「まだ終わってないよ!ここまで積み上げてきたことをさらに積み上げて、残り2試合、我々が勝って切符をつかみ取りにいく!」
サウジアラビア戦が終わった直後。ピッチの上で選手とスタッフ全員が集まって組まれた円陣で、森保監督は声を張り上げた。その目は赤く、潤んでいた。
「選手たちがこの試合に絶対勝つんだと、そしてW杯に向けて自分たちのほうが絶対に勝って前進するんだと、いいコミュニケーションを取り、いいパワーを作ってくれた。それがピッチ上でも具現化された」
W杯出場に向けてまず一つ重責を果たした森保監督は、インタビューで選手の心意気に感謝。スコア以上に重みのある2連勝を振り返った。
試合前から日本代表には2つの逆風が吹いていた
最大の逆風はDF吉田麻也とDF冨安健洋がケガでメンバー外となったことだった。吉田は森保ジャパンで主将を務める精神的支柱。かたや冨安は23歳ながらアーセナルでも主力を務め、守備の要と言えるほどの存在。不動のセンターバック2人をともに欠いた最終予選は過去になく、メンバー発表後に冨安の辞退が発表された際は代表チームにも激震が走った。
中国戦を迎えるまで、日本は最終予選の6試合で奪った得点は5と攻撃では爆発を欠いていた一方で、守備は3失点と堅守を維持していた。2敗しながらも何とか2位を死守できていた最大の功労者が吉田と冨安だった。その2人を欠く窮地。DF植田直通、DF板倉滉、DF谷口彰悟、追加招集のDF中谷進之介の4人のセンターバックの中で、最終予選を経験した選手は植田ただ一人と不安の声が上がった。
蓋を開けてみれば、心配は杞憂だった。
中国戦で先発起用された谷口と板倉は、急造ながら中盤の底に入ったMF遠藤航とコミュニケーションを取りながら安定感のある守備を披露した。「ここでやらないと終わりだと思った」と板倉は持ち前の身体能力を生かして相手の前線の起点をつぶし、「きちんとしたプレーを出さないと次はない」と、谷口は最終ラインから縦パスを供給。中国の攻撃が控えめだったことを差し引いても、吉田と冨安の不在を感じさせなかった。
攻撃では3トップの右で起用されたMF伊東純也が大車輪の活躍を見せた。先制点となった前半13分のFW大迫勇也のPK獲得に自身のクロスで貢献し、後半16分にはDF中山雄太の左クロスを頭で合わせて勝利に導いた。「そんな得点するタイプではないので結構自分でも驚いている」と振り返ったW杯最終予選での3試合連続ゴールは、94年予選の三浦知良、98年予選での呂比須ワグナーに並ぶ史上2位タイの記録となった。
GK権田修一は、「誰ひとり(吉田、冨安が)いないことに対してネガティブな感覚を持っていなかったのがこのチームの強さ」。最初の難局を乗り切った。
試合後にはまた新しい逆風が
中国戦の勝利を、日本のファンやメディアは、手放しでは喜ばなかった。沸き起こったのは試合内容への批判。そしてその矛先は、結果を残した伊東のいる右サイドと比較して停滞していた、左サイドに向いた。
左サイドバックのDF長友佑都は、フル出場が一般的なサイドバックながら最終予選は7試合連続で途中交代。中国戦で自身と交代したばかりの中山がアシストを記録したことで、35歳という年齢から「限界論」が持ち上がった。
3トップの左に入ったMF南野拓実は、トップ下を務めた2次予選では出場7試合で9得点を挙げていたが、左サイドに移った最終予選は無得点が続いていた。ミスマッチにも見える左サイド起用。「機能不全論」が沸いた。2人を継続して起用している森保監督の采配にも疑問を持つ声があふれた。
勝利した次の試合でメンバーを変えないのはサッカーのセオリーでもある。それを実直に守る森保監督は、耳が痛いほど批判の声が届いていたはずであろうが、サウジアラビア戦でも先発を替えなかった。
迎えた一戦。またも心配は杞憂だった。
「俺は生きるか死ぬかなんだなと。今日できなければ、代表にいる意味がない。自分自身、魂の叫びが聞こえた」
長友は激しい肉弾戦をものともせず、20代前半のような運動量で左サイドを制圧した。前半12分、高い位置で一度ブロックされたセンタリング。こぼれ球を激しく争うと、マイボールのスローインとした。直後、埼玉スタジアムには大きな拍手が沸き起こった。
11年7月から在籍したインテル・ミラノでも、出場機会を求めて移籍したトルコのガラタサライでも、フランスのマルセイユでも、批判をバネに変えて這い上がってきた。今回もまた、「皆さんの批判が僕の心に火を付けてくれた」と振り返った。後半5分には自身が左サイドで粘って上げたクロスが、伊東の最終予選史上最多タイの4試合連続ゴールとなるチーム2点目に直結。逆境を力に変え、先発起用の価値を証明してみせた。
南野もついに沈黙を破った。
「得点を取れていなかったことに対してそこまで気負っていなかったけど、貢献したい思いはあった」
前半32分、伊東の右クロスを大迫がスルーしてゴール前でパスを受けると、鋭い切り返しでDFを翻弄。左足を振り抜き、待望の最終予選初ゴールを突き刺した。
終わってみれば、伊東の1ゴール1アシストも光り、2試合連続無敗だったグループ首位のサウジアラビアを破って最終予選史上初の4試合連続完封勝利。中国戦に続き谷口とともに完封した板倉は「勝ち点3、それが2試合達成できたのはすごく嬉しい。90分間通して全員集中していた」と胸を張った。
22年の初陣。日本代表は逆風を力に変え、W杯へ大きく前進した。
W杯出場決定の瞬間を地上波で見られる日は来るのか…
一夜明けた2日。
日本協会の田嶋幸三会長が中継に関して、異例の発言をした。
「自分たちの自腹を払ってでも地上波でできないかと考えていることは事実」
今回の2戦に勝利したことで、3月のオーストラリア戦がW杯出場決定の瞬間となる可能性が持ち上がった。その試合の地上波中継実現へと日本協会が働きかけていることを明かす言葉だった。
今大会のW杯アジア最終予選から、アウェー戦の地上波中継はない。スポーツ動画配信サービスのDAZNのみで配信されている。
アジアサッカー連盟(AFC)が18年にAFC主催の放映権取り扱い代理店を中国系のDDMC Fortis(後にFMA)に移したことで放映権料が跳ね上がり、結果的にテレビ局が放映権獲得を断念。その後、DAZNが22、26年W杯最終予選を含むAFC主催の14カテゴリーの放映権を28年まで一括購入したことでテレビ朝日が最終予選ホーム戦の5試合のみを「バラ売り」で購入できる形となり、ホーム戦のみ地上波中継が存続した経緯がある。
今回の中国戦とサウジアラビア戦はホームでの開催だったため、テレビ朝日も地上波で中継。中国戦の平均世帯視聴率は16・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、サウジアラビア戦の平均世帯視聴率は20・0%(同)となった。
同様に中継したDAZNは視聴者数こそ発表していないが、公表されている21年の視聴ランキングでは、上位五傑をW杯最終予選が総なめ。(1位は11月11日敵地ベトナム戦、2位は同17日敵地オマーン戦、3位は9月8日敵地中国戦、4位は10月8日敵地サウジアラビア戦、5位は同12日オーストラリア戦)。今回の最終予選も依然、注目度が高かったことは想像できる。
ただし、前回のW杯ロシア大会最終予選と比較すると、喜ばしい数字とは限らない。テレビ朝日の前回の最終予選ホーム戦5試合の平均世帯視聴率は、20.46%。4試合を終えて平均16.5%の今回よりも高い数字だった。DAZNに関しても、視聴ランキングで世間の注目度を推し量ることはできない。加入している時点でサッカーへの関心が一定程度ある人が多いと考えられるからだ。
「普段はあまり見ないけど、最終予選だけは見てみようか」「身近な人が話題にしているから、たまたま見てみたらおもしろかった」
地上波放送の減少は、そのようにふとしたことから興味を持つ「ライト層」の減少につながることが危惧されている。
さらにDAZNは1月25日、2月22日から日本国内での月額料金を現行の1925円(税込み)から3000円(同)に値上げすることを発表した。配信コンテンツの数が16年当初の1500以上から昨年には1万2000以上と約8倍に増加したことを踏まえ、「さらなるプレミアムなスポーツ視聴体験を提供するため」と舵を切った。
現状のままでは3月24日のオーストラリア戦は敵地の試合となるため、DAZNの独占配信となる。「ライト層」にとって、7大会連続のW杯出場の行方を占う大一番は3000円を払って見たい90分間となるか――。
地上波放送がなくなった元凶はあくまでAFCが放映権料を高騰させたことにあるが、日本協会までもが介入しかねない前代未聞の事態となっている。
放映権問題の結論は果たして
日本はW杯と五輪を、NHKと民放が共同で設立した放送機構「コンソーシアム」を作ることで巨額の放映権料に対抗して放送してきた。W杯は国際サッカー連盟(FIFA)との間に電通が間に立って放映権を販売してきた。ただし今冬のW杯では放映権料の高騰による交渉の難航が見込まれている。
そんな中、今月4日にW杯本大会の放映権をインターネット放送局「ABEMA」が獲得したことが発表され、本大会の全試合を生中継することが決まった。地上波での日本戦は同社と資本関係にあるテレビ朝日、NHK、フジテレビでの放送となり、日本戦以外はNHKがBSを含めて放送する方向で話が進んでいるという。
カタールW杯史上最高成績のベスト8入りを目指す森保ジャパン。日本が決勝トーナメントに進んだ場合のテレビ中継についてもこの3局で分け合うことになるとみられているが、果たしてその結論はどうなるのか。日本国民が一体となり、地上波を通じたテレビ観戦によるW杯フィーバーを巻き起こすことができるか、否か。日本のサッカー熱が一段と問われる局面に差し掛かっている。