なぜ今、ユニクロが、錦織圭と所属契約を締結するのか?

 株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏は、錦織との所属契約締結を喜ぶと同時に期待も寄せている。

「錦織選手との所属契約の締結を心から光栄に思います。錦織選手は、多くの人々に勇気と感動を与えるプレーヤーです。今回の契約により、錦織選手とのパートナシップをより一層深め、サポートを続けると共に、次世代のプレーヤーたちの育成強化にも一緒に取り組んでいきたいと考えています」

 一方、錦織もユニクロとの新たな絆を築けたことを喜んだ。これまでウエア提供を受けてきたが、錦織とユニクロは、共に世界を目指し、世界を主戦場として戦う姿勢に共鳴し、実績を残しながらお互い良好な関係を築き上げてきた。今回、所属契約を締結することによって、さらに関係を深めようとする中、錦織は、今後のキャリアに向けて決意を新たにしている。

「ユニクロとは、とても長い付き合いをさせていただいています。ユニクロの世界へ進出する姿勢と、自分も世界でトップに行くという姿勢がすごくマッチしていた。長くサポートをしてもらっている中で、さらに強い絆でサポートをしていただけることになってとても心強いです。本当にそれに応えられるようにしたい。まだけがが治りきっていなくてリハビリ中ですけど、試合に戻って、ユニクロ所属の錦織圭として、さらに羽ばたけるように頑張りたいと思います」

 現在の錦織は、今年1月下旬に左股関節の内視鏡手術を行った後のリハビリの真っ只中で、ATPランキングは104位(6月13日付)まで落ちてしまい、復帰時期は未定だ。けがと戦っていて今後がまだ不透明で、なおかつキャリアのベテランの域に達している錦織との所属契約に至った理由を、株式会社ファーストリテイリング取締役・グループ上席執行役柳井康治氏は次のように語る。

「錦織選手をはじめ、アスリートの方といろいろお仕事をさせていただく時に、一番のアスリートの不安は、やっぱりけががとても大きなポーション(部分)を占めている。けがをしている状態でも、パートナーとして支えられる最大限できることは何なのか、ということを常に考えています。そう考えると、このタイミングで所属発表をさせていただくのが、お互い今気持ちを新たにして、さらにもう一歩踏み出していくことにつながっていくんじゃないでしょうか」

 ユニクロのグローバルブランドアンバサダーには、グランドスラム20勝を誇り、プロテニス界の生けるレジェンドといわれるロジャー・フェデラー(スイス)や、東京2020パラリンピックの金メダリストで、グランドスラム48勝を誇る車いすプロテニスプレーヤーの国枝慎吾も名を連ねている。40歳のフェデラーや38歳の国枝は、今もなお現役として活躍しており、この二人の存在によって、32歳の錦織は、まだまだ終われないと刺激をもらい続けている。

「彼らの背中を見ながら自分も成長したいと思い、エネルギーをもらっている。そういう姿を子供たちに見せることができたら嬉しい」

 果たして、Withコロナやアフターコロナといった時代に、ユニクロ所属選手となった錦織圭が、再びテニスコートに立ってどんな活躍を見せるのか、その復帰を待っているのは、子供たちだけでなく、錦織のテニスに魅了されたすべての人々だ。

ユニクロが、「全日本ジュニアテニス選手権」のタイトルスポンサーに

 株式会社ユニクロは、公益財団法人日本テニス協会が主催する「全日本ジュニアテニス選手権」(以下、全日本ジュニア)のタイトルスポンサーとして特別協賛することも発表した。後援として、一般財団法人ファーストリテイリング財団が参加することになり、社会貢献につながる活動もしていく予定だ。

 全日本ジュニアは、男女単複で18歳以下、16歳以下、14歳以下、12歳以下の各部門で競う日本国内最高峰のジュニア大会だ。今年で86回目を迎えるが、過去にはプロになって活躍した松岡修造、伊達公子、そして、今も現役選手の錦織圭らが優勝している。

 さらに、錦織が、本大会のアンバサダーに就任することも決まり、次世代選手の育成を進めると共に、大会への関心を高める活動にも取り組んでいく。錦織は、2001年大会12歳以下の男子シングルスで優勝した経歴を持つ。

「12歳で全日本ジュニアに優勝して、それがプロになるきっかけというか、プロになるんだという決断ができた。18歳以下の時は苦い負けも経験して、その悔しさを逆にバネにできた。いろんな経験ができたのが全日本ジュニアだった」

 今後、全日本ジュニアで優勝した選手や、将来性が見込める選手には、錦織の練習拠点で、アメリカ・フロリダにあるIMGアカデミーで練習、さらには錦織と一緒にボールを打つ機会が設けられる予定だ。10代のうちに海外テニスの経験をする大切さを錦織は力説する。

「僕は13歳でアメリカに行って、その頃からプロの方と練習させてもらう機会を与えてもらった。間近でトップ10選手たちが練習しているのを見て、いろんな刺激をもらった。日本人のテニスと違うテニスを味わうところにすごく大きな意味がある。僕は、若い頃から住めとは言わないですけど、少しでも海外に来れる環境があるなら行った方が、何かしらいい経験ができるんじゃないかと思う。ユニクロと日本テニス協会のサポートがある中で、海外に行けるチャンスを手に入れられるというのは、すごく大きなモチベーションになるのではないか。気負い過ぎないでほしいけど、大きなチャンスをモノにする力を身に付けてもらいたいので、まずは優勝を目指してほしい」

 錦織を、「このうえなく力強いアンバサダー」と太鼓判を押す柳井氏だが、“ポスト錦織”となるような若手選手が少しでも早く台頭してくることを願っている。

「本当ならもう出ていなきゃ、日本テニス界にとっては、いけないことなんだと思います。やはり錦織選手の築いてこられた功績があまりにも大きいので、なかなかそれを超えるというのは簡単ではありません。でも、どんどん新しい世代の新しいテニスが、それを追い越していくという波に、ぜひ日本のジュニアも乗ってほしいです」

 昨年12月には、テニスを通じた次世代育成イベント「LifeWear Day 2021 with Kei Nishikori」が開催されており、ユニクロと錦織による次世代育成は、今回の全日本ジュニアでの新たな取り組みと相まって、より強固なものになっている。

 たとえテニスに興味が無くても、どうやって服ができるのか、どうやって服がリサイクルされるのか、ユニクロが地球環境問題にどう取り組んでいるのか、どう社会貢献をしていくのか、スポーツを通じて少しでも子供たちに気づいてもらったり知ってもらったりすることに意味があり、それが次への一歩につながっていくはずなのだ。

 「復帰したら、自分のテニスをみんなに見てもらえるように」と錦織は、まだまだこれからだと言わんばかりにモチベーションを高く維持している。ユニクロからの新たなサポートや日本テニスの未来のために一緒に取り組むプロジェクトが、錦織の心の礎となり、モチベーションをより強固なものにしている。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。