今季、プレミアで戦う日本人選手はザルツブルク(オーストリア)からリバプールにジャンプアップした日本代表MF南野拓実しかいない。しかし、その南野も2020年1月に移籍金725万ポンド(約10億円)で加入後、ここまで決して本領発揮とはいえない状況が続いている。今季は試合終盤での起用が主で、リーグ戦初先発となった11月28日のブライトン戦でもフル出場を果たしたものの見せ場をつくることはできなかった。

 プレミアの壁-。日本人選手にとって、それは非常に高いものとして立ちはだかってきた。最近ではブンデスリーガ・マインツで15年から3シーズンを過ごし、66試合20得点の活躍を見せてプレミアに乗り込んだFW武藤嘉紀も、ニューカッスルでの通算2シーズンで25試合1得点という成績にとどまった。12年から20年1月までサウサンプトンでリーグ戦通算154試合(6得点)を記録したDF吉田麻也、15-16年シーズンにレスターのクラブ創設132年目での初優勝に大きく貢献したFW岡崎慎司という成功例もあるが、あくまで稀有なケース。ドイツなどでの活躍に比べると、プレミアでの日本人選手の存在感はやや薄い。

 その要因は何なのか。①クラブ格差、②労働許可証、③ホーム・グロウン・ルール。この、他の欧州各国とは異なる独特の環境が、そこにはある。

①クラブ格差

 1992年に始まり、世界約10億人が視聴する世界で最も人気があるとされるプレミアリーグだが、年間の放映権料総額は世界最高額を誇る。スカイスポーツ、BTスポーツ、アマゾンが放送する国内分に海外分も加えると実に36億200万円ユーロ(約4180億円、19-20年シーズン)。しかも、この配分方式が独特で、成績に左右されず一律に等配分される額が100億円以上と非常に大きいのが特徴となっている。たとえば18-19年で見ると、優勝したマンチェスター・シティへの分配金が1億5098万6355ポンド(約210億円)だったのに対し、最下位・20位のハダースフィールドでも9662万8865ポンド(約134億円)。つまり、下位の小さなクラブでも経営面で一定の安定を得られているわけだ。

 これがスペインならトップのバルセロナが1億6650万ユーロ(約201億円)なのに対し、最も分配金の少なかったウエスカで4420万ユーロ(約53億円)と4倍近い格差がある。プレミアリーグは莫大な放映権料により、最下位のチームですら他リーグの中堅ほどの資金を得られることになり、必然的に移籍市場で世界中の人気選手を集めることが可能になる。プレミアの下位クラブでも「豪華メンバー」と感じることが多々あるのは、そのためだ。

 となると、必然的にリーグ全体のレベルは高くなる。プレミア以外の5大リーグの多くは2、3強で優勝争いを演じる傾向が強く、セリエAのユベントスに至っては昨季までで9連覇を達成しているほど。もちろん、長期にわたる選手の育成計画や練習環境など要因は他にもあるが、資金的に有望な選手を集められるクラブは限られている。

 一方で、プレミアはマンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、チェルシー、リバプール、トッテナム、アーセナルが「BIG6」といわれるように、優勝を狙えるクラブが多く、21世紀に入ってから連覇を達成したのは04年からのチェルシー(2連覇)、06年からのマンチェスター・ユナイテッド(3連覇)、17年からのマンチェスター・シティ(2連覇)のみ。15-16年には前述の岡崎が所属したレスターが2部から昇格2年目で頂点に立ち「ミラクル・レスター」として話題を席巻したのは記憶に新しいところだ。つまり、プレミアはそれだけ競争力のあるリーグであり、下位のクラブでも質の低い外国人選手を許容しない傾向が強いといえる。

②労働許可証

 そもそも挑戦権を得るための“壁”が高いのもプレミアの特徴だ。法律により英国で働く外国人は労働許可証を取得する必要があり、サッカー選手の場合は以下のような条件をクリアしなければ取得できない。

(A)自動認定基準
自国のFIFAランキングに応じた直近2年のA代表での出場試合数が1-10位は30%以上、11-20位は45%以上、21-30位は60%以上、31-50位は75%以上(21歳以下は直近1年)。※日本は27位(11月現在)のため、60%以上の出場があれば労働許可証を取得できる。

(B)例外パネル
「自動認定基準」に達さなかった場合、「例外パネル」での判定となる。
移籍金が移籍金基準値(前シーズンのプレミアで発生した移籍金から算定)の一定割合を超える場合、給与が給与基準値(前シーズンのプレミア全クラブの給与額上位30人の給与額から算出)の一定割合を超える場合など、さまざまな条件をポイント化し、計4ポイントを超えた選手についてイングランド・サッカー連盟が特例を認めるか協議して判断する。※Jリーグから直接移籍する選手は、移籍金か給与がかなり高額にならないと実質的に取得が不可能。


 近年ではFW浅野拓磨(16-19アーセナル、現パルチザン)、MF井手口陽介(18-19リーズ、現G大阪)、DF板倉滉(マンチェスター・シティ、フローニンゲンにレンタル)、食野亮太郎(マンチェスター・シティ、リオ・アヴェにレンタル)が移籍を実現させながら、労働許可証を取得できず他国にレンタルされる形となった。移籍してもスタート地点に立つことすら許されずに終わるパターンが多いのも、プレミアにおける日本選手の実状だ。

③ホーム・グロウン・ルール

 プレミアにはリーガやセリエAが3人までとする外国人(EU外国籍)枠こそないが、トップ登録25人中8人以上は15歳から21歳までに3シーズン、または36カ月以上イングランドやウェールズのクラブ(下部組織を含む)でプレーしている選手(国籍は問わず)でなければいけないという独自の「ホーム・グロウン・ルール」が10-11年シーズンから導入された。バルセロナのMF久保建英(現ビジャレアル)やレアル・マドリードのMF中井卓大といった幼少期から欧州クラブの下部組織でプレーする日本選手も最近は出てきているが、FIFA(国際サッカー連盟)は未成年者保護の観点から18歳未満の選手の国際移籍禁止を厳格化しており、「両親がサッカー以外の理由で引っ越した場合」などの例外を除いて認められにくくなっている。将来の「ホーム・グロウン」適用を見据えた動きは現実的に難しく、外国人選手にとってプレミアの同ルールは他リーグの外国人枠以上に高い“壁”になる。

 このホーム・グロウン・ルールは、プレミアリーグ内の移籍金にも大きな影響をもたらしている。19年夏にレスターからマンチェスター・ユナイテッドに8000万ポンド(約104億円)という金額で移籍したDFハリー・マグワイアの移籍金は17年にサウサンプトンからリバプールに移籍したDFフィルジル・ファン・ダイクの7500万ポンドを上回った。これはハリー・マグワイアがホーム・グロウン選手であったからこその金額で、もしホーム・グロウン選手でなければ移籍金は4500万ポンド(約60億円)程度に落ち着いていたといわれる。

<主なホーム・グロウン選手の高額移籍>※金額は現地メディア報道より
・ポール・ポグバ(仏)2016年夏/移籍金1億500万ユーロ(約119億円)
                ユベントス→マンチェスター・ユナイテッド
・ハリー・マグワイア(英)2019年夏/移籍金8000万ポンド(約104億円)
                  レスター・シティ→マンチェスター・ユナイテッド
・ベン・チルウェル(英)2020年夏/移籍金5000万ポンド(約70億円)
                 レスター・シティ→チェルシー



 これらからも分かるように、サッカーの移籍は純粋に実力だけで待遇や移籍金額が決まるほど単純なものではないということだ。マンチェスター・ユナイテッドに移籍したMF香川真司は獲得を熱望したファーガソン監督の退任後にモイーズ監督に冷遇されるなど不運に見舞われ、イタリアで輝かしいキャリアを築きボルトンに移籍したMF中田英寿は期待された2年目を迎えることなく電撃引退したように、その置かれた境遇・状況も大きく影響を及ぼすことになる。ここから南野が巻き返すのか、はたまた新たな挑戦者が登場するのか。プレミアのルール・システムの“壁”を乗り越え、サッカーの母国で活躍する日本選手が現れることに期待したい。


VictorySportsNews編集部