前編はこちらから(C)髙須力

10年空いたら競技が消滅する

――インドネシア開催のアジア大会で、セパタクロー日本代表は素晴らしい成績を残しました。クワッドで銀、ダブル団体で銅です。このメダル獲得は絶対的な使命だったということですが。

髙須 日本のセパタクローは特殊な立場にあるんです。サッカーならば、たとえワールドカップの本大会に出られなくても、サッカー自体がなくなることはありません。イタリアだってイングランドだって出場を逃しましたが、それでもちゃんと文化としてのサッカーがあるから、競技自体が極端に衰えることはない。世代交代で失敗したとしても、少し人気に陰りが出る程度です。

セパタクローの場合、それをやってしまうと競技が途絶えてしまいかねない。そういう危機感は常に持っていると思います。

――アマチュアスポーツ特有の危うさがありますね。

髙須 彼らは毎回結果を出さなければならない。だからアジア大会にかける思いが大きいんです。選手たちはアスリートとしてメダルが欲しいという以上に、セパタクローの輪を広げるために必死にやっている。メダルを獲れば取材もされる。それを見た若い選手たちが、自分もって思うかもしれない。

――日本では大学生から始める選手が多いとか。

髙須 そうです。入学してからなので4年間はプレーします。でも、セパタクローの感覚は8年くらいやらないと掴めないらしく、大学4年間だけではその入り口あたりで終わってしまいます。卒業年までに日本代表に手が届くレベルにならないと、そのまま競技生活を終えてしまう選択になる。実際、卒業後まで第一線で競技を続ける選手は多くないです。

最近は、若年層に早めにセパタクローという競技に接してもらえるよう、セパタクロー協会が講習会を行っているようです。草の根活動です。

――指導者をタイから招くことはあるのですか?

髙須 日本でリーグや実業団が充実していて、環境が整っていれば、タイから選手や指導者を招くこともできると思います。ちょうど卓球の中国人やサッカーのブラジル人のような感じですね。彼らが日本に技術を伝えてくれる。

ここ10年くらいでタイ人のコーチが海外で代表チームやクラブを指導することも増えたそうです。例えばタイ人コーチを招いた韓国代表は、それこそ、ここ数年でタイに肉薄するような試合をするほどレベルアップしています。

日本でも、これまでずっと開催していたオープン大会にマレーシアのチームを呼んだり、データ分析を取り入れたりと、新しい試みを続けています。

――8年後に名古屋でアジア大会があります。 大会自体は4年に1度ですが、8年後は自国開催です。

髙須 そこに向けてどうするか、というのが始まっています。8年後の大会が、その後に続く分水嶺になると思うので。

――まだセパタクローそのものを知らない子供たちが名古屋で代表選手になるかもしれませんね。

(C)髙須力

写真家の見たセパタクローと自己の壁

――今回、過去5年に渡って追い続けたセパタクローと寺島武志選手を題材に写真展を開催されます。高須さんとセパタクローの出会いとご自身のこと。そして写真展の内容について少しお話しください。

髙須 最初はスポーツライターの岩本勝暁さんに紹介されて、2004年に初めて国内取材をしました。その2年後にタイリーグに挑戦していた寺本進さんを現地で取材しました。ちょうどその頃フリーになったのですが、そのひたむきな想いに共感する部分が多く、興味を持ちました。でも、2010年くらいまでは実績を積むことで頭がいっぱいで、大会には年に1度行くかいかないかほどでした。

写真家という職業についてですが、本来ならば子供のときからカメラに触れていたりとか、芸術系の学校で仲間から影響を受けたとか、アシスタントで下積みして…、というのが筋だと思います。でも、僕はもともとライター志望で、写真を始めたのが24歳と遅かったんです。なので、何かにテーマを限定して撮るという気持ちの余裕がなかった。今、思うと写真に対して“軽かった”と思います。

自分の作品に対して「何かが足りない」と言うのはずっと感じていたのですが、それを騙し騙しやってきて、10年めくらいで「これはヤバイ、そろそろ騙しきれない」と焦っていました。

(C)髙須力

同業の先輩にも相談して、ひとりで考え込んだりするうちに、自分の写真を変えるには「被写体と向き合う」という写真家として当たり前のことに挑戦するしかない、とやっと気が付きました。それには、自分が人間として成長しなければならないとも。

――そこにかつて出会ったセパタクローがあり、寺島選手という被写体があった。

髙須 被写体を色々考えたときに、「はっ」と思い出し、協会の方にすぐに連絡しました。最初は日本代表という大枠で写真を組もうと考え、何人かの選手には実際にプライベートも撮らせてもらいました。でも、「それだとテーマがボヤケて伝わらない」と尊敬する写真家からアドバイスをもらい、寺島選手ひとりに焦点をあてることにしました。

――寺島選手に絞って撮るにあたって、逆に難しさもあったと思います。

髙須 僕は被写体とは距離を置きたいといつも思っています。例えば、負けて悔しがっている選手の目の前でシャッターをきるとき、すごく申し訳ない気持ちになりますが、面識がなければ「ごめん、これが仕事なんで」と割り切ることが出来ます。

そういう意味で、寺島選手との距離感は難しいものでした。一緒に酒を飲みに行くこともあったし、タイでは2人きりのことも。「何でも撮ってください」と言われたものの、どうしても近距離で正面に回り込む勇気がなかった。もともと人見知りという性格もあって、被写体と向き合う難しさを感じました。

ある時、意を決して「このままだとこれ以上の写真は撮れない。これからもっと突っ込んでいくから、よろしくお願いします。撮られたくない時とかあると思うけど、ガツガツいくから」と宣言しました。

――寺島選手の反応は?

髙須 「わかりました」ってすぐに言ってくれて。そこから写真が少しずつ変わってきたと思います。結局、ここまでくるのに5年かかりました。

――寺島選手あっての高須さんですね。

髙須 寺島選手とセパタクローの選手、関係者全員ですね。彼らを題材にした写真展をやる時には、ちゃんとしたギャラリーでやらなくてはと心に決めていました。そしてタイトルには必ず「セパタクロー」という文字を入れことも。写真展の情報と一緒に「セパタクロー」の文字を世間に少しでもアピールしたいと考えていました。

合宿では一緒に雑魚寝もさせてもらい、朝ご飯や、お風呂にも一緒に入りました。若手からすると面倒くさいおじさんだったと思うのですが、それでも仲間として受け入れてもらえたのが本当に嬉しかったです。寺島選手をはじめとして選手たちには感謝しかありません。

――被写体と写真家自身。その生き様と成長が見てとれる写真展ですね。

髙須 もともと彼らの生き方に共感して撮り始めまたのでそういう部分もあるかも知れません。でも、ドキュメンタリー作品で撮り手が被写体に自分を重ね合わせるのは最低の行為だとも言われます。撮り手の自己満足でしかないと。そういう意味では、今回の作品は寺島選手のドキュメンタリーとしては成立していないかもしれません。

それでも、好きなことを頑張っている。頑張るってことはとても大事で、大事なのだけど好きなことを続けるのは大変で。そして、大変なことをやるからこそ“意味がある”。そこは間違ってないと考えます。そういうのを写真から感じ取ってもらえたらなと。セパタクローを通じて伝えたいと思っています

<了>

◆髙須力写真展『夢を跳ぶ。寺島武志、セパタクローに生きる』
 2018年9月28日(金)~ 2018年10月11日(木)
  富士フイルムフォトサロン 東京 スペース2
 2018年11月30日(金)~ 2018年12月6日(木)
  富士フイルムフォトサロン 大阪

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[PROFILE]
髙須力(たかす・つとむ)
1978年、東京都出身。JCII主催「水谷塾」3期生。2002年に独学でスポーツ写真を始める。サッカーを中心に様々な競技を撮影。ワールドカップは2006年ドイツ大会以降、4大会連続で取材中。ライフワークとしてセパタクロー日本代表を追いかけている。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。撮影作品に『浅田真央公式写真集 MAO』『寺川綾公式フォトエッセイ夢を泳ぐ。』など。

寺島武志(てらしま・たけし)
1982年、東京都出身。阪神酒販Dee’s TC所属。小学校から高校までサッカーに打ち込み、中学3年時に三菱養和SCで全国優勝を果たす。日本体育大学に入学後、セパタクローに転向。競技歴半年で日本代表候補に選出されて以降、17年間日本代表のアタッカーとして活動。4年に1度のアジア大会に4大会連続出場し、計4つの銅メダルと1つの銀メダルを獲得。2010~2017年までセパタクローの本場タイのプロリーグに参戦。

【前編はこちら】『セパタクロー』日本代表エース・寺島武志の生き様 スポーツ写真家・髙須力が追う究極の球技の世界

東南アジアで圧倒的な人気の球技、セパタクロー。インドネシア開催のアジア大会で、セパタクロー日本代表「猿飛ジャパン」は銀と銅ふたつのメダルを獲得した。セパタクローは五輪競技ではない。マイナースポーツと言われる所以である。そのセパタクローの日本代表チームとひとりの選手に密着した写真展『夢を跳ぶ。寺島武志、セパタクローに生きる』が9月末から東京ミッドタウンの富士フイルムフォトサロンで開催される。写真家・髙須力が魅せられたセパタクローの世界観と日本代表アタッカー寺島武志の生き様について、前・後編に渡って髙須本人に語ってもらった。(取材・文=いとうやまね)

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スポーツ写真家・高須力が描く『フィギュアスケート写真』の世界(前編)

アスリートの見せる情熱や興奮、その躍動感や静寂を追い求める写真家・高須力。様々なスポーツ誌の表紙や巻頭を飾る髙須氏の仕事を紹介したい。第一回は、羽生結弦、浅田真央といったトップスケーターに迫った「フィギュアスケート写真」について。第二回は、間もなく開催される写真展に焦点を当て、髙須氏のスポーツ写真哲学に触れる。

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スポーツ写真家・高須力が描く、アスリートの『情熱の欠片』(後編)

スポーツ写真家・髙須力のインタビュー後編は、作品に対するこだわりと哲学について。全国4か所で開催される写真展『THE AMBIENCE OF SPORTS 2013-2017 情熱の欠片』は、5年間に撮影された様々な競技の中から“ブレ”という手法に焦点を当てた作品群である。その魅力を語ってもらう。

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日本セパタクローの新たな挑戦 過去最大規模の大会を開催

日本のセパタクローが新たなステージへ挑戦する。来る3月18日(土)、国内初となるグランドチャンピオンシップ 2017を開催。舞台は、国立代々木競技場第二体育館。3000人収容のアリーナは、過去の国内大会を振り返っても最大規模だ。ここに強豪国のマレーシアからクラブチームを招聘、日本のトップチームと史上最高峰のバトルを繰り広げる。

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元J1札幌の石井謙伍がタイで見る風景 目指すはアジアの舞台で古巣と対戦

今季、ティーラシン・デンダー(サンフレッチェ広島)ら計5人のタイ人選手がJリーグでプレーし、話題を集めている。一方で、Jの舞台からタイに活躍の場を移した日本人選手もいる。元北海道コンサドーレ札幌の石井謙伍。札幌や愛媛FCで計13シーズンを過ごし、今年からタイのサムットサコンFCでプレーする彼の挑戦に迫った。(文=長沢正博)

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チャナティップの活躍が、すべてを変えた。Jリーグのアジア戦略に迫る

発足から26年目のシーズンを迎えるJリーグは、11年ぶりに総クラブ数の増減なしと表面的には変化のない、静かなスタートを切りました。そんななか、話題を呼んだのが一挙5選手に増えたタイ人Jリーガーの存在。今季から広島に加わったティーラシン選手が開幕戦でゴールを決めるなど、存在感を見せています。アジア戦略の一環として2012年からタイを始めとするアジア各国とJリーグの連携を進めてきたJリーグマーケティング海外事業部の小山恵氏に聞きます。(取材・文:大塚一樹 写真:松岡健三郎、VICTORY編集部、GettyImages)

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タイ人選手のJリーグ加入は今後も続くか。チャナティップ効果で高まるタイ人選手の注目度

タイ代表のチャナティップ・ソングラシンが今年6月から北海道コンサドーレ札幌に1年半の期限付き移籍で加わった。すっかりスタメンに定着し、チームのJ1残留にも貢献。さらなる活躍に期待が高まっている。タイで抜群の人気を誇る彼の日本でのプレーは、どのようにタイで伝えられ、タイ人にどんな反応が起きているのか、その一部始終を追った。(文=長沢正博)

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いとうやまね

著者プロフィール いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。