【後編はこちら】森保ジャパン成功のカギは? チームビルディング専門家が考える“チームづくり”の極意

FIFAワールドカップで2大会ぶりにベスト16へと進出した日本代表。再現性を持って次回大会以降に活かしていくためにはどうすれば良いのか? 前編では、チームビルディングの専門家として組織の成長理論を体系化し、『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀』の著者でもある楽天大学の学長、仲山進也氏に、ロシア大会での日本代表の躍進を“チームづくり”の観点から振り返ってもらった。後編となる今回では、森保ジャパン成功のカギを紐解く。(インタビュー&構成=池田敏明)

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チームの成長は、「イモムシがサナギになり、チョウになる」イメージ

――まず、“チームづくり”の視点を教えてください。

仲山 チームの成長は、イモムシがサナギになり、チョウになるイメージと同じです。そのまま3つのステージに分類します。イモムシが「グループ期」で、サナギが「カオス期」、チョウが「チーム期」です。つまり、「グループがカオスを経て、チームになる」という見方をします。
 グループ期は、リーダーの「指示命令」で動くステージです。カオス期は各メンバーが自分の意見を場に出し、「試行錯誤」しながら擦り合わせていきます。それによって「自分たちのやり方」が確立するのがチーム期です。
「ジャイアントキリング」が起こるのは、格上の方がイモムシ(グループ期)で、格下の方がチョウ(チーム期)になっているときです。チームづくりにおいてはイモムシのまま完成度を高めるという選択肢もありますが、イモムシ対イモムシの場合には大きい方が勝ちます。ジャイアントキリングは起こりません。

(C)仲山進也

 日本代表はワールドカップで過去5大会、ベスト16とグループリーグ敗退を交互に繰り返していますが、戦術面は置いておいて純粋にチームづくりの視点で観察すると、この「イモムシ・チョウ理論」でほぼ説明がつきます。

――チームづくりの視点から、日本代表や日本人を見たときの特徴はありますか。

仲山 日本人はグループ期にとどまりやすい性質があります。言いたいことがあっても空気を読んで黙っておこうとしたり、せっかくカオス期にさしかかって意見の対立が起こり始めても、「まあまあ、そんなこと言わないで」と仲裁してグループ期に引き戻したりしがちです。僕はこれを「グループ体質」と呼んでいます。海外では文化的に「自己主張から始まるのが当たり前」の国・地域が多いので、「カオス体質」です。
 日本代表がベスト16になったときはいつも、「選手だけのミーティングが白熱して本音を言い合った」というような、カオス期を超えてチームになれたエピソードがあります。逆にそれがないときはグループリーグで敗退しています。

日本代表の変化のきっかけは、「長友から本田へのダメ出し」だった?

――日本代表は本大会直前にヴァイッド・ハリルホジッチ監督から西野朗監督への交代劇がありました。このような事態が起こった理由はどこにあったと推測されていますか?

仲山 知り合いの記者から聞いた話をもとにすると、ハリルホジッチ監督は「選手同士で勝手に集まる話し合い」を禁止していたそうです。かつ、方針として「縦に速い攻撃」を選手に求めていましたが、選手が違う考えを持っていても対話によって擦り合わせるようなタイプでもなかったと。そうだとすると、みんなが意見を場に出して擦り合わせる「カオス期」には進まないので、「グループ期」のまま対立し、それぞれがうまくいかない理由を他人のせいにしやすい状況だったといえます。

――西野監督の就任以降、チームの雰囲気は大きく変わったと報じられています。

仲山 西野監督は選手たちの前で「自分は世界のことをよく知らない。みんなの意見を聞かせてほしい」と言ったそうです。これで何が起こったかというと、ベテラン勢がしゃべりたいことを自由にしゃべり始めたと。ただ、それはハリル式の締めつけがなくなっただけであって、全体としては「カオス期」には進まなかったようです。
 そして親善試合でガーナやスイスに敗れた後に「このままではいけない」という空気になって、選手全員で話し合いをする流れになった。ベテラン組だけではなく、それまで黙っていた中堅や若手選手も「このままではいけないから、自分が思うことはちゃんと言っておきたい」という状態ができた。みんなが自分の意見を場に出す「カオス期」に入り、話すことで“自分ごと化”が進むということが大会前に起こったのではないかとみています。

――その中でキーパーソンを挙げるとすれば、誰になるでしょうか。

仲山 スイス戦の後に長友佑都選手が本田圭佑選手にダメ出しをしたという報道がありました。「圭佑もまだまだ走らないといけない。もっとミスを減らしてくれないとチームも勝てない」と言ったと。もしかすると、そういう2人のやり取りをみんなが見ていて、「本田選手はそれぐらいのことで怒らないんだな」と理解したかもしれません。これに関して「心理的安全性」というキーワードを紹介させてください。

(C)Getty Images

――「心理的安全性」とはどういうことでしょうか。

仲山 Googleが社内でうまくいっているチームを研究していったところ、その共通点として、「みんなが言いたいことを言える関係性がある」という結論にたどり着きました。それが「心理的安全性」というキーワードとして話題になっています。思っていることを言っても攻撃されない、自分の立場が危うくならないというのが「心理的安全性」です。
 つまり、グループ期からカオス期に進むためには、心理的安全性が確立されることが重要ということです。そうすればみんなが自分の意見を言えるようになるので、自然とカオス期に移行するようになるのです。
 日本代表では、実質的なリーダー格である本田選手が意見を言われても怒らずに受け止めてくれるというのが分かったことで、中堅・若手選手にとって心理的安全性が生まれた可能性があります。

――2014年ブラジル大会の時は本田選手がアンタッチャブルな存在になっていて、なかなか意見できない状況だったと報じられていました。今回はそこが崩れたということですね。

仲山 崩れたというより、誤解が解けたという感じかもしれません。本田選手はもともと対話を好むタイプだと聞いています。
 ちなみに「アンガーマネジメントゲーム」というものがあるのですが、さまざまな「怒り」のシーンがカードになっていて、それぞれの状況に対してプレーヤーが実際どのぐらいイラっとするか、怒りレベル0〜10の中から当てるゲームです。それをやっていくと、「この人はここが地雷なんだ」とか「この人ってこういうときは怒らないんだ」というのが共有されていき、「だったらここまでは言っても大丈夫だな」という心理的安全性が構築されやすくなります。
 その意味では、長友選手が本田選手に対して強めの意見を言ったにもかかわらず、ちゃんと受け止めて建設的な方向にコミュニケーションを進めていく雰囲気になった。それで他の選手も「だったら言ってみようかな」という状況になりやすかったのではないでしょうか。

(C)VictorySportsNews編集部

ポーランド戦後のミーティングで、西野監督がさらした凹(弱み)

――ということは、「西野監督に変わったからうまくチームづくりが進んだ」というわけでもないと?

仲山 西野監督が就任して「自分は世界を知らない。みんなの意見を聞かせてくれ」と言った段階で「第1次心理的安全性」が生まれ、ベテラン勢がしゃべり始めた。これは西野監督の手腕です。
 その後、親善試合で連敗したことによって「このままではいけない」となり、長友選手が本田選手にダメ出ししたのを見て、下の年代の人たちも「これは意見を言わざるを得ないし、言っても大丈夫そうだ」となったのが「第2次心理的安全性」と位置づけられるかなと考えています。もし西野監督がそこまで意図的にデザインしていたとすれば、チームビルディングの達人だと思います。
 長谷部誠選手がワールドカップ後に出演したテレビ番組で言っていたのですが、初戦の2日前に選手だけでミーティングをして、その時に「今回のワールドカップに懸ける思いを一人ずつ言っていこう」と話したところ白熱し、「この選手ってこういうこと考えていたんだ」と思うような本音が交わされたと。本田選手も「犠牲心が大事。チームのためにすべてを出し尽くそう。気持ちを内に秘めるのではなく、遠慮せず言い合おう」などと言ったそうです。もしかするとこれが「第2次心理的安全性」だったかもしれません。こうして選手全員でカオス期に突入していきました。
 実は4年前にも長谷部選手が主導して、思いを言い合うミーティングは行われましたが、そのときは今回ほど白熱せず、グループ期のまま惨敗しました。両者の違いのポイントは「本音の意見を言い合うことで異なる意見が出て、それを擦り合わせるための対話が行われたか」です。

(C)Getty Images

――その後、初戦のコロンビア戦に勝利し、3戦目のポーランド戦で「負けた状態でボール回し」をしてグループリーグを突破し、ベルギー戦で好パフォーマンスを見せました。チームビルディング視点からは何が考えられるでしょうか。

仲山 ポーランド戦が終わった後のミーティングで、西野監督はいつもと違って選手だけではなくシェフや道具係も含めた全スタッフを集めて、「誇りを持てるような戦い方をさせられなくて申し訳なかった」と言い、選手からは「逆にそんな決断をさせざるを得ないような展開にした自分たちが申し訳ない」とのコメントがあったと。それによって「ベルギー戦で見返してやろう」という一体感が生まれたと、長谷部選手が語っていました。これがきっかけとなって、たぶんその後、全員または複数人ずつで集まって意見の擦り合わせが頻繁に行われたのではないかと思います。そういう背景があって「カオス期超え」が起こったから、ベルギー戦であれだけいい雰囲気で、いいパフォーマンスができたんじゃないかなと。
 この場面でのキーワードは「凹(弱み)をさらす」です。チーム期というのはジグソーパズルのようにメンバーの凸凹がうまくはまった状態になっています。でもグループ期では、みんな他人から攻撃されたくないから自分の凹を見せないように、いかに隠すかを頑張りがちなんですが、お互いに凹を隠していると凸のはまる場所が見出だせないから組み合わさりにくいんです。西野監督が自分から凹をさらして「みんなゴメンね」と言ったからこそ、選手たちが「いや、今度こそ俺たちの凸で埋めますから」という感じになりやすかったのかな、と考えています。

ハリルJAPANが低迷した理由は、「リーダーご乱心」状態?

――比較対象としてハリルホジッチ氏時代の代表チームについても伺います。本大会出場を決めたアジア最終予選のオーストラリア戦では、本田選手、岡崎選手、香川選手を先発から外したことでチームが躍動し、快勝しました。絶対的存在だった本田選手らを外したことがいい方向に進んだように見えたのですが、その後、低迷した理由はどこにあったと思いますか?

仲山 ハリルホジッチ監督は「規律を徹底した上で、コンディションのいい選手を集めて競わせたら、みんな頑張ってパフォーマンスが上がるだろう」という発想だったと思います。コンディションのいい選手を集めて、かき回して競争させて、天狗になりそうな選手や絶対的な選手がいたら外して、という「カオス」をつくりながら「伸びてこいよ」と成長を促す手法だと思います。「カオス体質」な選手が集まっている海外ではうまくいくのかもしれませんし、絶対的な存在によって硬直化していた組織に崩しを入れることで一時的に活性化するという場合にうまくいくことはあり得ます。
 でも、先ほどお話ししたように日本人は「グループ体質」なので、言いたいことを言わずに黙ってしまいがちです。若手・中堅選手は、せっかく試合に出続けられるようになって自分の立ち位置ができて、そろそろ意見が言えそうになってきたところでまた外されてしまうと、心理的安全性が確保されなくなります。そうするとみんな自分の立場を確保することでいっぱいいっぱいになるから、意見を主張し合うどころではなくなってしまいます。

(C)Getty Images

――ハリルホジッチ氏は、狙ってカオスを生み出そうとする監督ではあったように見えました。

仲山 心理的安全性がないままにリーダーが強制的にかき回すと、みんな心のシャッターを閉ざしてしまいます。それは「カオス期」でも何でもなく、単に「グループ期で心理的安全性のない状態」。僕はそれを「リーダーご乱心」と呼んでいます。

――ハリルホジッチ氏のままで結果を出すためには何が必要だったのでしょうか。

仲山 結果が出るパターンとしては、監督と選手が対立構造としてはっきり分かれて、選手が「自分たちだけでどうするか考えよう」となったら、それはそれで一体感が生まれた可能性はあります。ただ、監督が選手から「仮想敵」として見られると日本代表はチームとして一致団結する、というのは成功ノウハウとは呼べないかなと思います。

――西野監督も、メンバー確定時に“おっさんJAPAN”などと揶揄され、グループリーグ第3戦のポーランド戦の戦い方では批判も浴びました。そういった外的要因でチームに一体感が生まれたということも考えられると思います。

仲山 そうやって身内であるはずの国内で敵を設定するのって、ファシリテーションとして上策とは言えないと思います。ファンやメディアも含めて「チーム」になれたら、日本のサッカー文化はもっと深みを増すはずですから。

<後編へ続く>

取材協力:FROM ONE S.C.

後編はこちら(C)VictorySportsNews編集部

[PROFILE]
仲山進也(なかやま・しんや)
北海道出身。1999年、社員約20名(当時)の楽天株式会社へ入社。初代ECコンサルタントであり、楽天市場の最古参スタッフ。2000年に楽天大学を設立(学長)、2004年にヴィッセル神戸の経営へ参画。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員となり、2008年には仲山考材株式会社を設立(代表取締役)。Eコマースの実践コミュニティー「次世代ECアイデアジャングル」を主宰している。横浜F・マリノスでジャイアントキリングファシリテーターとしてジュニアユースの選手、コーチングスタッフなどへの指導を実践した経歴を持つ。著書に『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』、『あのお店はなぜ消耗戦を抜け出せたのか』、『組織にいながら、自由に働く。』がある。

森保ジャパン成功のカギは? チームビルディング専門家が考える“チームづくり”の極意

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池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。