日本の生んだ世界チャンピオンはこれまでに90人を超すが「五輪で金、プロで王者」の偉業を成し遂げたのは村田諒太しかいない。

 村田は8年前(2012年)のロンドンオリンピックで金メダルに輝き、一躍時の人となった。ただの金メダルではない。1964年東京大会の桜井孝雄以来48年ぶり2人目となる金、しかも日本人には至難の階級と目されたミドル級で獲った金。付加価値はたっぷりあった。

 翌年の夏、プロに転じた。初戦の相手は現役の東洋太平洋チャンピオン、柴田明雄。近年、アマチュアから鳴り物入りでプロ入りしたボクサーの中でも、村田ほど騒がれたケースはあるまい。いくらアマチュアの大物といっても、最初は安全を期して日本ランキング下位の相手をあててプロの水に徐々に慣らしていくものだ。

 世界タイトルマッチ並の規模で行われたデビュー戦で村田は柴田を得意の右ストレートで倒し、2ラウンドTKOの圧勝。「さすが金メダリスト」と周囲を唸らせた。

 好スタートをきった村田は連戦連勝でキャリアを積んでいく。プロの世界ミドル級チャンピオンを目指す“村田プロジェクト”はただ勝てばいいものではなかった。タイトルマッチでなくとも毎試合、世間の大きな注目を集め、それに見合った結果を出しつつ、実力を磨く必要があった。


 とにかく村田が戦うミドル級(69・86キロ~72・57キロ)とは、それは大変なクラスである。日本では重量級のイメージがあるが、そもそもミドルとは「中間」であり、中量級。まず数多くのボクサーが集まるのは当然で、人種もカラフルだ。世界的に層が厚く、そのぶん競争率は半端ではない。130年以上の歴史を誇り、スタンレー・ケッチェル、シュガー・レイ・ロビンソン、カルロス・モンソン、マービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナード、バーナード・ホプキンス……伝説の名チャンピオンたちがきら星のごとく輝く。現在でも、体重無制限のヘビー級をのぞいて最も大金が動く階級であり、たとえゴールド・メダリストであっても簡単に挑戦できるほど甘くはないのである。

 実際、村田以前にこの階級で日本から誕生した世界チャンピオンは1995年の竹原慎二ただひとりだった。

 そんなミドル級戦線にあって、村田のプロ13戦目での世界初挑戦は異例のスピード出世だといえる。2017年5月、有明コロシアムで行われたWBA(世界ボクシング協会)ミドル級王座決定戦。フランスのアッサン・エンダムと対戦した村田は4ラウンドにパーフェクトな右ストレートでダウンを奪い、その後も優勢に試合を進めたが、結果は2-1の判定負け。この試合の採点をめぐっては社会的な話題になり、王座認定団体WBAのボスが村田の勝ちを支持したほどだった。

 リマッチは5ヵ月後に組まれた。第1戦で勝っていたとみられた村田にはさらに大きな重圧があったはずだが、それも跳ね返して今度は7ラウンド終了TKO勝ち。ついにプロの世界でチャンピオンベルトを手に入れた。

 目標を達成した村田だが、これがゴールではない。村田が口にしたのは「トップ・オブ・トップ」の名誉。サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)ら最高峰のチャンピオンたちとの戦いを目指すと宣言した。そこに向けて着々と歩を進めていたが――。


 2018年10月、ボクシングの本場ラスベガスで行われたWBA王座2度目の防衛戦。村田はアメリカのロブ・ブラントにまさかの12回判定負けを喫し、タイトルを喪失する。エンダム戦とは違い、ひどく打たれての完敗に村田の去就まで注目された。

 村田の決断は“続闘”だった。「あの試合を最後にはできない」。2019年7月、大阪でブラントとの再戦が決まった。文字通りボクサー人生を左右するリングで村田は開始ゴングから闘志満々の力強い攻めを続け、2ラウンドTKO勝ちでチャンピオンベルトを奪い返した。

 この試合、結果はもちろんのこと、本来の村田らしい攻撃的なボクシングが爆発したことがファンを感動させた。堅いガードで相手のパンチから身を守りながらグイグイと強いプレッシャーをかけ、ガンガン打つ――観る者を熱くさせるファイトが村田の真骨頂である。

 こうして村田は再び「世界チャンピオンのさらに上」を目指す争いに参戦した。最新の試合は昨年12月、カナダの挑戦者スティーブン・バトラーの野望を5ラウンドで打ち砕いた。いまの村田の充実を思わせるファイトだった。

 カネロ・アルバレス、ゴロフキンとの対決が実現すれば、カードの面白さと興行規模も含めて掛け値なしに日本ボクシング史上最大の一戦になるのは間違いない。コロナ禍の煽りで次戦はまだ決まっていないが、チャンピオンは来る日のために地道なトレーニングを続けている。

HUBLOTブティック銀座で開催中のイベントに訪問し、メイウェザーの前で謎の笑を浮かべる村田諒太。(公式Instagramより)

VictorySportsNews編集部