タイで飛躍的に増加したJリーグの情報量

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印象的なシーンがある。10月30日、月曜日の午前8時過ぎ、タイの大手民放チャンネル3の人気ニュース番組「ルワンラオチャオニー」は、プラユット・チャンオチャ暫定政権首相のテレビ演説に切り替わった。

プラユット首相は国民に向けて、昨年亡くなったプミポン前国王の葬儀が29日までに終わったことを話し、関係者やボランティアに感謝の意を表した。そして番組が再開されると、話題はスポーツへ。イングランド・プレミアリーグなどのヨーロッパのサッカー、F1、テニス、ゴルフに続いて取り上げられたのが、なんと29日に行われたJリーグ第31節の札幌対鹿島アントラーズの試合だった。

番組はこの試合の全ゴールシーンを流し、スポーツキャスターはチャナティップが90分プレーしたこと、敗れたものの札幌はあと1試合勝利すれば残留が確定することにも触れた。その日、Jリーグに関してはこの試合だけが紹介された。もっとも毎試合というわけではなく、清水エスパルスに勝利して肝心の残留を決めても取り上げないなど、番組構成上の都合があることが伺える。それでもJリーグの試合のハイライトが、タイの人気番組で流れたこと自体、チャナティップ移籍の効果の一つと言えるだろう。

現に札幌を軸にして、Jリーグに関する情報量はタイで飛躍的に増加した。タイの大手スポーツメディア・サイアムスポーツは札幌に記者を常駐させ、チャナティップの動向や監督、選手の関連のコメントなどを連日タイに伝えている。それらの情報は時に他媒体にも“流用”され、インターネットを中心にチャナティップの話題がいくつもの媒体に広がっていく。試合ともなれば相手チームの情報もメディアに載る。そして試合後にはチャナティップのプレー動画がSNSで瞬く間にシェアされていく。

また、チャナティップが折々にアップするインスタグラムのフォロワーは190万を越える。さらに交際中の女優メイことピッチャナート・サーカーゴーンのフォロワーに至ってはチャナティップを上回る300万となっている。札幌を訪れたメイがその模様をアップすれば、もはやサッカーファンに留まらない波及力を持つ。MayJay Channelなるフェイスブックページ、ユーチューブチャンネルも開設され、札幌などでの二人のよりラフな様子が動画などで紹介されている。二人がメディアそのものになって、情報を拡散してくれているのだ。

チャナティップの移籍に合わせるように、タイでは大手有料放送トゥルービジョンによるJリーグの中継が5月からスタートしている。J1は毎週3試合、J2は1試合という構成だが、トゥルービジョンではインターネットでも視聴できる無料放送チャンネルのトゥルー4Uで、積極的に札幌の試合を放送している。このトゥルー4Uで常時放送されているサッカーの試合は、タイリーグを除けばJリーグ、しかもほとんどが札幌の試合。それだけ破格な扱いとなっている。

2019年までのJ1、J2の海外放映権はフランス系のラガルデールスポーツアジアが保有している。ただ実際は、全試合を衛星にあげるとコストが膨らむため、各節4試合か5試合に抑えているケースが多いという。そのためトゥルービジョンとしては、まず札幌の試合をその中に選んでもらわなければならない。トゥルービジョンはラガルデールに札幌の試合を衛星にのせるようリクエストはしているという。コンテンツとしての魅力は認められつつある。

J1でのタイ人対決が次なる起爆剤となるか

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一方で、注目を浴びるということは、それだけ様々な視線が向けられる側面もある。チャナティップが試合に出始めた当初、タイで特に目立った論調が“なぜボールを受ける回数が少ないのか”といったものだった。私もタイ人記者から同様の事を聞かれたことがある。チャナティップが第20節のセレッソ大阪戦で初アシストを記録した際には、多くの祝福に混じって、なぜ得点者はチャナティップにもっと感謝しないのか、といった声もSNSで一部ながら起こった。また、先述したチャンネル3のスポーツキャスターは「チャナティップはもっと良いチームに行ける」と別媒体に書いたことがある。

タイで屈指の戦力を誇る所属元のムアントンユナイテッドと札幌では、試合展開も戦術も異なる。また、チームがまだビハインドを追っている中で、喜びなどを大きく表現するのは無理があるだろう。チャナティップにかけるタイ人の期待の大きさの裏返しとも取れるが、そういったこともある中で、彼はチームのために必死にプレーしていることを理解してもらえればと思う。  

残留を果たし、チャナティップが来季もJ1でプレーできるとなれば、次なる人気起爆剤はJ1でのタイ人対決だろう。左足のキックに定評のあるタイ代表のティーラトン・ブンマタン(ムアントンユナイテッド)に関しては以前、セレッソ大阪がチームにコンタクトを取ってきたとタイでは報じられた。また、最近では同じくタイ代表のエースストライカー、ティーラシン・デーンダー(同)にも移籍の噂があがり、Jリーグ入り目前と言われている。

チョンブリFCの期待の若手ウォラチット・カニッシーバンペンは10月、J2の大分トリニータに練習参加している。その他にも、タイの若手を中心に“Jリーグのチームが関心”といった記事がタイで何度か踊った。この原稿を入稿した時点でまだ正式に発表された話はないが、チャナティップの活躍によってJリーグでタイ人獲得熱が高まったことは確かなようだ。

チャナティップのほかにも、今季はJ3の鹿児島ユナイテッドでシティチョーク・パソが、FC東京U-23ではジャキット・ワクピロムがプレーし、タイでJリーグへの注目はかつてなく高まっている。ただ、これらの熱狂がイタリア・セリエAのペルージャに中田英寿が移籍した時に匹敵するかというと、現時点では否だろう。タイの人たちはチャナティップらに高い関心を向けながらも、自分たちのペースを決して崩さず、温かく見守っているように見える。だからこそ、来季もサッカーを通じて日タイの交流が着実に、そして幾重にも増し、双方にとって実りあるものになることを願ってやまない。

チャナティップ効果で、タイのJリーグ人気は爆発するか? 

5月18日、タイの有料テレビ最大手トゥルービジョン(以下トゥルー)がJリーグの試合を放送することを発表した。タイ人Jリーガーの誕生と相まって、今回の放映がタイでの人気拡大の起爆剤となるか注目される。プレミアリーグが絶大な人気を誇るタイで、Jリーグは人気をつかみ取れるか。

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長沢正博

ライター、編集者。バンコク在住。1981年、東京生まれ。大学時代に毎日新聞で学生記者を経験し、卒業後、ウェブ制作会社勤務などを経て、ライター業に従事。 2012年からタイに移り、現地の日本語情報誌の編集に携わってタイのビジネスシーンなどを取材する傍ら、タイのサッカーを追い、日本のウェブサイトなどにタイの サッカー情報を寄稿する。中学、高校時代のポジションはGK。