寺田は、晴れ晴れとした表情で受賞の喜びを口にした。
「本当に名誉ある賞をいただき、感謝しております。私だけの力ではなく、いろんな方に力を貸してもらいました。チームのみんな、支えていただいた方との受賞だと思っています」
寺田は高1から本格的に100mハードルを始め、2005~2007年に全国高校総体(インターハイ)で3連覇を果たした。卒業後の2008年、社会人1年目で初出場した日本選手権では、同種目史上最年少で優勝し、2009年には世界陸上(ベルリン大会)に出場。アジア選手権では銀メダルを獲得した。しかし、相次ぐケガ、摂食障害などから、23歳の2013年に現役を引退。結婚、大学進学、出産を経て、2016年夏に7人制ラグビーに競技転向する形でアスリート活動を再開した。卓越した走力が評価され、日本代表にも名を連ねたが、「東京オリンピックまであと2年」を切った2018年12月、ラグビー選手引退と陸上競技への復帰を表明した。そして、2019年6月に行われた日本選手権では、100mハードル3位で9年ぶりに表彰台に立ち、9月には12秒97の日本新記録を樹立。10月には、10年ぶりに世界陸上(ドーハ大会)に出場した。20年春はコロナ禍に入り、東京オリンピックは延期。他の大会も中止が相次いだが、寺田は練習に取り組む中で、「次世代を支えていく学生アスリートたちを支援したい」という思いを強くしていた。
「シニアの大会もそうでしたが、学生の大会、練習環境がなくなる中、どうすれば彼らがモチベーションを維持できるかを考えました。『陸上をやっていて良かった』と思ってもらうにはどうすればいいかを考えた時、現役である私のいい動きを見せて、一緒に練習することで、互いに発見があるのではという思いになりました」
社会の問題に向き合い、考え、問題を抱える人と繋がり行動する。HEROs AWARD受賞において今回最も評価された点の一つである。
寺田の思いに、「チームあすか」のスタッフたちも賛同。2020年12月、A-STARTが始動した。「A」は、「ASUKA」の頭文字で、「START」には寺田が陸上競技に復帰したことを踏まえ、「リスタート」や新しいキャリアスタートを応援するという思いが込められた。活動は、オンライン講義と合宿の2段構成。まずは、書類選考を突破した37人の学生アスリートに対し、寺田と「チームあすか」のスタッフ陣によるオンライン講義を5回実施した。そして、選手たちが抱える課題点に対し、寺田が自身の経験を基にアドバイスを送るなどした。
「まず、選考によってターゲットを絞りたくなかったので、競技成績は関係なく、『一緒に何かを作りたい』と思っている選手を選びました。スタッフからの講義も踏まえながら、自分の課題をどうすれば解決できるかを考えてもらいました。参加者たちは『コロナ禍で練習できない中、1人でどう練習すれば速くなれるか』という共通の思いがあり、私の練習法などを伝えたのですが、今後のキャリアのことを悩んでいる学生も多くいました。高3で受験を控えている選手には、『受験と陸上を両立したい』と相談されましたが、私自身が1度、陸上から退き、結婚、出産をして戻ってきたこともあり、『好きなことは、いつのタイミングでもできるから、今しかできないことを大事にしてほしい』と伝えました」
各オンライン講義の後、学生アスリートたちはレポートを提出し、寺田らは「内容をしっかりとインプットし、自分の言葉でアウトプットできること」を軸に高校生9人、大学生8人を合宿メンバーに選抜。開催にあたっては、クラウドファンディングで「目標200万円」の資金協力を呼び掛け、総額251万6000円の支援を獲得。そして、2021年3月、大学生グループと高校生にグループに分け、それぞれに対して、沖縄で3日間、寺田とトレーニングを重ねるなどした。コロナ禍を意識し、キープディスタンスで練習を実施。その上で、コミュニケーションは密に取り、トップアスリートのノウハウや考え方を学べる環境を提供した。寺田を含む講師陣からスキル面、栄養面などの指導を受けることで、学生アスリートはオンラインプログラムで学んだことを実践していった。
「一緒に走ることで『負けたらどうしよう』とも思いましたが、本当に喜んでくれて、『こんな経験はなかなかできないから、うれしい』と言ってくれた子もいました。私の普段の練習も経験してもらいましたが、自分の感覚を伝えるために、どういう言葉を使えばわかりやすいかを考えました。例えば、『ピョンピョンな感じですか』の問いに対して、『力強く刺さるような感じ。ピョンだと軽すぎるから、トンという感じかな。跳ねるんだけど、もう少し前にいく感じがいいかな』という風にです」
オンラインでも学生たちの熱い思いを感じていたが、顔を合わせ、目の輝きを感じながらのコミュニケーションは、寺田にとっても貴重な経験になったという。
「皆、真剣に取り組んでくれたので、私たちもやりがいがありました。何より、最後までけが人を出さずにやり切れて良かったと思っています」
合宿を終えた後、寺田やスタッフのもとには、メンバーから「自己記録更新」の連絡が続々と届いたという。寺田自身も12秒96、12秒87と日本新記録を連発。初出場となった東京オリンピックでは、日本人選手としては21年ぶりの準決勝進出を果たした。
「合宿メンバーの7、8割ぐらいから、自己新更新の連絡が入りました。全国入賞を果たしたメンバーもいて、心からうれしかったです。私が記録を更新した時にも、みんなが連絡をくれて、それをきっかけにまた彼らが頑張ってくれました。とてもいいプラスの連鎖でした」
東京オリンピック出場権を目指す時期、敢えてこのタイミングで開催した「A-START」は、寺田にとっても大きなプラスになった。それにはさまざまな要因があった。
「私はオリンピックを目指している選手が、試合の前に考えていることを伝えたり、動きを見せることで学生たちに価値を感じてもらえると思いました。なので、迷いはありませんでしたし、スタッフも私の思いを理解してくれました。私自身、練習は考えながらやっていますが、それを言語化し、アウトプットすることで、自分の中でいろんなことが整理できましたし、学生たちと話し合った中で、『この子、私よりいいアプローチをしている』と思わされることもありました。合宿後も私が結果を出すことで、『明日香さんのようにやっていれば、良くなっていくんだ』と希望を持ってもらいたかったのもあります。プレッシャーはありましたけど」
この成功を今後も生かしていきたい。寺田、「チームあすか」のスタッフたちは、現在も来年早々に予定している第2期「A-START」に向けて準備を進めている。そして、寺田は東京オリンピック後も練習を継続し、来年の世界陸上を目指している。
「世界陸上は来年、再来年とあって、その次の年はパリオリンピックなで、1年1年を大事にしながら、『パリがあればいいな~』と思っています。まだ、『パリを目指します』とは言えないのですが、ケガをしないようにパワーアップしていければと。7歳になった娘も、競技を続けるママが当たり前になっていますから(笑)」
寺田は23歳で1度、陸上競技を引退しているが、当時は「人に頼ることを悪として、自分の中で全て解決したかった。弱い自分も強い自分もオープンにしたくなかった」と振り返る。だが、出産後に経験したラグビーを通して、プレー内外で「頼ったり、頼られた」ことで、「誰かと何かをした方が効果は出る」と感じ、「それを陸上でも生かしたい」と思ったという。その形の1つが、「A-START」。寺田はHEROs AWARDの受賞を経て、今後も選手を続けながら、この活動を続けていくつもりだ。
「年齢も上の方になったので、学んだことを還元していくタームになってきたと思います。第2期のA-STARTには、1期の内容をブラッシュアップして臨みたいです。私自身、まだまだできないことは多くて、足を速くすることは永遠の課題になっていますが、自分の動きを見せられる期間は限られていますし、早い段階で中学生、小学生を対象にしたA-STARTも開催したいです。成長期なので栄養学も含めて、やっていけたらと思います」
現役にして「伝える」を実践する姿は、指導者としての将来もイメージさせる。だが、寺田は笑いながら言った。「コーチというより、『相談できるおばちゃん』でありたいですね」。HEROs AWARD受賞がアスリートの活動を後押しし新たに社会貢献に取り組むアスリートが増え、さらに活動が広がっていく。陸上を愛する31歳は、この先も競技普及に尽力するつもりだ。