(C)髙須力

セパタクロー王国タイにて

タイの日中は通年30度を超え、湿度も高い。トレーニングは室内で行われる。ウォーミングアップにはじまり、ポジション別の反復練習から試合形式のものまで。床面から発するシューズの摩擦音と、球を蹴るパシュッという乾いた音が交互に響く。

一枚の写真がある。たっぷりと汗をまとい恍惚の表情を浮かべる男の横顔だ。背後からは外光がもやっと漏れている。

――これは練習中でしょうか。上半身裸ですよね。

髙須 蒸し暑いのでけっこうみんな脱いでます。小学校の体育館みたいなところなので、空調がついてないんです。セパタクロー専用の体育館もあるのですが、別にクーラーがあるわけではない。かわりにでっかい扇風機が置いてあったりします。

――寺島武志選手は日本代表のアタッカーですが、日本人で唯一タイのプロリーグに参戦しているとか。

髙須 年に1度3ヶ月ほどの期間、タイのクラブチームに所属してプレーしています。タイリーグは前・後期に分かれていて、真ん中に中断期間があります。フルで6ヶ月間。年によって違うのですが、10チームくらいが総当たりのホーム&アウェー方式が主流です。

――3ヶ月限定とは?

髙須 寺島選手は神戸に本社を置く「阪神酒販」で実業団チームに所属しています。そこで仕事をしながらセパタクローをしているのですが、会社の理解もあって、毎年タイリーグに参戦しています。6ヶ月まるまる行くのは厳しいので、前期か後期のどちらか半分だけ現地チームに所属します。本人は挑戦と言っていますが、これをもう7年続けています。

――チョンブリ、ガラシン、マハーサラカーム、コンケーン…、所属したチームの本拠地ですが、バンコクに近いリゾート地から北部の地方都市までいろいろですね。チョンブリはパタヤビーチで有名です。

髙須 タイ在住の仲介者を通す場合もあるのですが、事前に参加可能なチームを探して契約するようです。契約といっても、サッカーのように契約書にサインして記者会見があるといったレベルではありません。彼の後を追うように短期ではありますが若手が武者修行にでることもあります。

――タイには企業のチームの他に、軍のチームがあるそうですが。

髙須 陸軍や海軍といった軍関係のチームは、タイの中でも強豪です。タイ代表は軍あがりの人も多く規律も厳しい。どんなにプレーが良くても不真面目な選手は容赦なく外されてしまう。逆に言えば、上手い選手がそれだけたくさんいるということかもしれませんね。

(C)髙須力

街角の愛好家とタイリーグ

セパタクローは東南アジア発祥の籐や竹で作られた籠様(よう)の球を使ったゲームだ。それがルール化されて東南アジア諸国にひろまり、「セパタクロー」という名前に落ちついた。「セパ」はマレー語で「蹴る」、「タクロー」はタイ語で「ボール」を意味する。バドミントンと同じコートでネットをはさんで行われる。足や腿または頭を使ってボールを相手コートに蹴り入れる競技だ。バレーボールと似ている。競技用のボールはプラスチック製である。

――セパタクローでタイは王国と呼ばれているそうですね。強さの理由は競技人口の多さでしょうか。

髙須 層は厚いですよね。今でこそサッカーの方が人気もありますが、草セパタクローはまだまだ盛んです。タイ人の男だったら一度はあの球を蹴ったことがあるはず。遊びの一環ですね。

――町のいたるところにセパタクローコートがあるようですが。

髙須 住宅街や駐車場、空き地や校庭にふつうにコートがあります。日本でいうワン・オン・ワンのバスケットコートみたいな感じです。タイでは中高年の男性でもやるんですよ。みんな子供の頃からセパタクローに親しんでいます。

――土ならともかく、コンクリートのコートでもローリングアタック(サッカーでいうバイシクルシュート。空中で一回転する)とかやるのですか? 怪我しそうですけど。

髙須 やってますね。さすがに中年のお腹の出たおじさんはシザースという回転しない蹴り方ですが。ゲームは、3人1組で対戦するのが「レグ」、ふたりが「ダブル」、「クワット」という4人1組の競技も最近生まれました。

――リーグのお客の入りはどうなんでしょうか。

髙須 タイでも観戦者は限られています。大きなスタジアムではないので数百人レベルです。例えば、世界選手権でも、試合会場は大きいショッピングモールの中に作られたりします。催事場にコートを4面とって、客席は仮設スタンド。リーグの場合は自分たちの本拠地で試合をするので、地元のファンが見に来ます。テレビ中継やインターネットでの中継もあります。

代表という特権階級と日本人選手の苦悩

タイのセパタクロー選手の年棒はピンキリである。それでも、プロであればそれだけで生活できるほどには稼げる。一番いいのは代表選手になることだ。「代表に定着する」というのが1つのステータスになっている。給付金の他にアジア大会での報奨金が良いと言われている。プロリーグはある程度バランスを取るために、1つのチームに代表選手を2人までしか登録できない規則を作っている。なので、一人勝ちするようなメガクラブは生まれない。

――クラブチームは何人くらい選手を抱えているのですか?

髙須 15〜6人でしょうか。例えば、寺島選手のアタッカーというポジションは、レギュラーで試合に出るのは3人だけ。 彼が4番手なのか5番手なのかで、そのシーズン出られるかどうかの状況が変わってきます。どのポジションも5人はいるので、全部で15人くらいが普通です。大会で団体戦に出る場合は、最低でも9人いないとエントリーできません。

――セパタクローに限らず、その競技の強豪国に出向いた場合、クラブにも客にも“認められない”ということがよくあります。本当に実力がない場合は仕方がないけれど、競技後進国ゆえに“なめられる”こともありますよね。サッカーだと、ぜんぜんボールが回ってこないとか。

髙須 寺島選手もその種の悩みはあったようです。彼の場合、落ち込むというよりは冷静に分析している印象で、最近はこれまでの経験が活きているのか、そのあたりの対処法も身に着けたようです。

――同じ実力ならば自国の選手を使う。外国人はインターンではなく、助っ人でなければ意味がありません。

髙須 だから、チーム選びにも注意が必要です。強過ぎると試合に出してもらえない。弱過ぎると、たとえ試合に出れてもまともに練習しないチームだったりすることも。その辺のさじ加減が難しいとのことです。

――寺島選手はタイ語でコミュニケーションしているのでしょうか?

髙須 そうです。日本で勉強して、あとは現地で覚えたんだと思います。最初は大変だったと聞きましたが、今は日常会話で困っている様子はありません。それでも、気持ちの距離を感じることはあるそうです。もちろん、フレンドリーな仲間もたくさんいるようですが。

(C)髙須力

日本のセパタクロー事情

セパタクローの選手にはサッカー経験者が多い。寺島武志も9歳でサッカーを始めた。小学5年から高校1年まで、東京にある名門ユース「三菱養和」でプレーした。全国大会で優勝したこともある。

髙須 日体大に入ったときに、この先サッカー選手としてどこまでやれるのか。そういうのを考えていたタイミングで、大学のセパタクローサークルに顔を出したのがきっかけのようです。当時は「頑張れば誰でも日の丸を背負えるよ」というのが口説き文句だったみたいです。アスリートにとって「日本代表」は特別な響きなんだと思います。それでやってみようと思ったそうです。

――寺島選手がタイでプレーすることで、他の選手への刺激は相当ありますよね。

髙須 これは代表監督が言っていたのですが、例えば海外の選手は同じサーブにしても、特殊なクセのある回転だったり、球の重さなど日本にはない要素をたくさん持っているそうです。そういうのを寺島選手は7年間継続して経験しているので、自然と対応力が出来ている、と。

――世界最高峰のプレーと3カ月間、毎日接する機会があるわけですね。

髙須 タイのレベルは圧倒的です。どこの国も勝てない。アジア大会は実質上セパタクローの最高峰の大会なのですが、タイが強すぎるので、一カ国4種目中2種目しかエントリーできません。全種目にエントリーできるようにすると、すべてタイが優勝してしまうんです。それだと競技自体が盛り上がらないので、苦肉の策で作り出されたルールです。それほど強いんです。

そんな高レベルのセパタクロー強国に行けば、日本で得ることのできない経験がたくさんできる。それをまた日本にフィードバックさせる。そういうのもあると思います。

<後編へ続く>

後編はこちらから

◆髙須力写真展『夢を跳ぶ。寺島武志、セパタクローに生きる』
 2018年9月28日(金)~ 2018年10月11日(木)
  富士フイルムフォトサロン 東京 スペース2
 2018年11月30日(金)~ 2018年12月6日(木)
  富士フイルムフォトサロン 大阪

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[PROFILE]
髙須力(たかす・つとむ)
1978年、東京都出身。JCII主催「水谷塾」3期生。2002年に独学でスポーツ写真を始める。サッカーを中心に様々な競技を撮影。ワールドカップは2006年ドイツ大会以降、4大会連続で取材中。ライフワークとしてセパタクロー日本代表を追いかけている。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。撮影作品に『浅田真央公式写真集 MAO』『寺川綾公式フォトエッセイ夢を泳ぐ。』など。

寺島武志(てらしま・たけし)
1982年、東京都出身。阪神酒販Dee’s TC所属。小学校から高校までサッカーに打ち込み、中学3年時に三菱養和SCで全国優勝を果たす。日本体育大学に入学後、セパタクローに転向。競技歴半年で日本代表候補に選出されて以降、17年間日本代表のアタッカーとして活動。4年に1度のアジア大会に4大会連続出場し、計4つの銅メダルと1つの銀メダルを獲得。2010~2017年までセパタクローの本場タイのプロリーグに参戦。

【後編はこちら】『セパタクロー』の知られざる厳しい世界 スポーツ写真家・髙須力が見つめる究極の球技の未来

セパタクロー王国タイに飛び込んだ日本代表アタッカー寺島武志の日常。そこに見えるタイの風景に触れた前編。続く後編ではアマチュアスポーツとしての厳しさと、それを追う髙須氏の表現者としての苦悩、間もなく開催される写真展『夢を跳ぶ。寺島武志、セパタクローに生きる』についても語ってもらった。(取材・文=いとうやまね)

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いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。