「ご協力いただけるというご返事を(埼玉県の)大野知事から直接いただきました。県議会、事務局も含めて努力して、我々の要望に応えてくださいました」

 田嶋会長は、心底ほっとしたような表情を浮かべて、そう話した。

 11月のベトナム、オマーンとのアウェー2連戦に、ともに1-0で勝ち、何とか2連勝を飾った森保ジャパン。4勝2敗で首位サウジアラビアに勝ち点4差の2位と、W杯出場圏内に浮上を果たした。しかし、既に2敗を喫している日本が負けられない状況にあるのは変わりない。

 最終予選は残り4試合。1月27日の中国戦、2月1日のサウジアラビア戦、3月24日のオーストラリア戦、同29日のベトナム戦が控える。このうち、オーストラリア戦を除く3試合がホーム開催で、この3試合は全勝が至上命題だ。今回は、その開催地として埼スタが使えるよう、日本サッカー協会が働きかけを行った形。アジアサッカー連盟(AFC)の承認を得て、正式に決定する見込みで、工事延期によって発生する費用についても今後、話し合われる予定だという。

 日本サッカー協会はなぜ、そこまで埼スタ開催にこだわったのか。何より大きな理由として挙げられるのが、「験の良さ」だ。2001年10月13日のJリーグ・浦和レッズ-横浜Fマリノスで6万553人の観衆を集めてこけら落としされてから20年。埼スタでの日本代表のW杯予選戦績は21勝3分け1敗。勝率は驚異の.840を誇る。

 “見えざる力”が日本の背中を押してきた。04年2月のドイツW杯1次予選・オマーン戦で、途中出場のFW久保竜彦が後半ロスタイムにゴールを決め、1-0の劇的勝利を挙げた。05年2月の同最終予選・北朝鮮戦では、やはり途中出場のFW大黒将志が後半ロスタイムに2-1の勝利を決めるシュートを押し込み、「神様、仏様、大黒様」のフレーズがメディアを賑わせた。

 11年北朝鮮戦でのDF吉田麻也のヘディング弾、13年オーストラリア戦でのMF本田圭佑の引き分けに持ち込むPK弾、16年イラク戦でのMF山口蛍のボレー・・・と後半ロスタイムの劇的ゴールは数知れず。今年10月12日のオーストラリア戦では、後半41分にFW浅野拓磨のシュートが相手のオウンゴールを誘発し、これが決勝点となった。これらは全て「埼スタの北側」のゴールで生まれたもの。勝負の世界。そんな“パワースポット”にすがりたくなるのも、分からなくはない。

ジーコ監督が埼スタ開催にこだわった理由

 この埼スタ開催に特にこだわった代表指揮官が、ドイツW杯で日本を率いたジーコ監督だった。それまで日本代表の重要な試合の多くは国立競技場や横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で行われてきたが、ジーコ監督は「W杯予選は埼玉スタジアムで戦いたい」と日本サッカー協会に熱望。実際に、出場権を獲得した後の消化試合となった05年8月17日のイラン戦(横浜国)を除く5試合を埼スタで行い、全て勝利を飾った。最終的に埼スタでは歴代代表監督最多タイの9試合(母親の死去で帰国し山本昌邦コーチが代行を務めた02年11月20日のアルゼンチン戦を除く)を戦い、7勝2分けと退任まで不敗を貫いた。

 ジーコ氏が、埼スタ開催にこだわったのは「ホームの利」を最大限に活かせると考えたからだった。埼スタは国内最大のサッカー専用スタジアム。ピッチとスタンドの間に陸上トラックなどがなく、距離が近いため、観客の応援が直に選手へ届く。ジーコ氏は、本格的に監督としてチームを指揮するのは日本が初めてだったが、現役時代の輝かしいキャリアは誰もが知るところ。勝負の世界に身を置いてきたからこそ、「地の利」を最大限に活かすことの重要性を熟知しており、最大6万3700人を収容する埼スタを日本の“聖地”として位置づけることに、強いこだわりを持っていた。南アフリカ大会で4試合、ブラジル大会で5試合、ロシア大会では9試合と、その後も多くのW杯予選の舞台に埼スタが選ばれるようになったのは、ジーコ氏のつくった流れが継承されたものといえる。

 今年10月12日に同地で日本とW杯最終予選を戦ったオーストラリアのグラハム・アーノルド監督も、埼スタの「力」を認める一人だ。コロナ禍の影響で1万4437人の観衆にとどまった中でも「日本には大勢の後押しがあった」と証言。1-2で敗れ、予選での連勝が11で止まった一因を開催地に求めた。それほど、このスタジアムはピッチに立つ相手に「圧」を与える構造になっているといえる。

 コロナ禍の影響を受け、21年度予算で28億円の赤字を見込む日本サッカー協会にとっても、埼スタ開催は重要な位置づけにある。入場制限がどうなるかは流動的だが、キャパの大きな埼スタが満員になれば1試合2億円超の収益が出るといわれ、運営に追い風が吹く。また、森保監督は、残る最終予選のホーム3試合を埼スタで開催できる意義について「最善の準備をするという意味で、試合前に『夢フィールド』を使い、落ち着いて準備、ケアをできるメリットがある」と説明。千葉市内の練習施設からのアクセスの良さも、チームの後押しになることを強調した。

 いずれにせよ、関係各所の尽力で環境は整った。7大会連続の本大会出場へ、あとは“見えざる力”に頼るだけではなく、着実にチームの力を上げていくことが求められるのは言うまでもない。


VictorySportsNews編集部