全米大学体育協会(NCAA)を参考に、大学スポーツの環境整備や活性化に取り組む統括組織「日本版NCAA」について、スポーツ庁は10月22日、正式名称を「一般社団法人大学スポーツ協会」(UNIVAS=ユニバス)とすることを発表した。
この大学スポーツ界の“大変革”のスタートに対応するため、まだまだ格差はあるものの各大学が変わろうとしている。国士舘大も、スポーツが大学のブランドに大きく寄与すると考える大学スポーツへの意識が高い大学の一つ。スポーツに関わる諸活動を統括する組織「国士舘スポーツプロモーションセンター」を発足させ、池田氏を招いて勉強会を実施。そこには佐藤圭一学長をはじめ、国士舘の大学スポーツにかかわる多くの参加者が集まった。
その冒頭で、ユニバスの役割や意義について質問が出ると、池田氏はあくまで「個人的意見」と前置きした上で、こう強調した。
「ユニバスができたからといって、すぐに何か大学スポーツが儲かる、すごく人気が出るとかでは全くないと私は思っています。まだ組織も立ち上がってもいない、これから組織と事業と仕組みなどを基礎から立ち上げなくてはならないベンチャー企業的な要素が多分にある。どういう人をトップに置き、どういう組織にして、どういう新しい試みをしていくかを、これからいろいろな大学や競技団体の共感を喚起しながら、つくり上げていかなくてはならない。
そのためにも、まずはどういう組織と人材でユニバスが立ち上がるかが、ものすごく大切です。長官も初年度の収入目標として20億円を掲げ、各大学にAD(アスレティックデパートメント)局の設置や、その運営を担う人材であるSA(スポーツアドミニストレーター)の配置などの巻き込みも多分にしている以上、トーンダウンはできないでしょう。私も組織、企業、事業の立ち上げと経営再建を何度も経験してきましたが、ものすごくパワー、戦略、実行力、コミュニケーション力、発信力が求められるものです。ワクワクするような組織を立ち上げることから、全ては始まるのではないでしょうか」
つまり、当然のことではあるが、ユニバスの設立はあくまでスタート地点であるということ。
さらに、池田氏は「ビジネスの世界ではPDCA(『Plan=計画』『Do=実行』『Check=評価』『Action=改善』を循環的に繰り返すことで仕組みや事業の成功モデルを見出し、確立させ、さらには仕事の改善、効率化を図ったりすること)と言いますが、それを迅速かつ大胆に、的確に回し続けていかなくては、理想の形や成功のモデルを発見することはできません。一般的に物事の始まりや組織、事業の立ち上げに共通することですが、事前に設計図やプランを描いていたとしても実務に入ると想定外のことがあまりに多く起こる。実務というものは、それに対する対応力と戦略のチューニングと実行力の繰り返しであり、その試行錯誤の先に成功が見えてくる。結果、当初の設計図とカタチが全く違ってしまっていることだって大いにあり得るのが実務なのです。大学スポーツで、こういうことをやったらうまくいくというモデルや指針が各領域で確立されるまで5、6年はかかるのではないでしょうか。そのためのプラットホーム、基盤みたいなものを各領域で実務に入って、まずつくり始めなくてはなりません。同時並行で、組織を整えつつ、大学スポーツのステークホルダーの方々の理解、納得、共感の形成に務めていかなくてはならないのです。これは、いわゆる経営の基本だと私は考えています。とはいえ、ユニバスに対する大学や競技団体の憂慮もあると多方面から耳にしてもいます。まずは顔の見える形で、しっかりと期待の持てる組織をつくることが先決です」と続けた。
プロ野球・横浜DeNAベイスターズでは初代球団社長を5年間務め、年間観客動員を110万人から球団最高記録の194万人に増やし、収支を24億円の赤字から5億円超の黒字に変えた池田氏。スポーツビジネスを成功に導いた経験があるからこそ、結果として目に見える形にまで持っていくには、まず“種をまく”十分な時間が必要だと説明する。ましてや、プロスポーツほど全体が秩序だって統一されていない現状の大学スポーツの世界において、それはなおさらだ。
「2019年にラグビーワールドカップ、2020年に東京五輪・パラリンピックがあって、2026年には愛知でアジア大会も行われる。明らかに日本はスポーツの“ブーム”に向かっています。だからこそ、いろいろな耳が痛いスポーツの不祥事にも焦点が当たっています。ただ、その中で唯一、日本で体系化されていないと捉えるべきなのが、実は大学スポーツ。国もそう考えているからこそ、スポーツ庁が“一丁目一番地”に掲げているのではないでしょうか」
その中でどう大学スポーツ、さらには各大学が、ブランドとしての価値を確立していくのか。池田氏は「それらを牽引していくリーダーの人物像を示してもらいたい」との質問にも丁寧に回答した。
「全体を統括するユニバスも大切ですが、個々の大学においても、大学スポーツに対する意識を向上させるために戦略と実行力がものすごく大切になります。大学生の気持ち、ネットやITなども理解しなくてはならないので、必然的に若手といわれる層にならざるを得ません。大学スポーツを担ってきた諸先輩方が積み上げてきた歴史の延長線上に、そういった方々に後ろから支えてもらいつつ、未来を任せてもらえるような情熱と“かわいげ”も必要です。スポーツを軸にして日本の、そして大学の“元気玉”をつくる。スポーツに秘められたパワーの最大化を、その大学の大学スポーツに関わる人たちの理解、納得、共感を最大化しつつリードをしていける。大学スポーツにビジョンを持って純粋に情熱を注げるパワフルな経営者。そんなイメージでしょうか。
そういった大学スポーツを未来へと牽引する人材自体の登用すらも、大学や大学スポーツにとってのブランドの源泉になっていくのではないかと思います。もちろん大学自体の構造や現状も、ユニバスを含めた国の動きも理解していないといけないし、スタジアム、アリーナ、施設などスポーツの世界のハードについても理解していないといけない。ビジネス感覚を持っていて、でもバランス感覚があり、フットワークが良くて、学習能力の高い人材が必要になる。まだまだスポーツビジネスの世界には、そういう人材がなかなかいないのも事実です。
だからこそ、何もリーダーがスポーツビジネス経験者や大学スポーツ関係者である必要は、全くないと思います。ベイスターズでもそうでした。既成概念にとらわれず、バランス感覚があり、どの世界でも活躍できそうな人材の方が、正面からスポーツの仕事に向き合ってくれるものです。スポーツの世界は閉じられた世界です。閉鎖的な世界にはしばしば、人の噂話を喧伝して人を蹴落とそうとするような、およそスポーツマンシップとはほど遠い人間がいるものです。そうした人間がかかわれば、ただでさえ広がっている国民のスポーツ界に対する昨今の疑念が深まってしまう可能性すらあります。まずはその人の実績を評価し、大学スポーツを大学や競技団体と一緒になってバランスよく、戦略と実行力を持って推進できる人材をお探しになられるのがよいのではないでしょうか。なかなか大変なことではあると思いますが」
では、ベイスターズの球団経営における数々の実績を通してスポーツビジネスという概念を日本に根付かせた一人といっても過言ではない池田氏は、具体的に大学スポーツのブランド向上について、どのようなアイデアを持っているのか。具体例として挙げたのが、自身も過去に視察したという米カリフォルニア州パサデナのローズボウル・スタジアムで開催される元日恒例のカレッジフットボールのビッグマッチ「ローズボウル」だ。
大学生同士が戦う試合であるにもかかわらず、プロの興業に勝るとも劣らない盛り上がりを見せ、大学関係者、OB、近隣地域の住民が9万人以上を収容可能なスタジアム一帯に詰めかける一大イベントだが、池田氏が注目するのは競技そのものではない。
「メインはスポーツ観戦ですが、会場を訪れる人は、それだけを楽しみにしているわけではないんです。午後の試合開始を前に、朝からスタジアム周辺に人が集まり、バーベキューを楽しんだり、スポンサーイベントや地域を巻き込んだイベントが開かれたりします。試合中も、試合そっちのけでそのまま外で飲み続けて、会話やキャッチボールを楽しんでいる人がいると思えば、熱狂的に応援している人もいる。ローズボウルというものを“つまみ”にして、大学と地域の大きな接点がつくり出されているのです。だから、テレビ中継を地域の人も見るし、放映権が結構な値段で売られる。それは何十年もかけて積み上げたもので、一朝一夕につくれるものではありません。ただ、日本でまだまだ発展の余地があるのが大学スポーツであり、それこそがスポーツ庁がユニバスを創設する意義であり、つくりあげていかなくてはならない世界なのではないでしょうか」
1902年に行われたミシガン大とスタンフォード大の対抗戦が始まりとなったこの大会を含むカレッジフットボールのプレーオフが、いまや米経済誌フォーブスが1日当たりの総収入から試算した「世界で最も高価値なスポーツイベント」のランキングで10位の米大リーグ(MLB)・ワールドシリーズ(1億100万ドル=約115億円)を上回る9位(1億600万ドル=約121億円)にランキングされ、米スポーツ専門局ESPNが12年間の放映権料として57億ドル(約6500億円)を支払ったほど。米国では「大学スポーツでビジネスをする」「大学スポーツで大きな金が動く」という文化が、そこまで確立されている。
この「ローズボウル」の例から分かるのは、米国の大学と地域の密接な関係性だ。米国では大学のスポーツイベントが地域の祭りとして認知され、マーケットが広がり、ビジネスチャンスが生まれている。地域を発端にして、国にスポーツ文化が根付いていく一つのきっかけにもなっている。それらを日本の大学スポーツに落とし込んだ具体案も、池田氏は列挙した。
「国士舘大でいえば、五輪に出場する選手、過去に出場したOBを呼んで他大学との対抗戦をつくって恒例行事にするというのも一つ。(国士舘大のスポーツの拠点である)多摩地区の商店街に呼びかけてフラッグを掲げさせてもらうとか、そのフラッグをスポーツビジネスにかかわりたいと思っている学生にデザインさせるなどしてみれば、スポーツビジネスの人材育成につながるかもしれない。『多摩スポーツ新聞produced by国士舘大』のようなものを刷って地域の人に配るとか、そこに地域の広告を集めるとか、文化祭を組み合わせて地域の人たちが見に来てくれる『武道祭り』を年一回開催するとか。大学のスポーツ施設を開放したり、スクールを実施したりして地域の子供や高齢者を呼べば、地域との接点もつくれます。新しい試みはニュースになるので、それが大学スポーツにおいての先駆けとして広まるきっかけになるかもしれません」
池田氏はベイスターズ時代、球団オリジナルのクラフトビールを他球団に先駆けて展開し、本拠地・横浜スタジアムでNFL(米プロアメリカンフットボール)の優勝決定戦「スーパーボウル」に着想を得た派手な開幕セレモニーを実施するなどして、メディアを大いに賑わせた。「何かをやる球団」というイメージを世間に定着させる絶え間ない話題づくりは、人気を獲得する上で大きな効果をもたらした。「ベイスターズの社長をやって分かったのは、見に来てもらうというのは、実は非常にハードルが高いということです。お金を払うとなると、なおさらハードルは上がる」。経験者であり、実績を残してきたからこそ、その言葉には説得力がある。
また、大学スポーツの人気拡大のために「一番分かりやすい」ものが「五輪に出場する選手や、プロで有名になる選手が出ること」だと、スポーツの本質から目を背けることなく言い切った。「そこはユニバスや大学の経営層など、こちら側がコントロールできないもの」ではあるが、これからの社会が求めているもの、社会が大学スポーツ界全体に求めているものは、「これからの日本を背負うような代表的人材が、アスリートという分かりやすい世界から、大学スポーツのスチューデントアスリートの世界から、競技だけでなく知識や学問も大学時代に両立させた人材が輩出されてくること」だという。
「まだまだ潜在的な社会ニーズではありますが、これを一番に成し遂げた大学は、社会から高い評価を得るであろうし、大きなブランドへとつながります。スポーツの力には底知れないものがあります。それを社会通念が変わった現代において、社会の意識と呼応して大学の大学スポーツに対する意識がいち早く変化し、その先進的事例をつくりあげられれば、とんでもない社会的反響、影響へとつながります。私は、ベイスターズでも同様のことを体験しました」
池田氏は設立準備委員会の主査としてユニバスによる表彰制度の設立でも中心的な役割を担っており、そうした仕組みを個々の大学が活用し、いわゆる“スター選手”を生み出す環境を整えることも重要な要素として強調した。
「もう一つ重要なのは学生アスリートの意識」だという。「SNSなども活用して、競技について、そのスポーツに関することなどを的確に発信してもらう。そこで『こういう大会があるから』と発信したら、何%か見に来てくれる人が出てきて、それが積み上がっていく世界。そういうことを、しっかりと教えてあげることもスポーツビジネスの基本」と話す。
「ユニバス、大学、学生アスリート。3者の試みがうまく回転しだすと、その先に『見てもらえる~観客増〜放映権・スポンサー拡大〜大学スポーツの人気拡大』という時代の流れが来るのだと思います」
大学スポーツ発展への熱い思いを吐露し、そのためのさまざまなアイデアを披露した池田氏。常識にとらわれず、毀誉褒貶の世界に惑わされず、着実に結果と信頼を積み上げていく。大学スポーツ発展のキーマンの哲学に、多くの関係者が熱心に耳を傾けた。この約1時間半に及んだ勉強会の光景が、大学スポーツが変わろうとしている一つの証しといえるかもしれない。
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【参考】国士舘大学では、人々が自然と集い自由に活用して心と体を鍛えられるよう環境作りが行われており、勉強会が行われた世田谷キャンパスのメイプルセンチュリーホール内には様々な運動設備が備わっている