決勝は向かい風のなかで自己ベスト(10秒22)を更新する10秒19(-0.2)で完勝した。予選は余力を残した状態で悠々と10秒29(±0)をマーク。決勝ではオレゴン世界選手権の参加標準記録である「10秒05に届くかも」という淡い気持ちを持っていただけに、タイムには満足していなかった。それでも今後の期待感を抱かせるような走りを披露した。東洋大では大学4年時に9秒98をマークした桐生祥秀(日本生命)と一緒に練習する機会もあり、恵まれた環境でトレーニングをこなしている。

「桐生さんに追いつけ追い越せじゃないですけど、東洋大記録(日本学生記録)を塗り替えたい。今季中とは言えないですが、早いうちに出したいです」

 多くのメディアに囲まれた柳田はさわやかに答えた。関東インカレでは柳田以外にも注目すべき学生スプリンターが活躍。彼らの異色の経歴を紹介したい。

趣味は漫画とアニメ。名門筑波の快速スプリンター

 まずは男子1部200mを20秒77(-0.7)の自己ベストで制した鵜澤飛羽(筑波大2)だ。高校2年時のインターハイでスプリント2冠を達成。200mでは追い風参考記録ながらサニブラウン・ハキームが保持する高校記録(20秒34)に迫る20秒36(+2.1)を叩き出して、関係者の度肝を抜いた。

 重圧もあり、高校3年時は競技から離れた時期もあったという。筑波大入学後は気持ちを切り替えて競技を続けたが、今度はケガに泣いた。昨年の関東インカレは男子1部100mで2位に食い込むも、左ハムストリングスを肉離れ。「完治するには1年ぐらいかかる」と診断されたのだ。それでも鵜澤はトラックに戻ってきた。

「走れるようになったのは今年の1~2月。練習がちゃんと積めるようになったのは4月に入ってから。ほとんど練習できずに不安で一杯でしたね。もう走れないかもしれないという状態だったので、やっと戻ってこられた。安心しかないですよ。走る前から結構泣きそうだったんです。この大会は楽しもう、と思っていたので、楽しかったですね」

 久しぶりに日の当たる場所に立った鵜澤。大きなケガからどのように復帰したのか。聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

「最近は趣味が充実しているので、競技との切り替えがちゃんとできているです。趣味ですか? これは恥ずかしがらずに言おうと決めているんで。漫画とアニメですね。最初に好きになったのは『七つの大罪』です。最近だと『ゾンビランドサガ』ですね。この前はLIVEにも行きました。語り出すと、長くなるのでやめた方がいいと思いますよ。コスプレですか? 否定はしないです(笑)」

 鵜澤の才能と、トレーニング状況を考えると、まだまだ実力を出し切っていない。今後も練習を順調に積み上げることができれば、世界へ羽ばたくスプリンターになるだろう。

全体練習は週2日。異色の理系スプリンター

 関東インカレの男子は1部(16校)と2部、それと大学院の3部にわかれている。長距離種目以外は1部と2部のレベル差は大きいが、2部400mは超ハイレベルになった。そのなかで最も注目を浴びていたのが昨年の日本インカレで1年生Vを飾った友田真隆(東京理科大2)だ。川越東高3年時に全国高校大会の男子400mで優勝したが、陸上競技は高校で辞めるつもりでいたという。そのため10月下旬からは受験勉強に集中。約半年間は全く練習をしていなかった。

「固定観念で、理科大で陸上は無理だと思っていたんですけど、大学に入ってもやることがないなと思って、陸上部に顔を出したんです。すごくいい雰囲気で練習をされていたので、結果はどうであれ、イチから頑張ろうと思いました」

 友田は大学でも競技を続けることになったが、東京理科大に専任コーチはいない。しかも全体練習は水曜日と土曜日の週2回だけ。あとは個人でウエイトトレーニングなどをして、週3~4回ほどのトレーニングで〝大学一〟に上り詰めた。今回の関東インカレでは「大会記録での優勝」を狙っていた友田だが、最後の直線でかわされる。友田に先着したのが、相洋高時代に全国大会で活躍したメルドラム・アラン(東農大3)だった。

浪人も経験。2年のブランクを取り戻した一般受験スプリンター

 インターハイは2年時に400m2位、4×400mリレー4位。3年時は400m6位、4×400mリレー7位。将来を期待されていた選手だが、一度競技から離れることになる。

「3年生のインターハイが終わった後、体調を崩したのもあって、競技を続けられなかったんです。高校のときは、本当に走るのが苦しくて、重かったですね」

 それでもメルドラムは後輩たちのことが気になっていたという。高校卒業後は浪人生活を送ることになり、予備校に通った。夏にはインターハイのライブ中継で後輩たちの躍動する姿を見て、「俺は何をやっているんだろう」と喪失感に襲われた。

 生物が好きだったため、予備校の先生に生命科学系を勧められたことで東農大を受験。生命科学部分子微生物学科に合格した。競技を再開する気持ちは強くなかったというが、東農大には相洋高からスポーツ推薦で進学する選手が多く、かつてのチームメイトに背中を押された。競技復帰を決めたものの、1年時はコロナ禍でスポーツ推薦組以外は学内で練習ができず、本格的なトレーニングを始めたのは 11月ぐらいからだったという。

「復帰できるかのすごい不安でしたね。最初の半年はものすごくきつかった。何度吐いたか分からないですよ」

 2年近くのブランクがありながら、メルドラムは再び輝き始める。昨季は関東インカレで6位に入ると、今季は東京選手権で46秒65をマークして、5年ぶりに自己ベストを更新(従来は47秒27)。今年の関東インカレでさらにタイムを短縮して、大会新となる46秒30で突っ走った。

 6月9~12日には日本選手権が開催される。柳田は100m、鵜澤は200m、メルドラムと友田は400mにエントリーしている。個性あふれるキャリアを持つ彼らがどんなパフォーマンスを発揮するのか。ぜひ注目していただきたい。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。