選択肢を広げないが故に招いた格下相手の敗戦

 「昔の名前で出ています」。9月2日、パナソニックスタジアム吹田にオマーンを迎えた初戦の先発メンバーを見た時、まず思い浮かんだのは往年の小林旭のヒット曲だ。3年前のW杯ロシア大会のメンバーが11人中8人。東京オリンピックを戦ったばかりの五輪世代が全員ベンチに追いやられた面子は、あまりに新味がなかった。

 選考基準が明確ではない印象が拭えない。エースの大迫勇也は欧州でのキャリアに一旦区切りをつけてヴィッセル神戸に復帰したばかりだが、Jリーグではまだ得点がなく、傑出したパフォーマンスを示しているわけではなかった。ならば、フランスのトゥールーズで奮闘しているオナイウ阿道、東京五輪で高い潜在能力を示した上田綺世(鹿島アントラーズ)らが次代の日本を支えるセンターFWへ大化けするチャンスにしてもよかった。

 左サイドバックで起用された長友佑都(FC東京)はマルセイユとの契約を終え、その後は所属クラブが決まらずに実戦から長らく遠ざかっていた。守田英正(サンタクララ)の合流遅れによってボランチが手薄な事情はあるにせよ、五輪世代の中心選手で両ポジションをこなせる中山雄太(ズウォレ)をサイドバックで抜擢するのも手だった。五輪代表の旗手怜央(川崎フロンターレ)は負傷のため招集が困難だったが、Jリーグ勢の左サイドバックには小川諒也(FC東京)、登里享平(川崎フロンターレ)といった選択肢もある。前回ロシア大会では1年1カ月にわたった最終予選だが、今回は新型コロナウイルスの感染拡大による日程消化の遅れから7カ月に圧縮されている。合間に国際親善試合を実施するのは至難の業で、予選を戦いながら選手に経験を積ませて育てる作業が欠かせない。

コンディションの良し悪しがそのまま反映される結果に

 オマーンの堅守を破れず、0-1で屈した試合の多くは語らない。目に付いたのは欧州組のコンディションの悪さだ。南野拓実(リバプール)がベンチスタートのまま出場せず、かわって左サイドに起用された原口元気(ウニオン・ベルリン)とトップ下の鎌田大地(アイントラハト・フランクフルト)は距離感がかみ合わないまま。ならば、五輪世代の久保建英(マジョルカ)や、スコットランドの名門セルティックで大活躍する古橋亨梧をトップ下で先発させるのも一案だった。

 FIFAランキングで見れば、日本はアジア最上位の24位、オマーンは79位だった。試合終了の笛を聞き、ピッチではしゃぎ回るオマーンの選手と対称的に、フィールドを足早に去る日本代表の表情には落胆の色が濃かった。前回ロシア大会の最終予選でも日本は16年9月にアラブ首長国連邦をホームに迎えた初戦を1-2で落としている。「毎回、9月のシリーズは難しい。それにしても1試合目は精神的な部分の準備が足りなかった。大きな反省材料だったことは間違いない」とオマーン戦を振り返ったのは、キャプテンの吉田麻也(サンプドリア)だ。

 欧州でプレーする選手が今や大半となった日本代表。選手たちはオフシーズンを日本で過ごし、開幕に備えて欧州に戻る。そして、9月の代表活動のために再び日本や遠征先に向かう。所属クラブで新シーズンに備えて戦術を共有していく時期であり、日本代表でも短い準備期間で合わせて実戦に向かっていく慌ただしいサイクルだ。今夏はA代表の主力である吉田、酒井宏樹(浦和レッズ)、遠藤航(シュツットガルト)が1年延期された東京五輪にオーバーエージで駆り出され、負担に拍車をかけた。日本戦に備えてセルビアで約1カ月の合宿を張ったというオマーンとは、選手のコンディションとチームとしての完成度の両面で開きがあった。

中国相手に勝利も、選手の起用法をめぐってモヤモヤが残る

 7日(日本時間8日)に中立地のカタールで行われた中国との第2戦は、伊東純也(ヘンク)の右からのクロスに大迫が右足で合わせてゴールをこじ開け、日本はこの1点を守り抜いて窮地を脱した。従来の4バックではなく5バックで中央を固めてきた中国に対し、日本はボールを左右に大きく動かして揺さぶりつつ、相手の守備網の間にくさびのパスを打ち込んで攻撃の糸口を探った。選手各自のコンディションも上向いた印象で、オマーン戦では劣勢だった球際でも積極的な姿勢を示した。中国がカウンターに打って出たタイミングで、吉田がボールをすぐに奪取。相手の中盤が間延びした隙を突いて前に運び、大迫のゴールの起点とした。森保監督は「選手は柔軟に、ボールを握りながら試合を進めてくれた」と安心した様子だった。

 中国戦では鎌田にかわって久保をトップ下で先発させたことで攻撃のリズムが高まった。一方、けがで離脱した南野の代役としてオナイウを追加招集しながら出場機会を与えなかったことは惜しまれる。さらに古橋を先発で起用したものの、持ち場は2列目の左だった。古橋の強みである動き出しの良さを生かすなら、トップ下やツートップの一角での起用が望ましい。これは、東京五輪で不完全燃焼に終わった前田大然(横浜F・マリノス)の起用法とも共通する課題だ。森保監督は前田を2列目の左で起用したが、超攻撃的布陣の所属クラブでのポジションは3トップの左だ。2列目では攻守のスイッチ役としての持ち味を十二分に生かせない。4-2-3-1のシステムに固執せず、局面と顔ぶれによっては布陣を臨機応変に変えるしたたかさに日本は磨きをかけるべきだ。

 大量得点はならず、ハラハラさせっぱなしの90分間を耐え、日本は開幕2連敗の屈辱を免れた。日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は森保監督の手腕について「全くゆるぎない。信頼しているし、選手たちとの関係の部分でそれは言えると思う。プレッシャーの中で勝ち点3を取ってくれた。彼をバックアップして予選を突破してもらえるようにしたい。引きずり下ろそうとしている人がいるかもしれないが、誰に代わったら確実に勝てるのか」と評した。

JFAが追求する理想の監督像とは

 ここで注目すべきは、田嶋会長が「監督と選手の信頼関係」に言及した点だ。前回ロシア大会の最終予選を日本は6勝2分け2敗の首位で通過した。ところが、本大会の3カ月前にヴァイッド・ハリルホジッチ監督(当時)が解任され、技術委員長だった西野朗氏が後任に横滑りした。解任劇の理由は「選手とのコミュニケーション不足」とされた。ベテラン中心の構成で挑んだ西野ジャパンはロシア大会で1次リーグを突破。決勝トーナメント1回戦ではベルギーに2-3の逆転負けを喫したが、8強の座に手が掛かったことは間違いない。来年のカタール大会で日本が8強にたどりつくには、アジアで他を寄せつけず、最終予選を首位で突破することがスタートラインになるだろう。仮に首位での予選通過がならずとも、W杯の出場権さえつかめば「選手との信頼関係」に期待し、そのまま森保監督に指揮を託すための布石とも読み取れる。

 10月にはサウジアラビア、オーストラリアとの対戦が待っている。この2チームは開幕2連勝を飾り、勝ち点6で日本の先を行く。吉田は「サウジもオーストラリアも叩けば、勝ち点9で首位に並べる可能性がある」と思い描く。ただ、前半戦の山場である10月の2連戦を終えても日本が上位に食い込めなければJFAの思惑は頓挫しかねない。


大谷津統一

毎日新聞東京本社運動部記者。1980年北海道生まれ。慶應義塾大卒。 プロ野球担当を経て、16年からサッカー、ラグビーを主にカバーしている。 FIFAワールドカップロシア2018は21試合を現地で取材。UEFAチャンピオンズリーグ決勝や 女子W杯の取材経験もある。19年のラグビーW杯日本大会では12試合を担当した。