羽生結弦、世界初となる4T+3Aを着氷、ルール改正後の世界最高得点でシニアグランプリ初戦初勝利

グランプリシリーズ第3戦のヘルシンキ大会で注目されるのは何といっても、羽生が9月のオータム・クラシックからどこまで調子を上げてきたかである。また、決まれば世界初となる4回転トーループ ー トリプルアクセルの連続技の成否にも注目が集まった。
本大会に向けより高い得点が出る構成に変更したショートでは、後半のジャンプでやや着氷が乱れた他は、ほぼパーフェクトな演技でルール改正後の世界最高得点となる106.69点を叩き出した。
フリーでは4回転ジャンプで回転不足を取られたものの、世界初となる4回転トーループ-トリプルアクセルを含めすべてのジャンプを着氷し、190.43点、合計297.12点、2位に圧倒的な差をつけて優勝した。
なお2位にはチェコのミハル・ブレジナ、3位に羽生と同じクリケット・クラブに籍をおくチャ・ジュンファンが入った。カナダ大会に続いて表彰台に上った成長著しいチャだが、羽生とは公式練習中も和気あいあいとした雰囲気を醸し出していた。リンクサイドに戻ったチャが羽生の横で、彼のエレガントな挨拶の所作を真似ると羽生が手本を示すような一幕もあった。
プログラムはよい仕上がりになっておりそれを試合で出すのが目標だったという田中刑事は、ジャンプのミスが響き7位となったショートの後で「1本目の4回転の失敗で動きが硬くなり、引きずらないようにするので精一杯だった」と話した。また「ジャンプが抜けると何も残らない、転倒よりも痛い」とコメントしたが、翌日のフリーでもその悪いパターンを繰り返すこととなった。冒頭の4回転サルコーを含め得点源となるジャンプでミス、得点を伸ばすことができず9位、総合では8位だった。この結果について「ジャンプが全然プログラムにはまっていなかった。調子うんぬんじゃない。練習でできていることを本番で出す力が足りない」と自分自身に言い聞かせるように語った。

4回転アクセル、試合への投入は全日本以降、五輪2連覇を成し遂げてなお現役続行を決めた羽生の心・技・体

五輪連覇の偉業を達成した後、現役続行のモチベーションは4回転アクセルであると明言した羽生は、8月の取材でも練習をしていることを明かしたが、大きな衝撃を伴うジャンプゆえに体調を見ながらの練習だった。
現役続行を表明した際には「自分のためにスケートを楽しみたい」と語り、思い入れのある曲をプログラムに選んだ。新たなシーズン、彼の勝ちにいく姿勢がどう変化するのかはファンならずとも興味深い部分だったが、本大会中幾度となく発した「勝たないと意味がない」、「勝たなきゃ自分じゃないので」、「負けていくのは絶対にいやなので」という言葉の中に、答えを見た気がした。
しかし、怪我からの奇跡的な五輪連覇を成し遂げた今の羽生はその勝ちにはやる心を抑える術も身につけている。昨年の怪我以降4回転ルッツの練習は回避しており、今シーズンここまでは3回転ルッツもプログラムには入れていない。本大会中、練習で3回転ルッツを跳ぶ場面も見られたがややふらついた。これについては、怪我の影響ではなく時差によるものと断言した。その言葉どおりであれば、3回転ルッツをプログラムに入れることも可能なのかもしれないが、既に3回転フリップへ置き換えたコンビネーションジャンプも形になっており無理をする必要はない。足への負担を極力避ける慎重なジャンプへの取り組みである。
今の気持ちを「自分の心の灯に薪が入れられた状態」と表現した羽生。燃え盛る炎ではない「灯」という言葉の選択に、絶望の淵から這い上がり、奇跡を成し遂げた彼の中にふつふつと湧き上がる静かな闘志を見た。
4日、フリー後の記者会見で現在の取り組み状況を問われると「やれても全日本選手権後かなと考えている」と回答。今季前半は4回転半への挑戦は見送って、プログラムを完璧なクオリティでこなすことに注力する意向を示した。
心技体のどれか一つが欠けたら、「自分のためにスケートを楽しみたい」という羽生の思いはかなわないだろう。今このフィンランド大会で「絶対王者」の心の灯に薪がくべられた。この灯がどう燃え盛り大きな炎になっていくのか、今シーズンも羽生から目が離せない。

開催国のフィンランドにとって羽生の出場がもつ意味

2012年、トロントへ練習拠点を移した羽生はそのシーズンの初戦にフィンランド開催の「フィンランディア杯」を選んだ。同大会には2013年にも出場し優勝を果たしている。2017年ヘルシンキ開催の世界選手権での羽生フィーバーは記憶に新しい。そして今、五輪2連覇を果たし絶対王者となった羽生を再び競技者として迎えるフィンランドスケート連盟の期待は並半端なものではない。
その期待に応えるかのように、羽生もまた取材や会見を通じ幾度となく運営への感謝の言葉を口にした。
今回は、中国の開催辞退による代替地としての開催であったが、同連盟では来年以降も引き続き開催していきたい意向がある。ただそれについて尋ねると、もちろん私たちは継続していきたいけれどISUが決めることだしなんとも、と顔を曇らせた。
羽生のメディア対応の素晴らしさは、何度となく取り上げられててきたが、今回の取材を通じ改めてその思いを強くした。マイクの設置のないミックスゾーンでの囲み取材では、彼を取り囲む人だかりのため至近距離までレコーダーが届かない記者への配慮を忘れない。「大丈夫です、声張り上げますから」と場をリラックスさせ、大きな声でハッキリと話してくれる。
前日に競技を終えた選手へ翌日行う一夜明け会見、最終日に男子フリーが行われた今大会では表彰式後の記者会見に続いて行われた。ただ、エキシビションのフィナーレの練習を控えていた羽生には多くの時間はなかった。記者の間にも焦りと諦めのムードが漂うが、「それじゃエキシの練習の後でまた続きやりましょう」と羽生のほうから切り出したのである。試合後、表彰式、記者会見、囲み取材をこなしてから、エキシの練習に参加、その後自分の出番までの貴重な時間を我々のために割いてくれるというのだ。真に頭の下がる思いである。
フィンランドスケート連盟の大会運営責任者によると収容人数約8,200人のHelsinki Ice Hallへは、大会期間中延べ23,000名の来場があったという。実にオールイベントチケット購入者の30%以上が日本人ファンだった。またプレス申請をしたメディア数は222、うちカメラマンの数は40名にのぼった。地元フィンランドのメディアでもこの大会は大きく取り上げられ、日頃フィギュアスケートに関心のない層にも広く知られることとなった。土曜日の午前、普通なら閑散としているトラムがまるで通勤ラッシュのような混雑ぶりだった。男子SPの早朝練習を見た後一度ホテルに戻った観客が次のイベントに向け会場へと移動した時間帯である。乗り合わせたフィンランド人の婦人にスケートを観に行くの?と声をかけられた。前日のTVニュースでこの大会に日本とロシアの五輪チャンピオンが出場することを知ったそうだ。
記者会見の行われるプレスルームの受付スタッフのデスクに、羽生が表紙を飾る日本のフィギュア誌が置かれているのが目に入った。聞けば、プレスルームに出入りする記者の一人からもらったものだそうである。嬉しそうにページをめくりながら中身を見せてくれた。
男子の試合後はプレスルームの出口周辺に大きな人だかりができる。日本人ファンに交じり外国人の姿もある。一度会見終了から大分時間が経ってもなお待ち続ける彼女たちが気の毒になり、羽生選手なら既に会見場を出て中にいないと伝えたことがあった。
今回が初観戦だというその女性は、私の言葉に希望を失ったようにその場でへなへなと崩れ落ちた。これまではショーでしか見たことがない羽生をどうしても試合で見たい、その一心で家族を説得してフィンランドへやってきたのだそうだ。同様の思いを抱えていたのは彼女だけはないだろう。

坂本花織、SPでのミスを引きずらず死ぬ気で臨んだフリーで挽回、アメリカ大会に続く表彰台でファイナルへ望みを繋ぐ。

SPで2度転倒し7位と出遅れた坂本花織は、死ぬ気で臨んだというフリーで巻き返し3位に入り、12月にバンクーバーで開催されるGPファイナル出場に望みを繋いだ。
公式練習後に振付師ブノワ氏から「200%クリーンな演技をやれば表彰台に戻れる」というメッセージが届き、それを目指した。演技の前は緊張していたがジャンプが決まるびに徐々に気持ちが乗っていった。フリーはショートよりも多くの時間を割いて練習を重ねてきた。ちゃんとやれば絶対できる、と自信をもって臨み、その自信が今日の演技につながった。またコレオシークエンスではバランスを崩す場面もあったが意地で堪え、最後の3回転ループも成功、はトレードマークの力強い両手でガッツポーズをし喜びを爆発させた。

成長痛の痛みを抱え右膝と足首周辺にテープを貼って臨んだアリーナ・ザギトワはジャンプでミスが出たもののショート、フリーとも1位で優勝した。試合後の会見ではジャンプの失敗について、緊張のせいではない、練習ではしっかりできていた。本番で愚かなミスをしてしまっただけだと語った。また4回転に挑戦したい気持ちはあるものの、自分にはまだ必要ないと思うと答えた。
2位にはFSで3位に入ったスタニスラワ・コンスタンチノワが入りロシアのワン・ツーフィニッシュとなった。

ショート2位の白岩優奈はフリー5位となり総合では4位だった。
大歓声を浴びたザギトワの後に滑った白岩、ショート2位という順位については「もし他の選手が実力を出し切っていたら(自分の2位は)なかった」と冷静に受け止めていたが、いざフリーを迎えてみると大きな重圧と緊張から焦りがでた。完璧にやっていたら表彰台もあったかと思うと悔しい気持ちもあるが、完璧な演技をするところまで、精神的に持っていけなかったと。回転不足を3つ取られたジャンプの感触は「最悪だった」と話すが、今回のフリーの演技に納得は全然いっていないし、これからもっともっと伸びていけると思う、と前向きだ。
フリー「展覧会の絵」では観客を導く“案内役“を務める。自ら絵画展にも足を運んだ。五輪チャンピオンの次に滑るという貴重な経験を糧に次戦に備える。

2週間前に名古屋からバンクーバーへ練習拠点を変えたばかりの本郷理華はショート11位から順位を1つ上げ総合10位だった。先月のフィンランディア杯で全く力を出し切れず合計133.66点、16位という結果に終わった彼女にとっての今大会でのフリーの目標は100点を超えることだったが、3つのジャンプで回転不足を取られながらも、転倒なく演技をまとめて105.48点と目標をクリアした。フリーを滑り終えた本郷は「とりあえず今できることは出せた。ほっとした」表情を見せた。さらに「今のままでは嫌。今回の試合でも課題が沢山見つかった、そこを直してもっといい演技を試合で沢山したい」と続けた。

ペアは須崎海羽、木原龍一組が8位だった。順位だけ見れば最下位だが、SPでは”練習でやれたことを全く出せなかった“という二人が、しっかりと気持ちを切り替え翌日のフリーでは練習でやってきたことが出せたと顔をほころばせた。


VictorySportsNews編集部