フットボールを学ぶために、フットボール界を飛び出す
ーZISOは当初からライブ配信を活動内容として組織されたのですか?
山田大記選手(以下、山田):いえ、そういったコンテンツ配信が目的ではなく、ZISOに加入したフットボーラーの学びの場であることが一番のミッションです。僕らがもっとフットボールを追求していくためには、この狭いフットボール界から飛び出さなくてはいけない。外部への発信は、あくまでそのための手段の一つでした。
ーライブ配信に踏み切ったのは、コロナ禍の影響が大きいのでしょうか。
山田:そうですね。組織としてはまだ未完成で、発表までにもっと整えなければいけない部分も残っています。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、ほぼ全てのアスリートが活動の場を奪われているなか、自らの価値をあらためて考え直すタイミングが来ていると考え、急遽配信を決めました。
ー“フットボールは必要か”というテーマは、初回にして壮大ですね。
山田:あえて抽象的なテーマを選んだのは、ZISOを理解してもらうためです。明確な答えを見つけるものではなく、あえてフリートークのようにして話がいろんな方向に向いたことで、我々の考え方を知ってもらうことができたと思っています。
今後はたとえば、DFの選手だけが集まってマニアックな守備の話をするとか、キャプテン論(4月21日配信済み)といった、フットボールを追求するためのより具体的な内容もテーマにしていく予定です。
ーこうした組織は、他にも存在するのでしょうか?
山田:マネジメント会社内のつながりで話をするというくらいはありますが、選手が主体となって活動内容を決めるようなものは無いでしょうね。
ーZISOのStatementも公開され、目的意識の強さを感じます。冒頭の“領域にとらわれず”に大きな課題意識が表れていますね。
山田:フットボール界というのは、選手自身が感じている以上に閉ざされた空間です。クラブによって文化や価値観も違い、そこに馴染めずに疎外感を感じてしまう選手も少なくないようです。
クラブの垣根に縛られていては、発想は広がりません。競技の枠を越え、スポーツ以外の分野からも視点を取り入れ、「それってフットボールで考えるとこうだよな」と置き換えることで、ピッチ内のパフォーマンスにも繋がっていくはずです。
アフターコロナを考えろ。アスリートは、今何をすべきか
ー配信活動を開始して、選手からの反響もあったのでは?
山田:ありました。ただ、そうでない選手もいます。もともと発信をそこまで重要視している選手は少ないと思いますし、全く興味が無い選手もいます。選手としてはピッチで結果を残すことが全てという考えは僕も否定しません。その受け取り方に多様性はあるべきだと思っています。
ーその中でも発信をしたいと感じ始めた選手の中には、何を発信したらいいのかわからないという方もいるようです。
山田:afterコロナ、ないしはwithコロナの世界に、どうなっていたいかを考えることが大切ではないかと考えています。無理に難しい内容を発信しなければいけないわけでも、コロナのことを書かなければいけないわけでもありません。ちょっとふざけた動画で元気な姿を見せることで、サポーターを喜ばせたいというのでも、そこに思いがあれば間違いではないのかなと。
ー山田選手自身は、どのような発信を心がけていますか?
山田:個人的には、以前からエンタメ性だけでサポーターやスポンサーの心をつなぎとめることに限界を感じていました。世の中にはスポーツ観戦以外にも多くの娯楽があり、今Stayhomeが浸透するなかでその選択肢はさらに増えています。アフターコロナの世界では、今までスタジアムに足を運んでくれたお客さんが同じようにまた来てくれるとは限らない。そう考えると、この非常時に単純なエンタメ性だけではない価値を提供する、サポーターに感じさせることが必要なんです。
ー具体的にはどのようなことを目指していますか?
山田:ジュビロ磐田というチームを、ホームタウンに根付かせることです。クラブが人と繋がるだけでなく、クラブを通じて人と人、人と企業がつながる「地域のプラットフォーム」になるべきだと考えています。その仕組みができていれば、本来このような非常時にクラブが「地域のセーフティーネット」になれたはず。それが今できていないということは、まだ僕たちは地域に根ざすことができていないということです。
ーコロナ禍で、コンテンツのオンライン化が進み、世界中に発信がしやすくなっていても立ち返るのはホームタウンなんですね。
山田:そうですね。それはより一層感じるようになりました。
ーすでに地域の飲食店のテイクアウトやデリバリー情報を発信する取り組みも、ジュビロ磐田は行なっています。
山田:その動き出しも遅かったと感じていますし、地域で発信力を持つジュビロ磐田だからこそもっとできることがある。地域のなかで救済したい人と、救済を求める人を結びつけるセーフティーネットを生み出せば、平常時にはプラットフォームに逆転用できると考え、クラブとも話をしています。
ー今この状況に“不甲斐なさ”を感じているという発言も、配信ではされていました。
山田:いつも応援してくれるサポーターを、今は僕らが応援するべきなのに何もできていませんから。基本的に選手は「影響力の大きさ」で評価されます。試合を決める影響力はもちろんですが、集客力がある、グッズ売り上げが高い、なども影響力の形の一つです。試合がなくなり、ピッチ上の影響力を奪われただけで何もできなくなってしまうのは、やはり不甲斐ないと感じてしまいます。
アスリートの価値を高める責任はどこに
ー北海道コンサドーレ札幌の選手が、給与の減額を申し出ました。年俸への不安を感じている選手は多いのでしょうか?
山田:一時期より増えてはいると思います。ただ、あくまで一時的なもので、情勢が落ち着けば元に戻ると楽観的に考えている選手も多い印象ですね。入場料収入が減る中、クラブにも選手にも今まで以上にピッチ外で価値を発揮できるかどうかが問われている状況ですが、その危機感は未だ薄いと感じます。
ーその原因は選手自身にあるのでしょうか。もしくはチームでしょうか。
山田:僕はチームにあると思っています。僕自身、プロ10年目でようやく自分から外部の情報を取りにいくようになりましたが、2、3年目の頃はクラブや、先輩から言われることが全てでした。サッカーさえしていればいい。その空気は選手を盲目的にしますよね。
ー今山田選手が行なっているように、選手側から新たな取り組みを提案しても、クラブ側が承認しない可能性もあります。
山田:その問題は大きいですね。自分たちの価値を高めるため、サポーターの満足度を高めるために選手や事業部がアイデアを出しても、現場からサッカーに集中しろと言われてNOをくらうというのはよくある話です。強化部もより広い視野を持つべきですし、より上の立場である社長が、クラブの方針をしっかりと伝え、監督にも同意を得られる関係が健全だと思います。選手の価値はクラブの価値にも結びつく訳で、選手の価値を高める責任は、チームにもあります。
ーZISOの活動はそのような現状を変えることができるのでしょうか。
山田:自分と周囲の価値観がぶつかったときに駆けこめる場所でありたいですね。「あ、自分の考えでいいんだ」と。ZISOに関わった選手が引退するときに、ZISOがあってよかったと思える組織にしていきたいです。
ー選手がクラブの外にも活動の場を広げることで、視野が広がりそうです。
山田:当たり前ですが、サッカー選手はサッカーが大好きなんです。何か新しいことを見たり聞いたりするとすぐに、「これサッカーだったらこういうことかな」と結びつける癖がある。これは僕だけではなくサッカー選手全員に言えることだと思います。
ーその思考がZISOによってより広がっていきそうですね。
山田:もちろん、アスリートである以上はピッチで結果を残すのが一番です。僕だって早く試合がしたい。でも、コロナ禍こそ、ピッチ外でできることを考えるタイミング。それがリーグ再開後にピッチ上のプレーにいい影響を与えるかもしれない。だからZISOのメンバーとディスカッションをしている時間も、僕はサッカーをしていると感じるんです。
競技を奪われたアスリートたちは、「ただの人」だろうか。見る人を魅了するプレーができなければ、スターではないのだろうか。リーグ休止の状況下、彼らの動向を知るのはもっぱらSNSだ。小さな画面の中には、私たちと同じく閉塞感に襲われながら、悩み、模索する姿がある。キラキラしてはいない。その代わりにあるのは親近感なのかもしれない。この苦境を共に乗り越え、成長していく同志をいつかまた青空の下で見れる日が来る。
そのときは、まるで友達を応援するような誇らしい気持ちで声を張り上げているのだろう。