日の作業部会でも池田氏は以下のように発言しました。

「競技成績に基づいて部や選手を表彰するだけではなく、例えば今だったら『SNSで積極的な発信をしている大学』や、『コーチの研修制度を整備している大学』など、日本版NCAAの理念やビジョン、大学スポーツが発展していくためになる行動をした大学を、年間アワード制度で表彰するというのも必要だと思います。大会にしても、例えば既存の大会には見られないアジアやアメリカの大学との国際大会、将来的にはアジア版NCAAへと発展し、かつ将来的に収益化も見込めるような、理念やビジョンを実現する新大会を創設していくことが大切です。こういう試みを行うことで、世間の目が向くようになる。観たい、と思うような魅力のある大会が新たに生まれていくことも、大学のスポーツの産業化にもつながっていくと考えています」

スポーツ庁参与、設立準備委員会の主査として理念、ビジョンづくりに参画する池田氏は、今回の初会合でも『年間アワード制度』や世界大会『NCAA CUP』を提案していくと発表したそうです。
大きな可能性を秘めた大学スポーツの改革はまだ始まったばかり。スポーツ庁が推進する『日本版NCAA』は、来春の設立を目標にテーマごとの作業部会で議論を深めていくということです。来春までのどんな議論が行われるか、大学スポーツから始まる日本のスポーツ改革に注目です。

<了>

取材協力:文化放送

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