衝撃の“あの試合”から10日。那須川が初めて自身の肉声で「12・31」を振り返った。池田氏が、まず「試合後の涙の理由は」と切り込むと、キックボクシング界の神童は当時の心境を隠さず口にした。

「本当に、ものすごく悔しかった。勝つ気でいたし、負けたということへの悔しさ、もっとできたという気持ちがありましたね」

相手はプロボクシングで50戦全勝を誇る最強の男。前日の軽量で62.1キロだった那須川に対して、メイウェザーは66.7キロと4.6キロもの体重差があり、しかも蹴り技禁止のボクシングルール。圧倒的に不利な条件下での試合は終始、那須川が圧倒され、1回2分19秒でTKO負けした。

非公式のエキシビジョンマッチとして行われたため、那須川の戦績に「敗戦」の結果は残らない。しかし、那須川はあくまで「勝つ気でいた」。だからこその悔し涙。それでも「やってよかった。いろいろな人に『やったら駄目だ』と言われたけれど、やった人にしか分からないことがある。いい経験になりました」と強調した。

格闘家生命に影響する可能性さえ指摘された、これほどの不利な条件を飲んでまで、なぜメイウェザーとの対戦を決断したのか。池田氏が投げかけた疑問に、那須川は「オファーをもらったときは信じられなかった。やらない理由はないと僕は思っていました。実際には(体重差は)5階級くらい違う。でも、メイウェザー選手だからやった。他の選手ならやらなかったと思います」と説明した。

那須川が戦う上で常に重視していることがある。それは「キックボクシングをメジャーにする」という思いだ。「メイウェザー選手と戦ったことで、世界の人から認知されたという意味では良かったと思う。得たものは大きいと思う」。その言葉は、確かな「数字」としても表れている。

試合会場には大会過去最多となる2万9105人がさいたまスーパーアリーナに詰めかけ、フジテレビ系での中継の瞬間視聴率は那須川が2度のダウンを奪われた午後11時21分に12.2%をマークした。この数字は、大晦日の定番コンテンツとして認知されている日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!大晦日年越しスペシャル!絶対に渡ってはいけないトレジャーハンター24時!」を超えて民放1位だった。

さらに、試合後には総合格闘技UFCの元ライト級世界王者コナー・マクレガー(30)が対戦を要求するツイートを発し、那須川と同じ20歳でWBC世界スーパーフェザー級8位の新星ライアン・ガルシアも米メディアで対戦を熱望するなど、世界でも大きな反響を呼んでいる。メイウェザーとの対戦を「無謀」と冷静に分析する専門家の声に耳を傾ける必要はもちろんあるが、今回の挑戦が世界での“那須川ブランド”の確立という面で大きな成果をもたらしたのも事実。横浜DeNAベイスターズの球団社長時代の5年間で約24億円あった赤字を黒字に転換させるなどスポーツエンターテインメントビジネスで大きな実績を持つ池田氏は“経営者目線”で、その価値を解説する。

「昔はマイク・タイソンが東京ドームを満員にしたこともありましたが、興業で箱をいっぱいにする時代は終わっています。例えばメジャーリーグのタンパベイ・レイズが先日、本拠地トロピカーナ・フィールドの座席を約5000席も減らすことを発表しました。MLBは全体の観客動員数が減少しているにもかかわらず、収入が増えています。興業の主戦場は箱の中だけではなく、世界の人にどれだけ見てもらえるかに変わっているのです」

那須川の「戦うことへの純粋さ」に共感したという池田氏は、「キックボクシングをメジャーにする」という大きな目標に向けて、スパーリング動画などをネット配信することで世界にその本物の価値、凄みを伝えていくことも推奨。放映権料、スポンサーフィー、ペイパービューの視聴料などが大きな収入源となっている格闘技ビジネスにおいて「キックボクシングが、どれだけ世界の共通言語になれるかが重要」とアドバイスを送った。

一方で、那須川はアスリートとしての立ち位置からも、今回の試合を経験したことによる価値を強調した。昨年11月に対戦を発表した3日後にメイウェザーが一方的に中止を通告。米国での記者会見に大遅刻したり、試合前日の公開計量を拒否したり、ルールも直前まで二転三転したりと、数億円ともいわれるファイトマネーを受け取ったメイウェザー側のペースに周囲は振り回され続けた。那須川は「戦う前に相手をいらつかせる。何でもありでしたね。日本というホームなのにアウェーでやっている感覚になりました。向こうに全部左右された。ガードを固めて前に出てくるという体重差がある中で一番嫌な戦い方もされた。逆に、あれ以上の経験はない。どんな相手でも、もう大丈夫かなと思う」とポジティブな目線で試合を捉えていることを明かした。

そんな大きな経験をしたという那須川が、次に目指すものは何なのか。5歳で「父親が礼儀を学ばせるため」に極真空手を始め、小学6年時にK-1に憧れてキックボクシングの世界に飛び込んだという20歳は、新たなフィールドとして「ボクシング」を挙げ「チャレンジしたいなと思っている」と宣言した。

では、那須川のボクシングの技量はどれほどのものなのか。昨年1月の「NSBC」に講師として登壇した日本プロボクシング協会会長で、多くの世界王者を輩出している大橋ジムの会長でもある大橋秀行氏(53)は当時「那須川選手は強い。ボクシングをやっても世界王者になれますね。これまで3戦目での世界王者というのが最速記録なのですが、その記録を破れるとしたら那須川選手がボクシングをやったときじゃないですかね」と池田氏に証言している。

また、ネット上などでは大橋ジムに所属しWBA世界王者の井上尚弥(25)と那須川の対戦を望む声も多い。「井上尚弥をどう思うか」。ビッグマッチ実現への期待を込めた池田氏の問いかけに、那須川は「あの人だけは違う。動き、パンチの打ち方、音、構え。全部が違いますね。別格です」と敬意を持って分析。「やるからには、(狙うのは)もちろん世界チャンピオンですね」とし、対戦への興味を否定しなかった。メイウェザー戦を経てボクシング挑戦への思いはより強まっている様子で「ボクシングにはすごい(選手がいる)なというのは感じましたね。魅力はめちゃくちゃあります」とも話した。

ボクシング挑戦に向けた具体的なプランも頭に描いている。「海外でボクシングライセンスを取って、日本ではキックボクシング、世界ではボクシングと両方のチャンピオンになるというのは夢にある」と“二刀流”を視野に入れていることを明かしたのだ。

さらに「ボクシングならWBC、総合格闘技ならUFCがあるけど、キックボクシングには最高峰といえる明確なものがない。それをつくれればと思っている」と続けた。「誰も成し遂げていないことをしたい」という那須川に、池田氏も「ボクシングは世界の共通言語。日本発で世界が変わる。それはすごく夢があること」と呼応した。

1時間半以上に及んだ池田氏との“セッション”を終え、那須川は「こういう考え方があるんだということを今回、知ることができました。どういった発信をしていくかが、すごく重要だなと思いました」とスポーツビジネスへの関心も深めた様子だった。「まだ20歳なので、いろいろなチャンスがあると思う」。そう目を輝かせる神童の前には、無限の可能性が広がっている。



◆那須川天心(なすかわてんしん)
1998年8月18日生まれ、20歳。千葉県出身。15歳でプロデビューし、16歳でRISEバンタム級王座。
「神童」と称される天才ファイターで、プロ戦績は33勝無敗。サウスポー。165センチ、59キロ。


VictorySportsNews編集部