競技? 遊び? スケ-トボードは「楽しんで勝つスケーターがリスペクトされる」

「東京オリンピックで採用されたと聞いたときはびっくりしました。スケートボードがオリンピック競技になることはすごくいいチャンスだと思っています。いろんな人たちがスケボーを知るきっかけになると思うし、スケーターも増えると思うので」

スケートボードが競技としてオリンピックに採用されたときの率直な感想を尋ねると、1月に20歳になったばかりの堀米雄斗選手はスケートボード界のためにも「すごくいいこと」だと話します。

一方で、ストリートで生まれたスケートボードにはそもそも「試合」という概念がありません。スケーターたちは他競技でいう大会を「コンテスト」と呼び、スポーツや競技とは少し違う視点でスケートボードを楽しんでいるのです。

――スケーターの中にはオリンピック競技としてメダルを目指すことに違和感を覚える選手もいるようです。堀米選手はオリンピックに出場すること、メダルを目指すことについてどう考えていますか?

「僕が始めたころはスケボーはオリンピック競技ではなかったし、それを目指すという感じでもありませんでした。たしかにスケートボードは、『ストリートがメインでコンテストは“二番目”』みたいな感じもあります。でも、僕が海外で名前を知ってもらえるようになったのは、コンテストがきっかけだったので、これからもコンテストで結果を残していくことは重要だと思っています」

――堀米選手にとってスケートボードは「スポーツ」か「遊び」か、どっちの割合が強いでしょう?

「『遊び』の要素の方が強いかもしれません。例えばオリンピックのような舞台では、『スポーツ』として勝ちにこだわった人が金メダルを取れる確率が高いと思いますけど、楽しさを極めた上で金メダルを取ったスケーターの方がかっこいいと思うし、リスペクトされると思います。遊びにもいろいろあると思いますが、コンテストでは、楽しさ80%、勝ちにいくのに20%みたいな感じですね」

(C)Getty Images

「スケートボードの本場、アメリカ・ロサンゼルスで活動しないと注目してもらえない」

――子どものときにスケートボードを始めたころは純粋な遊びから始まっていたわけですよね。堀米選手がスケートボードを始めたきっかけを教えてください。

「お父さんがスケートボーダーで、家の近くにスケーターが集まるような公園があって、そこに一緒に行って滑ったのが最初です」

――始めたときから明らかに「俺、うまいじゃん」って感じだったんですか?

「いや、明らかに『俺、へただな』って……(笑)」

――うまくなった理由は?

「お父さんの教え方ですかね。僕はいまコンテストではストリートという種目を主にやっているんですけど、本格的に始めたころから6年くらいは、バーチカル(スノーボードのハーフパイプのような半円形上のもの)で練習していたんですよ。バーチカルで体の使い方とかバランス感覚、基礎になる部分を学んでからストリートに、っていう他のスケーターと違う入り方をしたので、それが良かったんだと思います」

――上達してきて「プロになれそう」とか、「俺すごいんじゃない?」と思ったのはいつくらいですか?

「いやまぁ特にいまもそんなことは思っていないですね」

――まだまだ上には上がいる。

「そういうことですね」

(C)長尾亜紀

――高校卒業後、アメリカに渡って本場でプロを目指す選択をしたわけですが、どんな思いで決断したのでしょう?

「スケートボードはアメリカ・ロサンゼルスが本場なので、世界のプロスケーターがそこに集まってきます。そこで活動していないとプロのスケーターとして注目してもらえないという思いがあったので、ロサンゼルスで活動することが大切だと考えました。多分スケートボードを始めて2,3年くらいでそう思っていました」

――生活面の不安はなかったですか。当初は英語が話せなかったと聞いていますが?

「英語はほとんどしゃべれなかったんですけど、友達がすごく優しくしてくれて。スケーターのルームメイトと一緒に住んでいるんですが、本当によくしてもらっています」

――困ったこととかは?

「生活面で言いたいことを言えない、伝えられないのはストレスだったかもしれませんね。英語ができなくて『日本のスーパーに行きたい』とかもうまく伝えられなくて。あと、外食ばっかりしていたんですけど、ブリトーとかピザばっかり食べているのが嫌になって食べられなくちゃった。いまは家で自炊することも増えました。和食は作れないんですけど、野菜炒めとか鍋とか適当に。料理はもっと覚えたいんですけどね」

――練習はどれくらいするんですか?

「毎日3,4時間ですかね。ただ時間を決めているわけではなくて、本当に集中した質の良い練習ができたら1時間で終わることもあります。新しい技ができたり、新しい技に近づいていってるっていう実感がつかめるような良い練習ができていればいいので」

――ボードに乗らないトレーニングもするんですか?

「僕はしないですね。そういうことをすることで自分の本来のスタイルが変わってしまうかもしれないと思っていて、ボードに乗らないトレーニングはしていません。いまの自分で評価されているので、そこを生かせるようにいままで練習していければと思っています」

――コンテストでは各地を転戦しているわけですが、結果が出なくて悩んだりすることってあるんですか?

「結果が出なくて悩んだ時期もありましたね。コンテストの時は自分のベストの滑りを出すみたいな、遊びは遊びでもちょっと違う真剣な部分が大きくなってくるので、結果を気にする部分もあります」

堀米雄斗の考える「かっこいいスケーター」とは?

――日本の平野歩夢選手らが活躍した平昌オリンピックのスケートボード競技でも、選手の採点基準に「スタイリッシュ」や「かっこいい」みたいな数値化が難しそうな要素が入ってきて、わかりづらいという声もありました。コンテストでの採点についてはどんなふうに考えていますか?

「スケートボーダーは、みんなそれぞれ違うスタイルを持っていて、かっこいいスケーターもいれば、そんなにかっこよくないスケーターもいます(笑)。見ていてかっこいいスケーターは、リスペクトされるし、憧れにもなるので、そういうスタイルを持つスケーターのポイントが高くなるのは当たり前なんじゃないかなと思います」

――堀米選手が思うかっこよさとはどんなものでしょう?

「かっこいいにもいろんなスタイルがあると思います。すごくパワフルに滑ったり、スピードが速かったり、あとはナチュラルにフローがある滑りとかもありますね。僕はナチュラルでフローな滑りが好きなのでそういう滑りができるように心掛けています」

――パワーやスピード、フローと表現される流れのあるスムースな滑りなど、いろいろなスタイルがあってそれぞれにかっこよさがある?

「そうですね。かっこよさっていう一つの基準があるわけじゃなくて、その人の持っている特徴を出していくのがかっこよさだと思っています」

――ストリートリーグ(世界でもっとも権威のあるコンテスト)では、ナイジャ・ヒューストン(アメリカ)やシェーン・オニール(オーストラリア)といった世界のトップスケーターたちと戦いながら好成績を残していますよね。

「小さいころから憧れていたコンテストで、憧れの選手たちと一緒に滑っているのが夢のようですね。彼らと一緒にスケートできて、コンテストに出て、競ったり、セッションできていることがすごくうれしいですね」

(C)Getty Images

――ストリートリーグのロンドン大会で初優勝したときには、そのときには出場していなかったナイジャ選手、シェーン選手、2人の優勝経験者からアドバイスをもらったそうですね。

「あのときは、自分の持っている大技を決めれば絶対優勝できる。けど、その技が成功する可能性は半分よりちょっと少ない。抑えとして一回、成功する可能性の高い技を決めていたら1位のポジションに入れるという状況だったので、2人に呼ばれて、とりあえず一回(確実に決められる)技を決めて、大技に挑戦した方がいいというアドバイスはもらいました。自分としては大技をメイクしたいという気持ちがすごく強かったのですが、2人のアドバイスで冷静になることができました。僕も落ち着いて考える方なんですけど、そのときは落ち着いて判断できていませんでした。2人のアドバイスは本当に自分のプラスになりました。結局ロンドンでは狙っていた大技に乗ることができなかったので悔しさも残りましたけど……」

――同世代、年下にも18歳のジャガー・イートン選手(アメリカ)をはじめ新世代のスケーターがたくさん出てきていますよね。

「みんなすごくうまいですよね。テクニックもそうだけど大会の勝ち方をわかっているっていう感じですね。スケートがうまいプロでも、コンテストで勝てるプロと勝てないプロがいて、若い選手はコンテストが定着してからスケートを始めていることもあって、コンテストの勝ち方を知っている選手が多いかもしれませんね」

――若い選手のテクニック向上のスピードが早い理由に、YouTubeやInstagramの活用があるという話も聞きます。

「そうですね。僕もInstagramは常にチェックしています。そこで見たものをそのまま新しい技に取り入れるって感じでもないんですけど、他のスケーターがこんなことやっているんだというのを見ています。Twitterみたいな感覚で流れれてきているものを見ている感じですね」

――プロの選手の技を子どもたちが見てまねするというのは昔からある文化ですよね。

「昔からありますね。いまはスマホですけど、僕は当時はビデオも見ていましたね」

――世界的なスケーターは映像作品で有名になるケースもあります。堀米選手はこれからどんなスケーターになっていきたいですか?

「プロのスケートボーダーは、ストリートでビデオパートを残して初めて一流と認められるんです。僕はまだ自分のビデオパートの代表作が一つもないので、いまはビデオパートにも力を入れているところです。金メダルとかコンテストでの結果も大切ですけど、僕としてはアメリカで一流のプロのスケーターになりたいっていうのが一番。リスペクトされるスケーターになっていきたいと思っています」

――最後に、オリンピックの正式種目になったことで初めてスケートボードに触れる人たちに、スケートボードの見方を教えてください。

「コンテストを見るんだったら、まず自分が『いいなぁ』と思うスケーターを見つけて、その人の滑りをYouTubeで検索して見るのがいいんじゃないかなと思います。スケーターによってスタイルが違って、見ている人も自分が好きなスタイルのスケーターがいると思うので、そのスケーターの滑りを見ていけば、スケートボードの面白さがわかってくると思います」

<了>

[PROFILE]
堀米雄斗(ほりごめ・ゆうと)
1999年生まれ、東京都出身。6歳のときにスケーターだった父親の影響でスケートボードを始める。2014年、15年に日本スケートボード協会(AJSA) 年間グランドチャンピオンに輝く。2016年、10代でアメリカに拠点を移す。世界最高峰のストリートリーグに挑み、2018年ロンドン大会で日本人初となる優勝を飾る。その後、ロサンゼルス大会、ハンティントンビーチ大会と3連勝を飾った。XFLAG所属。スケートボードが初採用される東京2020大会でのメダル獲得を目指す。

(C)長尾亜紀

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VictorySportsNews編集部