芦川は静岡生まれ。04年アテネ五輪男子団体総合金メダリストである水鳥寿思(現・男子強化本部長)の両親が創設した「水鳥体操館」で体操を始めた。

 中学までは目立った成績がなかったが、東京五輪で種目別の個人枠ができたことで得意の平均台で勝負することを決意。種目別ワールドカップで3連勝し、出場権を手にした。

 崖っぷちで踏みとどまる粘り腰を持ち、そこから強運を手繰り寄せることのできる選手だ。

 まずは東京五輪。芦川は7月25日にあった予選で13・900点の高得点を出したが、他の選手の出来が良かったため全体の12位になり、8選手が出る決勝進出を逃した。ところが8月3日の決勝の直前に、予選4位のルーマニア選手が負傷して棄権。決勝は1カ国2人までのため、補欠最上位の芦川に繰り上げ枠が回ってきた。驚くのは、出場が決まったのが決勝のわずか2時間だったこと。

「やる前から足の感覚がないくらいでした。台に上がったときは、くらくらして倒れそうなほど緊張していました」

 そんな風に振り返りながらも、結果は13・733点で見事な6位入賞。予選の翌日から決勝の直前まで10日間近くもの間、決して気を抜かずに調整を重ねてきた成果だった。決勝を一緒に回ったあのシモーン・バイルス(米国)にも演技後に「良かったわよ!」とハグされていた。

 金メダルに輝いた今回の世界選手権の決勝では、芦川の前に演技をした予選1位の中国選手が落下。それでも心を乱されることなく冷静に自分の演技に集中した。

 予選で大きくバランスを崩した時にこらえる姿が「マトリックス」と例えられた因縁の技、「交差輪跳び」の修正も完璧で、結果は東京五輪では届かなかった14点台に乗せる14・100点。

 試合後の会見で、「昨日の夜は自分が表彰式に出ることを想像できていた。でも取るからには金メダルがいいと思っていた。前に出た中国の選手が落下して、ここで自分がバシッと決めたら1番になれると思った」と語ったように、集中力もさることながら度胸の据わり方もあっぱれだった。

前に突き進んでいく18歳

 人並み外れて柔らかい腰が武器だ。前後開脚しながら上半身を後ろに反らしてジャンプする輪跳びや、上半身を反らして両足を後ろに蹴り上げる「ひつじ跳び」はつま先が頭につくほどで、まさに輪を描けるほど。これが高いEスコアにつながる。

「腰がほかの選手より柔らかい分、足が頭の近くまで上がるので、それをすごく褒めてもらっています。腰の柔軟を毎日欠かさずにやって良い形をキープできるようにしています」(芦川)

 その言葉通り、芦川の平均台は真横から見るとその美しさがいかに際立っているかが分かる。流れるような動きも自慢のひとつ。「技以外のところでも指先まできれいさがある演技を見てもらいたい」と胸を張るように、出来栄えを評価するEスコアで高得点を望めるのが強みだ。

 もちろん、演技の難度を示すDスコアの高さも持ち合わせている。中でも降り技の「後方伸身宙返り3回ひねり下り」はF難度。Dスコアをしっかり稼げる力がある。

 さらに素晴らしいのは練習に向かっていく姿勢だろう。よく知られているように平均台の幅はわずか10センチで、高さは床面から125センチあり、目線の高さはおよそ2・5メートルにもなる。男女問わずどの選手も一番やりたくないというほど繊細なバランス感覚を求められる平均台で、芦川は「1日10本通し」を欠かさず続け、安定した実施を身につけてきた。世界選手権では、「今まで10本通しを続けてきた、やっとその努力がむくわれた。うれしい」とほっとしたような表情を浮かべていた。

 今回の世界選手権で引退した村上は、7歳下の芦川の大活躍に目を細めつつ、このように語っている。

「オリンピックのメダル獲得は、前回の(1964年)東京大会と今夏の自分の2度しかない。日本の女子は世界でなかなかメダルを獲れなかったが、今はナショナルの選手がメダルを獲りたいと言葉に出せるようになっていて、芦川選手が目指し、獲ってくれた。以前は『どうせ無理だろう』という感じだったのが、日本女子でも海外で戦えるようになった」

 芦川は「東京五輪で(村上)茉愛ちゃんが57年ぶりのメダルだったと聞き、すごいなと思っていたので、そういう立場になれて、びっくりだし率直にうれしい」と笑顔を浮かべる。ただ、3年後のパリ五輪に向けては、どのような代表選考ルールになるか、まだ決まっていない。芦川のように種目別で世界の頂点を狙える選手をどのように団体メンバーに組み込んでいくか。今後は選考基準もより注目されていくだろう。

 そんな中、芦川自身は既に前を見つめている。

「(個人総合の)4種目で戦うには、点を取れる種目をもうひとつ、つくっていかないといけない。平均台はもちろん、ほかもやっていきたい」

 村上が敷いた道をさらに押し広げ、前に突き進んでいこうという意気込みが、18歳の胸に確かに備わっている。

矢内由美子

著者プロフィール 矢内由美子

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。ワールドカップは02年日韓大会からロシア大会まで5大会連続取材中。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。