ただ、巨人は諦めなかった。山口オーナーが一部スポーツ紙などの取材に答える形で新プランを提案。(1)3月26日の開幕戦からセ・パ交流戦までの約2カ月間での期間限定導入(2)先発投手に1度だけ交代させずに“代打”を送れる部分的導入-という主に2点の“譲歩案”を投げかけたのだ。1月19日の理事会などで、引き続き粘り強く訴えていく意向で、その動向が注目されている。

 今回の提案は新型コロナウイルスの感染拡大による選手の負担軽減などコロナ禍を乗り越えていくためのものだというが、原辰徳監督が2019年シーズンにもDH制の導入を提言するなど、以前からその機運を高めたいとの思いはうかがわれた。なぜ、巨人はそれほどまでにDH制の導入にこだわるのか。横浜DeNAベイスターズで初代球団社長を務めた池田純氏は「セ・リーグは伝統を重視する傾向にあるので反対意見も必ず出ると思う。セ・リーグがパ・リーグの追随で良いのかという話にもなるはず」と現状を説明。一方で「巨人らしい動きともいえると思います。巨人は“球界の盟主”としての誇りが強い球団。ソフトバンクに勝てないことでものすごく自尊心が傷つき、周囲にも散々言われ、同時に強い危機感を持っているのではないか」と分析する。

 関係者によると、そもそもセ・リーグのDH制については11月の理事会で来季導入の見送りを決めていた経緯もあり、12月に巨人が改めて提案した際には、ほとんど相手にされなかったのだという。ただ、セ・リーグ、特に巨人を取り巻く環境は11月と12月では大きく変わった。日本シリーズでソフトバンクに2年連続で4連敗を喫するという“事件”が起こったのだ。これによりセ、パ両リーグの実力の格差が叫ばれ、要因としてメディア、球界関係者が挙げたものの一つに「DH制」の有無があった。

なぜDH制導入にこだわるのか。「実態」と「建前」

 DH制は人気が低迷していたパ・リーグがメジャーのア・リーグに倣って1975年に採用したもの。「人気のセ、実力のパ」と言われたように、かつての球界は巨人が絶対的な存在として君臨しており、その状況を打破する一手として導入された経緯がある。その巨人が今、DH制導入の“急先鋒”になるとは皮肉な状況ともいえるが、池田氏はそこに「実態と建前」の2つの側面があるとも分析する。まず「実態」として挙げるのが、自らも球団経営をする中で実感したチーム力に及ぼすDH制の影響だ。

 11年12月から球団社長として球団を指揮した中で、池田氏はDH制の難しさを常に感じていたという。セ・パ交流戦の際、パ・リーグ球団の主催試合ではDH制が採用されるが「普段DH制を採用しておらず、慣れていない中で突然使うというのは非常に難しい。ベイスターズのときにGMもおっしゃっていたが、1打席だけに合わせて準備する代打やDHは求められるものが違う」と説明する。確かに、セのチームは13年の第7戦から、日本シリーズのDH制を採用した試合で21連敗中と明確な数字としても、それは表れている。

 さらに「そもそもDHのないセ・リーグの球団は、ドラフトでプロになってからファーストしか守れない選手を指名したがらない・・・ということが結構あります。外国人助っ人ともかぶってしまうし、ファーストしか守れない打者が増える傾向を抑止しなくてはチーム状況に影響してしまう。パ・リーグの球団はDH制があることを前提にスカウティングを行い、長打力に特化した選手を獲得するなどといった目線があると個人的にも感じていました。例えば、日本ハムの清宮幸太郎選手もそうですし、外国人選手を探す際も同じです」とも続ける。DHでの起用枠があれば、守備に多少目をつむっても打撃など“一芸”に秀でた選手を獲得しやすい。そう考えると、ソフトバンクに柳田という従来の打撃理論を覆すようなフルスイングを身上とするスターが誕生し、育成契約から千賀、甲斐、周東といった個性的な選手が輩出されているのも偶然ではないようにも思える。

 そして、もう一つが「建前」だ。「巨人の要職も読売新聞社という親会社の会社員。仕事をする上では勝てない理由を明確に示すことが会社員としては当然必須なのです」と池田氏は言う。両リーグの格差は何もDH制だけが原因ではない。DH制導入が格差是正の決定打になるほど単純ではないことは巨人だって当然、分かっているだろう。ただ、ソフトバンクと互角以上に渡り合い、再び突き放すためには目指すべき課題・問題点を明確にする必要がある。問題点の「見える化」は会社における社員の務めであり、パフォーマンス向上、成長には不可欠なものであり、巨人という組織において、その象徴的なものとしてDH制が位置付けられているとも考えられる。

 DH制とともに、巨人がグループを挙げて取り組む課題がある。本拠地・東京ドームとの一体経営だ。三井不動産が株式会社東京ドームのTOB(株式公開買い付け)に乗り出し、巨人の親会社である読売新聞グループ社との3社で資本業務提携を結ぶことで、建て替えを含む再開発や価値の最大化に動き出している。「巨人にとって、東京ドームとの一体経営がビジネス面での打倒ソフトバンクの最優先事項なら、DH制の導入はグラウンド上の最優先課題といえるのではないでしょうか」と池田氏。既に球場(ペイペイドーム)やその周辺施設との一体経営を実現しているソフトバンクは球団経営で多くの利益を出し、青天井とも言われる強化費でFA選手の獲得などにおいて毎年のように存在感を示し続けている。栄光の歴史の象徴であるV9をかつて達成した巨人。その巨人を圧倒し、V9以来となる日本シリーズ4連覇を達成し、継続しているソフトバンク。DH制導入議論の裏側には、単なる野球のルール改正、セ・パ両リーグの格差是正にとどまらず、球界の覇権をかけた深謀遠慮があるといえそうだ。



【DH】
「Designated Hitter」=指名打者の略。守備に就かず攻撃時に投手に代わって打席に立つ攻撃専門の選手のこと。メジャーリーグではア・リーグ、日本のプロ野球ではパ・リーグが採用している。


VictorySportsNews編集部